僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする7


「クリスマスプレゼント?」

 皇慈がキョトンと小首を傾げながら聞き返す。
 肩を滑り落ちるブロンドの髪は出逢った頃と比べても長い。無精という訳ではなく、遠いヘアサロンまで出向く体力的余裕がないのだ。
 それでもサラリと流れる純金は美しく、細い身体のラインを儚く飾っている。

「僕なりに考えたんですが、やっぱり本人の意見が重要だという結論に至りまして」

 右頬をポリポリ掻きつつ、燕はタネ明かしする。
 商店街を一通り回って、頭から煙が出る程悩んだ燕。しかし『これだ!』と思える物は結局見付けられず、サプライズを諦めたのだ。

「もしかして、それで失敗した経験が有るのかな?」

 サファイアの瞳が意地悪な色を宿す。
 それが過去の恋愛遍歴を探られているのだと、燕は直観的に気付く。

「有りませんよ。……ってか、その前に振られました」

 皇慈以前に知り合った相手に未練はないし、そもそも燕は隠し事が苦手だ。
 肩を竦めて、何でもない話題だと伝える。

「それは勿体ない。燕はとても“良い男”なのにな」

 皇慈の機嫌がホワホワと良くなる。
 二人の関係は季節を超えても良好で、皇慈の純粋な愛情は絶え間なく注がれ続けていた。

「ッ……。もう、どうして僕より先に惚気るんですか?」

 今の燕はマッサージ中。ベッドボードに背を付けて、両足を投げ出している皇慈の下半身を揉んでいる最中だ。
 それは鈍い身体の動きが少しでも改善するように、毎晩行っている行為だった。しかし不意の言葉が燕の指をドキンと直撃する。
 無防備に曝されている太腿は愛しい恋人のもの。それを意識した途端、白く艶めかしいラインが輝いて映る。

「皇慈……」
「ン……燕」

 燕の掌が皇慈の内腿をスルリと撫でる。その妖しい手付きは、当然マッサージの一環ではない。
 甘い空気が寝室を包み、燕もベッドに乗り上げる。そのまま皇慈との距離を一気に詰め、耳元へ唇を寄せた。

「太腿触られるの、感じますか?」
「ん……っ、ア」

 問い掛けの間も太腿への愛撫を続ける。
 薄い肉の、けれど滑べらかな感触が掌に吸い付く。だんだんと汗ばむ肌が愛しくて、止められない。
 心臓はバクバクと早鐘を打ち、鼓膜に響く。駆け登る興奮を乗せたまま耳朶を甘噛むと、皇慈が顔を背けた。
 細い首筋が燕の眼前に曝されたが、真珠貝のような耳朶は唇から離れてしまう。

「最初のキスは……唇に、してほしい」

 白い首筋が羞恥に染まってゆく。皇慈は拗ねた口調で、最初の願いを再び口にした。

「今のは“甘噛み”なので、ノーカウントという事に」

 謝るように皇慈の顔を覗き込む。
 すると燕は熟れた紅玉を発見する。その正体は朱に染まる皇慈の頬だ。

(ッ……。齧り付きたいくらい、美味しそう)

 じゅわり。燕の口内に唾液が溢れ出て来る。
 衝動と共にそれをゴクリと飲み込むと、喉の音に気付いた皇慈と視線が重なった。

「嗚呼、私の可愛い燕……ッ」

 皇慈の唇が甘い吐息を零す。
 そしてシーツを握っていた右手を持ち上げ、燕の頬をスルリと撫でる。キスの催促だ。

「目、瞑ってください」

 眩暈がしそうな誘(いざな)い。
 断る理由など一つもない燕は太腿への愛撫を止め、皇慈の頬に掌を添える。
 そのまま引き寄せて、唇をそっと重ねた。

「う……ん」

 皇慈の右手が頬を滑り、燕の首筋へ回る。
 それを合図にするように二人の唇が開く。息継ぎに費やす数秒さえ惜しいと、燕は赤い舌を滑り込ませた。

「ふぁ……ン」

 不意を突かれた皇慈の舌が口内でビクンと震える。燕の舌はそれを追いかけて、ヌルリと絡め取った。
 付き合って三ヶ月。仲睦まじい恋人同士が時間を重ねれば、当然関係も先へ進む。
 深く本能的なキスも、これが初めてではない。
 けれど皇慈の唇は燕が味わう度に甘味が増しているようで、ついつい我を忘れて貪ってしまう。

「ハァ、ハァ……燕」

 唇を離す頃には皇慈の息は切れ、力がクタリと抜けていた。
 新鮮な空気を求めて上下する胸板はセーターの上からでもその薄さが分かる。
 燕はクリーム色のセーターに手を伸ばし、円を描くように胸元を弄った。柔らかな毛糸は手触りも良く、温かい。
 皇慈はゆったりとした洋服が好みで、今日着ているセーターもワンサイズ大きめだ。

「硬くなってきましたね。乳首と太腿、どっちが感じますか?」
「あっンン」

 興奮に息を弾ませながら、燕は意地悪な質問をする。
 指先に触れる突起はセーター越しにでも正直な反応を返す。敏感な部位だ。

「直接触って、キスしたい。……でも唇以外へのキスはダメ、ですか?」

 可愛い年下の特権を使い、燕は甘えた声でおねだりする。
 体制も下から覗き込む形で、恋人の垣根を越えて燕を可愛がっている皇慈への効果は絶大だ。
 キュンと音が聞こえそうな程、サファイアの瞳が潤む。

「そんな事はな――ああッ!」

 了承の言葉を最後まで待ちきれず、燕はセーターを捲り上げた。
 寝室を包むウォールランプの灯りは円やかなオレンジ色。それに照らされる二つの粒は可愛らしい桜色だ。
 マッサージの為にスラックスを脱いでいた皇慈の下半身はボクサーパンツ一枚で、上半身もたった今燕が胸元まで暴いた。艶かしい半裸状態だ。
 夜は始まったばかりだけれど、このまま二人の愛を交じり合わせたい。
 燕がそう思った時、皇慈の躰がズリリと沈み、純白のシーツに寝転ぶ。そして恥ずかしそうに口を開いた。

「唇以外へのキスも、沢山して。燕」

 儚く美しい美貌は男の欲に染まり、燕の情欲を誘う。
 ズクンとした熱の塊が燕のスラックスを待ち上げ、窮屈な布の中で素直な反応を示す。

「貴方にそんな事を言われたら、僕もう我慢できません」
「しなくていい。私も燕と愛し合いたい」

 そうなればもう、甘い衝動を止める者はいない。
 燕も紺色のパーカーを一気に脱ぎ捨て、皇慈の躰に覆い被さる。そして平坦な胸板へ吸い付いた。

「あんっあ、ふぁ……ハァン、んんっ」

 ちゅぱっちゅぱっ、ぺろぺちゃちゅぷん。
 ピンと勃ち上がる粒を母乳を求める赤ちゃんのように味わう。コリコリに尖った食感はやっぱり甘くて、燕の奥の奥まで甘く痺れさせる。




『――プルルル』

 シーンと静寂に沈む夜闇。ウォールランプの灯りも消えた寝室に電子音が鳴り響く。

「ん〜?」

 安らかな眠りを叩き起こすそれは、ベッドの隅から聞こえて来る。
 こんな夜中に何だろうと、眠気眼で手探る燕。すると丸まったパーカーの袖が引っ掛かった。
 どうやらポケットに入れていたケータイの呼び出し音が鳴っているようだ。

「すぅすぅ」

 目覚ましにも負けない音量が鳴り響く中、皇慈は未だ眠っている。
 体力の無い彼に負担を掛けないよう、丁寧に優しく抱いたつもりだけれど。皇慈の瞼は朝まで開きそうもない。
 月光に照らされる頬も仄かに赤く、夜伽の熱を残している。年相応に育った容貌が色っぽい。
 誰からとも知れない電話よりも、燕の意識は皇慈の寝顔に惹き付けられた。
 丹花の唇へ秘密の口付けを贈り、愛しい頬をそっと撫でる。背筋をソワソワと駆け抜けるむず痒さは、照れくささと同義だ。

『プルルルル!』

 その間も電子音は絶え間なく鳴り続いている。しかも心成しか怒りが感じられた。

「はいはい。今、出ますよ」

 後ろ髪を引かれつつも、燕は身を起こす。そしてケータイの通話ボタンを押した。
 てっきり深夜だと思っていたけれど、液晶画面に映る時間は午後10時を教えている。遅い事は遅いが、そこまで非常識な時間でもない。
 日付を過ぎても無遠慮な連絡を寄こす友人は、沢山いた。最も最近ではその人数も減っているけれど。

「もしも」
『遅いじゃない! 何やってたの?』

 返答の言葉を言い終わる前に、怒号を含んだ女性の大声が飛び出て来る。
 懐かしいとさえ感じてしまったその声の持ち主は、燕をこの世界に産み出した女性だ。

「か、母さん!? 別にそこまで疾しい事はシてな……くもないけど」

 驚愕に飛び跳ねる燕の声が、だんだんと尻窄みになる。
 幾ら隠し事が苦手な燕でも、実の母親にデリケートな恋愛事情をあっけらかんと語った事はない。

『え、なに? よく聞こえない』
「いや! ぐっすり寝てて、たった今起きたトコ! ホントに、マジで!」

 嘘は吐いていないが、真実も語れない燕。姿の見えない母親へ、左手をブンブン振って釈明する。

『おもいっきり動揺してるじゃない。母さん、電話越しでも燕の表情くらい分かりますからね』
「はぐぅ!」

 やはり本物の母親は予想以上に恐ろしく鋭い。
 滝のような冷や汗で、燕の全身はぐっしょりだ。天志のお説教が聖書の朗読にさえ思える。

「そ、それでご用向きは何で御座いませうか?」

 燕は母親にまで敬語を使うタイプではない。しかし緊張に震える口は燕の意志に反して動く。
 まさか息子の隣で眠る人物が、男性だとは勘付いていないだろう。けれど居心地の悪さがザワザワと這い上がって来る。



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あきゅろす。
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