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恋する気持ちの育て方
今日はいい天気だ

更に言うならば、今日はポカポカとした温かな陽気な日で、学校も休みな日曜日、絶好の外出日和な訳で

せっかくの機会
それを一日中家でテレビを見て過ごすだなんて、
(そんなのもったいない!)

もっともらしい理由は誰にするでもなく自身の中だけで完結させて、跳ねた前髪を直すのもほどほどに、俺はトランペットと共に勢い良く家から飛び出した




恋する気持ちの育て方




「あーっ、すっごくいい天気ー…!」


春風を大きく吸い込む
胸いっぱいに広がった爽やかな空気がゆるゆると両頬を弛ませてゆく


俺たちが辿り着いた先は色々な人たちの集い場、緑の生い茂る森林公園

楽しそうに走り回る子供たちの間をすり抜けて、日溜まりの中、見つけたのは心地のよさそうな木の傍らで


腰をおろし、更には草の上でゴロリと大きく伸びれば、優しい陽気についつい欠伸が口から零れ落ちた


ふわふわふわ


木陰の下、微睡みが意識を夢の中へと引き込んでゆく

あぁもうせっかく公園まできたのにもったいない早くトランペットの練習しなきゃ!と思う心とは裏腹に、閉じられていくのは自身の目蓋

なんとかして起きようとかぶりを振ってみたり、ほっぺをつねってはみたけれど、春眠暁を覚えず、眠気にはどうも勝てそうにない

早々に諦めて投げ出した手足が柔らかい風に触れれば、いよいよ本格的に思考が微睡みにとろけてくる


大丈夫、少しだけならば俺の相棒もきっと許してくれるだろう(そうだよ、ほんの少しだけなら、)


心の中で一言ごめんねと呟いた後、ついに俺は遠い夢の世界へと堕ちたのだ








見渡すかぎり一面で静かに揺れるのは色とりどりな花の群れ

ふわり、ふわりと綿雲のように弾む足を進める、そのたびに風が耳元で何かを囁いて通り過ぎる


全てが心地よく、あたたかい
実際に見た訳ではないけれど、きっと、楽園とはこんな世界のことを言うのだろう


身体いっぱいに幸せを感じながら、目を閉じてそっと耳を澄ませてみる
すると聞こえてきたのは、やはり何かを囁く風の声と、そして、




(ヴァイオリンだ……)



まるで歌っているかのように響き渡る音色

微かに聞こえてくるそれはお世辞にも完璧なものとはいえないけれど、それでもそのメロディは確かに俺の心に語り掛け、そのまま深みへと染み渡ってゆく

どこまでも優しく、甘やかな旋律

音に誘われるようにゆっくりと瞳を開く
すると、遥か遠くで輝いていたはずの陽が突如として俺の身体を、そして世界を包み込んだ








「うぁっ?!………って、あー…夢かぁ…」

「おはようございます、火原先輩」

「え、あっ、日野ちゃん?!」



まだ覚めやらぬ夢の余韻に浸る間もなく、目の前に現われたのは俺と同じ、学院のコンクールの参加者である可愛らしい少女

ここにいるはずもない日野ちゃんの姿に、あれもしかして俺まだ夢にいるのかな?なんて試しにつねってみた自らの頬は確かに痛い(どうやらここは現実世界みたいだ)



「どうして日野ちゃんはここに?」

「私、ヴァイオリンの練習に来たんです。そしたら寝ている先輩を見つけて…」

「も、もしかして寝顔…」

「……すいません、ばっちりと見ちゃいました」

「うわあぁっ…!!」



予想外の失態に思わず言葉にならない叫びが口から飛び出す

せっかく格好いい先輩を目指していたのに、間の抜けていたであろう寝顔を見られてしまうなんて、これはもはや羞恥心以外の何物でもない
(さようなら、理想の中の俺!)



「だ、大丈夫ですよ!火原先輩の寝顔、凄く可愛かったですから!!」

「……日野ちゃん、それフォローになってないよ?」

「えっ?」



ごめんなさい!そういって言葉を紡ぎ、慌てる日野ちゃん
その様子はさっきまで凹んでいたはずの俺の心を段々と解してゆく


(可愛いなぁ)


優しくて、ふんわりとしていて、笑顔がお花のように可愛らしくて、
あぁ、女の子ってどうしてこんなにも不思議な生きモノなんだろう(俺の兄貴や友達とは大違いだ、)

弛む頬のまま気にしないで?と笑いかければ、よかった、と安堵の笑みを浮かべた少女
あぁやっぱり女の子は可愛いなぁとしみじみ感心していると、ふいに、視界へとそれは飛び込んできた



「ヴァイオリン、」

「……?」

「日野ちゃんさ、もしかしてさっき何か弾いてた?」

「あっ、はい、次のコンクールの曲を少し…」



(そうか、)


カチリとピースがはまる

あの世界で聞いた旋律
日野ちゃんのヴァイオリンの歌だったんだ

優しくて、心地のよくて、そしてどこか気になった夢の中の音色
その謎が解けるや否や、心の奥底から言葉が、想いが沸き溢れてくるような、そんな感覚が押し寄せてくる(どうしよう、止められそうにない)



「す、すいません!もしかして煩くて眠れなかった…」

「好きになっても、いいかな」

「へっ?」

「君のヴァイオリン、もっと好きになってもいいかな、」



見開かれた瞳
ほのかに香る春の匂いが更に胸の奥で疼く

今はまだどうしてこんなにも彼女のヴァイオリンが気になるのかはわからないけれど
だけど、それでも俺が日野ちゃんの奏でる音色に確かに惹かれている(それだけは、はっきりと宣言してもいい)


どこからかひらりと風に舞ってきた花びら
突然の宣言に少し困ったふうに笑う瞳とふいに視線が重なった


(鳴呼、すごく綺麗)


柔らかい風、あたたかい日溜まり、そして何より花のような彼女の笑顔(まるでまだあの楽園の中にいるみたいだ)

寝転んだまま、優しさに包まれる幸せを一人噛み締めるかのように、俺は空を仰いでみせたのだった



(この想いが恋だなんて)

(そのときの俺はまだ知る由もなかったんだ)


END


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あきゅろす。
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