僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする6


「職業病ってやつですか? 折角抜け出して来たのに、慈悲深い神父様は大変ですね」

 冷えた頬に、天志の体温が波紋のように広がる。皇慈以外の体温を感じたのは何時振りだろうか。

「おや、人聞きの悪い。これでも子供達の菓子を買いに来た、お客サマ。なのですよ」
「ッ、いひゃひゃひゃ」

 柔らかな微笑を湛えたまま、天志が燕の頬をみょーんと引っ張る。
 まさか二十歳(はたち)を過ぎても、抓られるとは思っていなかった。天志は燕の母親以上におっかない。

「まぁ。戯れはこれくらいにして、真面目なお話をしましょうか」

 そう言うと天志は両手をパッと離し、近くのベンチに腰を下ろす。
 此処は町の中央公園。人工的に造られた池の中をスワンボートが小波を立てながら進んでいる。
 灰色の世界は寒く味気ない。が、それを楽しむ恋人達は皆笑顔だ。

「……何ですか? 今更別れろとかお説教されても、聞けませんよ」
「全く、君の口は年上の前でも“元気”ですね」

 所謂デートスポットで、男同士が肩を並べて座る。
 露店の方は天志が購入したクッキーを最後に売れ切れ感謝。仕事をサボるという大罪は犯していないものの、燕の居心地は悪い。
 現在の恋人は同性である皇慈だが、元々の燕は至ってノーマルなセクシャリティの持ち主。周囲の目が多少なりとも気にかかる。

「真直ぐ正直に育ったな、と。皇慈さんには好評なので、改める気はありません!」

 キッパリ。燕は胸を張って主張する。
 それに最大限の礼儀として敬語は忘れていない。誰に対しても懇切丁寧な天志の前では、微々たる心意気だけれども。

「そうですか。まぁ、悪いとは言っていないので存分に伸ばしなさい」

 サラ、サラ。
 温かい掌が燕の頭を徐に撫でる。まるで小さな子供扱い。それが天志らしいと思える位には、燕も彼との時間を重ねていた。
 燕がこの町に訪れて、もう三ヶ月目。人間関係は順調に育っている。

「その言葉は嬉しいですが、……頭を撫でられるのは正直微妙だな」
「そうですか? 子供達には好評なのですが、燕くんは難しいお年頃ですね」

 掌が残念そうに離れる。微かに残る天志の温もりは冷たい北風がヒュルリと攫って行った。
 無数の落ち葉が空に舞い上がり、遠い世界の先へ飛んで行く。その光景に、イチョウ吹雪の中で佇む皇慈の姿が重なる。
 ふとした瞬間にも甦る記憶。皇慈の欠片は燕の心に深く沁み込んで、胸を切なく締め付けるのだ。

「今から少しだけ、個人的な話をします」

 そんな空気を吹き払うように、天志が口を開く。

「一度しか言わないので身を入れて、きちんと聞くように」
「はいっ。ちゃんと聞いてますとも!?」

 逆らえば手厳しいお説教が待っている神父サマの言葉だ。燕の背筋は否応なく、ピシリと正される。
 勿論、皇慈の事をボンヤリ考えていた事実は胸の奥へそっと仕舞う。しかし上ずる声の調子は隠し通せなかった。

「これは皇慈くんも知らない事なのですが」

 天志は呆れつつも、深く息を吸い込む。そして次の瞬間、覚悟と共にその息を吐き出した。

「神成主は、私の本当の父親ではありません」
「えええええぇええ!!」

 衝撃的な事実発覚。思わず燕は驚愕に叫ぶ。

「そそそそそ、それはお母さんが……過ちを?」

 脳裏に乱れた男女関係が駆け巡る。最も燕の知識源はパン屋の奥さんが『面白いのよ』と進めて来た、昼ドラだけれど。

「いえ。父は人生の伴侶を早くに亡くして、私の母親は元々居ないのですよ」

 更に複雑な事情が淡々と語られる。天志本人は覚悟を決めていても、燕の頭は混乱にグチャグチャだ。

(実は神成先生が、性転換した元女性とか?)

 いや、流石にそれは飛躍し過ぎだろう。燕は慌てて女性バージョンの主を脳内から消し去る。
 しかし神成親子の容姿が似ていない問題は、燕も疑問に思っていた事だ。

「25年前の冬――教会の前で一人の赤ちゃんが寝ていたそうです」

 それは天志の過去。

 シーンと静まった早朝。まだ太陽も目覚めていない薄暗い闇の中で、チラチラと雪が降っていた。
 穢れの無い雪景色に誘われて、一人のシスターが扉を開ける。ふいに視線を下に向けると、大きなバスケットが置いて有った。
 場所は雪風を何とか凌げる軒先の下。
 違和感を感じたシスターは膝を折り、その場で中身を確認する。不浄な物は神聖な教会内へ持ち込めないからだ。
 温かい厚手のブランケットが冬の冷気から“何か”を守るように敷き詰められている。しかし一ヶ所だけ穴が開き、新鮮な空気を取り込んでいた。
 空気穴のようなソレを広げ、妙齢のシスターは驚きに目を見開く。
 なんと、小さな赤ちゃんがスヤスヤ眠っていたのだ。

「その後、慌てたシスターが医者を呼び。色々調べられたのですが、全くの健康体で一同安心したそうです」
「つまりその赤ちゃんが天志さんで、呼ばれたお医者さんが神成先生だった訳ですね?」
「ええ。燕くんは理解が早くて助かります」

 それ以外の正解を導き出す方が難しいと思うが、天志はホッと胸を撫で下ろす。

「それで暫くは孤児院に預けられていたのですが、実の親が名乗り出て来る訳も無く。父が引き取ってくれたのですよ」

 すべてを語り終えた天志が遠い天を仰ぐ。
 神聖にも映るピュアホワイト。
 自らの出生理由を知らない天志の髪は新鮮な雪を凝縮したように白い。まるで拾われた日の雪景色を忘れないように。

「でも、どうして僕にその話を?」

 新しい疑問が燕の中で生まれる。
 天志の話は簡単に口に出来るものではないだろう。それを友人の皇慈ではなく、燕に明かしたのだ。

「気紛れというか。……まぁ、皇慈くんに話せば大号泣の後に、『ご両親を探そう!』とか面倒くさい展開になりそうなので告げなかっただけなのですが」

 ポソリと呟かれた皇慈の行動は燕にも想像できる。彼は確実に、天志の役に立とうとするだろう。
 きっと拠り所ない事情が有ったのだと、信じ貫いて。

「例え実の両親に捨てられたとしても、私は胸を張って『幸せだ』と言えますし、今の生活に不満も感じていません」

 灰色の雲を映す瞳は深く澄み、天志は真実も強がりも同様に包み込んでいる。とても強い人間(ひと)だ。

「だから、幸せが自分の尺度でしか測れない事も知っています。そして君といる皇慈くんは、今までで一番幸せそうだ」

 エメラルドの瞳が燕を映す。天志の言葉は、燕の予想と真逆のものだった。

「最後の言葉は“ただの独り言”なので、記憶の底にでも封じて下さい」
「え?」

 スクリと立ち上がる天志。燕はポカンとそれを見詰める。
 生涯の宝にしたい言葉。それを忘れるなど、燕には難しい相談だ。是非皇慈とも分かち合いたい。

「これでも神父なので、」
「ああ。分かりました」

 禁断の愛を表立って応援できない立場。
 天志がそれを口にする前に、燕は理解する。つまり彼は一人の友人として、温かい言葉を贈ってくれたのだ。

「でも、宝箱の中へ仕舞います。それは僕の自由ですよね?」
「……お好きになさい」

 天志が困ったように微笑み、ふっと息を吐き出す。それを了承と受け取り、燕も頬を緩めた。




 ◆◆◆




 街路樹を飾る電飾がチカチカと光る。灰色の世界が更に暗く染まる夕方。街を歩く者達は賑やかだ。
 季節は冬、時期は12月。
 そう、町はクリスマスムード一色。むしろ初雪の到来を待っている状況だった。

「そういえば皇慈さんとの、初クリスマスか」

 ランドナーのハンドルをゆっくり押しながら、燕は帰路を歩む。
 その視線はキョロキョロと巡り、ルビーの瞳がキラキラ輝く。楽しいクリスマスの雰囲気。燕も無意識に浮き足立つ。
 気の早いサンタクロースが風船を手に持ち、小さな子供に配っている。その後ろにはケーキのポスターが張られ、若い母親が予約を申し込んでいた。
 パン屋の店主もクリスマス用のクッキーを用意する頃だと言っていたし、バックヤードにクリスマスツリーの箱らしき物が出ていた。
 おそらく明日の仕事はソレの組み立てだろう。

「プレゼントは何がいいだろ?」

 色々な店のショーウィンドウが目に留まる。
 モコモコと温かそうなルームウェア、それとも暇潰しに役立つ長編小説――流石に指輪は、意味深過ぎるか。

「でもどうせなら、皇慈さんが一番喜ぶ物を贈りたいな」

 商店街をポテポテ歩き、ウィンドウショッピングを楽しむ。
 雪の結晶やプレゼントのオーナメント。クリスマスリースも華やかで、それぞれ店の特色が出ている。
 もしかしなくとも、パン屋は出遅れだ。奥さんに注意されて初めて気付いた店主の慌てようがアリアリと想像できる。

「自分の物欲が薄い人だから、考える方も大変だ」
「みぃ〜」

 ペットショップの前で立ち止まり、ケース越しの子猫に手を振る。上品な毛並みが何処と無く、皇慈と似ていた。

(まぁ、流石に相談なくペットを飼ったりはしないけど)

 それに皇慈は鳥のツバメが好きだと言っていた。



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