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僕らのボーダーライン
「ちぃーねぇー?」

「うわぁっ?!」


本を読んでいたのか、ずっと伏いたままだった顔を真横からひょっこり覗き込んでみせる
すると、色気のない悲鳴と共にバサリと紙の擦れる音が床へと滑り落ちた(どうやら彼女は突然の僕の登場に心底驚いたらしい)



「ちょっと、驚かせないでよ好春…!」



少し怒ったような口調
だけどそれが彼女の照れ隠しだということはもちろん承知済みで

拗ねたちぃ姉も可愛いなぁなんて内心では頬を緩めつつも、口はしっかりとごめんね?という謝罪の言葉を紡いでいる辺り、もうすっかりと慣れたものだと思わず自画自賛したくなった(隠し事なら誰にも負けないつもりだ)


何年もかけて築かれてきた信頼と愛情
そこにはシスターも、京兄でさえも立ち入るコトは出来ない僕とちぃ姉、2人だけの絆がある(自惚れじゃなく、これは確信だと言ってもいい)

僕らは近しい存在で、そして互いが互いの大切な人でもある、まさに理想的な関係だ
それにも関わらず、僕にはときどきそれがひどく煩わしく思えた



「で、何か用?」

「んーん、ただちぃ姉の声が聞きたくなっただけ」


溢れんばかりの愛を込めてにっこりと笑った、そんな僕につられてちぃ姉が少し困ったように頬笑む


「そんなこと言って、さっきまでずっと一緒に喋ってたじゃない」


変な好春、
そういって精一杯の愛情表現をスルリとかわす辺りさすがちぃ姉、小さい頃から変わらない鈍感さだ(これはもはや表彰ものだと思う)


あぁ、いったい今までどれだけのやつが僕と同じような想いをしたのだろうか
ふと浮かんだそんな思考はすぐにかき消してしまったけれど(そんなくだらないコト、考えたくもない)


昔からそうだった

僕とちぃ姉との距離は常に平行線で、いくら近づいてもその間は埋まらないまま

どれだけ愛を募らせようと、その想いが彼女に伝わることは決してない
(否、伝えられるはずもない)


ただ、心地よい関係を壊すのが怖かったから

想いを伝えてもうこんなふうに笑いあえなくなるぐらいなら、と僕はこの恋に気付いたその日からいっさいの交わりへの願望を放棄した

(平行線でも傍にいられるならそれでよかったのに)



だけど人間とは段々と欲張りになっていく生き物で、今の関係を壊すコトを恐れる反面、それを心のどこかで切望している矛盾した自分がいるのも確かなのだ


(気付いて、)


「(そんなこと、許されるはずがない)」


(気付いて、ちぃ姉)



「……好春?」

「へ?あ、うん、ごめん何だっけ?」

「何だっけって……。あんたが先にちょっかい出してきたんでしょうが」

「えへへ、そういえばそうだったね」

「全く、しっかりしなさいよ?」



白い手が優しく頭を撫でる
くすぐったさに思わず目を細めれば、ちぃ姉もまたやんわりと笑った


(大丈夫、)

今日も僕はしっかりと弟の好春を演じられている

やはりこのまま変わらないままがいいんだ
それが彼女にとっても僕にとっても最も幸せで安全な選択肢なのだと

(そう、思っていたかったのに)




「よしっ、カラオケ行こう、好春!」

「え、何でカラオケ…?」

「悩み事があるならグダグダ悩むより、歌ってすっきりした後の方が案外答えがでるもんなんだから!」



(ちぃ姉ったら……)

人の気も知らないでさ、
そんな悪態を心の中でつきながらも、胸の奥から込み上げてくるのは何故だかあたたかな気持ちばかりで



(変わらないままがいい)

ずっとこんな風に笑いあえるなら、ずっと弟のままでいるつもりだった

けれど、案外、踏み出した世界は僕が想像しているよりもずっと優しく、暖かなものなのかもしれない



「ほら、行こう好春!」

「わぁっ、ちょっと待ってよちぃ姉!?」



ふいに掴まれた手
腕をひいて走りだす小さな背中に押さえきれないほどの愛しさが募ってゆく


(気付いて、きら)


まだ見ぬ自身の未来は平行線でなければいいのに、そんな祈りを込めながら僕は繋がれた手を握り返したのだった



僕らのボーダーライン


(いつの日かその一線を越えて)


END

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あきゅろす。
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