NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 12 *SHAPE OF MY HEART*B
気持ちよく眠りに落ちていたとき、無理矢理に起こされてカルヴィンは半目になりながら頭をかいた。
「ったく、お前はタイミング読めねぇな」
「悪いな」
人通りのない通路に卓郎に引きずり出され、相変わらずのでたらめ具合に怒る気もしない。
「安心しろ、付き合ってくださいとか、アニキと呼ばせろとか、そういうのじゃない」
「ああ、そりゃ安心した。いいから、どうにかしろよ、この現状」
「それならもう一波というところだ。あと十時間我慢してくれ」
喜ぶでもない時間にカルヴィンは肩をすくめた。
終わりが見えただけ上出来だ。
「それで? 用件は?」
気を取り直し、いつもより空気が鋭い卓郎に問う。
「いつかの約束を守ろうと思ってな」
「なんだっけ?」
「お前が艦長になったら包み隠さずに全てを語ろう、そういう約束をしたつもりだったが」
「…………」
目が一気に冴える。
卓郎の表情に陰りと弱さが映った。
「冗談じゃなかったのか」
「冗談にしてもいいが?」
「いや、そういうわけにいくかよ」
「では、語らせてもらおうか」
か細い声、虚ろな顔。
今までにない卓郎の根本的な部分が垣間見える。
カルヴィンはこの男がとても頼りないことに気がついた。
「俺は――」
* * *
もう聴き慣れた戦闘アラートだ。
「畜生、どいつもこいつも!」
アンジェラは跳ね起きる。
アラートのリズムに乗ってキャンサーを起動させる。
キャンサーの喰らう感情は”愛情”。歪んでいようと、何に向かっていようと構わないだけ”激情”のアリエスに良く似た感触だった。
アンジェラがコクピットに入ってからモブ、フラウとそれぞれの機体に乗り込んでゆく。
さて、往こうか、というときに下でオロオロしているギオの姿が目に入った。
一度閉めたハッチを開いてアンジェラが操縦席から立って怒鳴る。
「何やってんのよ!!」
「で、でも、艦長に正式に伝えてないし!」
「乗りなさい! それでもあんた男!?」
そこまで言われて乗らないわけにいかない。
ギオは表情を明るくしながらパイシーズに乗り込んだ。
「艦長、どこいったんだか」
愚痴をこぼしながらアンジェラはハッチを閉め、出撃する。
いつもの暗い宇宙にもう恐怖はない。
回線をオープンにセットする。これで全員の会話が聞こえる。
いつもなら司令室が一気に開くが、今回はアンジェラがいち早く回線を開いた。
「数は前回の戦闘の半分ね。楽勝だわ」
いつもの調子の会話だった。
アンジェラの言葉にフラウがすぐに応答した。
「先輩、先輩はでしゃばらないでお守りしてよね」
「あんたも最初は私にお守りされてたじゃない」
「どれだけ前の話よ」
「そうね、あれからもう四ヶ月か。早いね」
想い出を掘り返す暇もなく敵機が向かっている。
「ギオ、アンタは私の後ろにいなさい。あらかた潰すから、取りこぼしをお願いよ」
ギオを守るのが今回の役目だ。
気持ちを切り替えたアンジェラ。
「えー、前線じゃないの?」
「早い」
まだ文句をいいそうなギオに司令室のカオからの通信が入る。
「アンジェラさん、性格上取りこぼし多いですからお願いしますね」
「性格上って何よ」
逃げるようにカオは通信を遮断する。
最近彼も言い逃げを覚えたようだ。
「…………。くるぞ」
モブの声と共にレーダーの中の敵が警戒範囲内に入ってくる。
アンジェラは急に無口になって操縦を始めた。
本来、防御型のキャンサーは前線に立たない。だが、アンジェラはキャンサーで敵機を文字通り潰すことを編み出した。
キャンサーのシールドを武器に突撃する、能率は悪いが確実に敵を仕留められる。
取りこぼしが多いのはその戦術のせいで彼女の性格は冗談なのだがギオは向かってくる敵の多さに引き腰になっていた。
次々と、敵軍を破る仲間の機体。
交差する光子ミサイルの軌道。
これが戦場、と慄くギオの耳に飛び交う仲間たちの真剣な声。
それはあくまでも命のやり取りだった。
世界がガラっとかわった。マグダリアを出てしまえば、そこはもう魔女の庭、<天使の顎>なのだ。
そして、ギオのパイシーズに地球軍の戦闘機が襲い掛かった。
「ッ!!」
訓練どおりに光子ミサイルのボタンに指をかける。
だが、その時、ふと両親のことが頭に浮かんだ。
両親を失った自分が、誰かを手にかけようとしている。
あの戦闘機の中には人間がいるのだ。
その人には家族がいるのだ。
それをボタン一つで殺そうとしている。
「…………!!」
考えた途端、指が動かなくなる。
撃てない!!
根底的な部分が、はっきりとそう脳に訴え、ギオの指を止める。
「ギオ!」
誰かの声がした。だが、身体が反応すらさせてはくれない。
敵の発射したミサイルが近づいていた。
俺は、死ぬのか?
ミサイルの軌道が読める。だが、動けなかった。
でも、撃ちたくない!
殺したくない!!
「!」
突然目の前が暗くなる。
その途端、激しく機体が揺れた。
「先輩!!」
暗闇の中、金切り声が聞こえる。フラウだ。
「え?」
ギオはやっと我を取り戻した。
まだ、生きている?
「ふんばれぃーッ!! キャンサーッッ!!」
アンジェラが叫ぶ。
目の前が急に青い光に包まれる。
キャンサーのシールドが最大出力でミサイルを受け止めていた。
その反動にパイシーズもろとも吹っ飛ばされている。
このままでは宇宙の彼方まで止まらない。
「ッ!」
ギオは慌てて操縦桿を前に倒した。
「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
叫びたくなる気持ちが良くわかる。
それは祈りで、願いだ。
その声を受け取ったか、パイシーズが答える。
エンジンを最大にして稼動し、キャンサーごと押し戻す。
振動と軋んだ音に心臓がぞわぞわと震えていた。
ここで、彼女を失えば、自分は本当に孤独に落ちてしまう。
それはなんという恐怖だろう。
パイシーズの出力が最大を超えた。ここからはプリマテリアの加護のなせる業だ。
数分としないうちに戦場に二機が戻る。
「アンジェラ!」
モニターをのぞけばアンジェラは操縦桿にもたれかかっている。
息苦しそうな呼吸が聞こえた。彼女らしくもなく苦痛に顔をゆがめている。
「アンジェラ、どうした!?」
カルヴィンからの通信に息絶え絶えにアンジェラは応答した。
「ごめんなさい、戦闘不能です」
「……何!?」
突然の戦闘不能宣言に皆が言葉を失った。
アンジェラの周りにはまだ敵機が走っている。
彼女がこうも簡単に諦めた。あのアンジェラが。
「艦長、ギオをお願い」
「お前、何言ってんだ!」
らしくない。
何があった。モニターから注がれる声なき問いにアンジェラは答える。
「う、動けないのよ……」
そういっている間にアンジェラの顔色が悪くなっている。
彼女はむせ返って操縦桿にしがみついた。
「エンジン、取れた。操縦桿、全然利かないし。なんか、息するたびに肺が痛いし」
そういって彼女はさらに操縦桿にもたれかかる。
エンジンが動かなければさすがのプリマテリアも発動しない。
戦場で動力を失うことは即死に等しい。
キャンサーは無理にミサイルを受けた。それが原因だった。
彼女ならこうなることは計算できていただろう。
だが、かばわずにはいられなかった。
命に代えたい、その瞬間的な、自己犠牲的な想いをキャンサーは感知したのだろう。
「……残念」
「…………」
「ごめん、中途半端で。私は捨てて」
静かな言葉だった。
落ち着いた言葉だった。
そして、自分に残酷な、厳しい言葉だった。
アンジェラはモニターに向かって笑う。辛そうに眉間にしわが寄った。
口元に真っ赤なルージュが光る。
咳き込んで血を吐いていた彼女の目はギオのモニターを見ていた。
衝撃でアバラを折った彼女の身体には激痛が走っている。
それに気の利いた表情を返せるほどギオは冷静にはなれない。
「コラ。なんだ、その顔」
それでも笑った。
「…………」
最悪の気分だ。
ギオは呆然としながら自分のしてしまったことに気がつく。
アンジェラは自分の事をかばって、その衝撃で動けなくなってしまった。
ためらって、そのせいで。
謝る権利はあるのだろうか。
悲しすぎて涙も出ない。唇は呼吸に合わせて震えるだけで何か言おうとしても何も出てこない。
「アンジェラ、今からそっちに向かう!!」
カルヴィンの言葉に首を振ってアンジェラは目を閉じた。
その顔はいつもと変わらない。いつもの死を覚悟している表情だ。
決意の微笑だ。
「ギオ、いきなさい」
「…………」
嫌だ。
意味がわからなかったがギオはその言葉の全てを否定する。
行きなさい、だとしても。
往きなさい、でも、生きなさい……でも。
そこにアンジェラと離れなくてはならないというニュアンスが嫌でも読めた。
真っ白な頭にそれだけが理解できた。
「嫌だ」
言葉になったときには敵機が肉眼で確認できる距離にいた。
逃げれば終わる。
「嫌だ!」
一人ではいきたくない。
頭で、身体でわかっている明確な意思、本能、願い。
――君を、守りたい。ただ、それだけだった。
「約束しただろ!」
”世界から、怖いことを無くすとき、もし、天使さんに怖いことが起きたら俺が助けに行くよ。約束だからね!”
幼い日の自分の言葉がよみがえる。
操縦桿を握りなおす。その指がすでにフォトンビームの発射スイッチにかかっていた。
「俺と生きろぉぉぉぉッ!!」
今度はパイシーズがキャンサーをかばうように前に躍り出る。
機体の前方に取り付けられていたビーム砲がギオの叫びに連動したような非常識な光を放った。
敵軍のど真ん中に放たれた光は一瞬、外れたかと思われたが、次の瞬間、二つに割れ、左右に帯状になって広がっていった。
そして、その光の帯は何度かそのまま上下し、目の前を一掃し終わると静かに消えていった。
「…………」
長い静寂が訪れた。
残りの敵機があまりの非常な、そして凶悪な攻撃に撤退を決める。
完全勝利だ。
「…………」
だが、それだけで終わるはずもなかった。
「パイシーズ、帰還、します」
ギオは口にしたが迷っていた。
悪魔の所業を放ったパイシーズ。
その発動源に帰還は許されるのだろうか。
そして、手に残る最悪な感触。たくさんの人の命を奪ったのが自分の指だとは思いたくない。
だが、事実として、自分はそれを望んで生き残った。
人殺しの烙印が身体を蝕んでいる気がする。体中を蛆が這うような不快感だった。
それは帰還しても変わらない。
デッキに降り立つと、アンジェラ搬送におわれ、自分はいないように扱われている。
目があったとしても、自分を見る目がどこか控えめだった。
「…………」
逃げ込む自室。
どうしても手を洗いたい衝動に駆られて、洗面台に向かう。
鏡に映った自分の顔すら見たくなくなった。
「うぅ……」
両手が震える。吐き気がしていた。
「誰か……!」
懺悔をしたい。許されるなら頭を垂れて洗いざらい喋ってしまいたい。
だが、言葉にならず、呟いた言葉は微かだった。
「助けて……!」
散らかった部屋に行き場がない。
ギオは着の身着のままベッドに潜ってうずくまる。
両手の感触が取れなかった。
フォトンレーザーが舞った光の軌道がまだまぶたの裏に残っている。
その光に巻き込まれてたくさんの人が死んだ。自分の指の動き一つで。
何度も、その光景が繰り返されて聞いてもいない叫びや、見てもいない死体を脳が作り出す。
幻覚がさらに彼を追い詰めた。
「…………!」
でも、そうしなければアンジェラは自分のせいで死んでしまったかもしれない。
あの想いは本物だった、そして誰かを傷つけるものではなかったはずだ。
だが、結果、それが武器となった。プリマテリアとのシンクロ率が高すぎてギオの感情の爆発をそのまま力に変換したのだ。
涙がやっと溢れた。
――君を、守りたい。ただ、それだけだった。
それだけだったのに。
誰かを傷つけながら守るしかない。
「アンジェラ! ……アンジェラ!!」
助けを求めても来るはずもなく、ギオは孤独に浸かりながら一夜を過ごす。
悪夢の時を何度も頭で繰り返しながら。
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