NOVEL 天使の顎 season1 宇宙戦争編
session 12 *SHAPE OF MY HEART*A
…………テロメアが減少していない。ネオテロメラーゼが作用しているようだ。
私の研究は成功した。私は間違ってはいなかった。
”フェニックス・フォーチュン”の誕生だ。
全身が焼けるように熱い。
皮膚が酸素に焼けている。
また、別の声がする。
…………助けて、父さん。
か細い悲鳴はすぐ隣から聞こえて、激しい絶望を呼んだ。
とても悲しい。
とても苦しい。
とても恐ろしい。
とても愛しい。
とても嬉しい。
とても、死にたい。
…………君を、守りたい。
そう、言葉が漏れ出した。
その気持ちに変わりはない。
これを、なんと言ったか。
* * *
やっと帰還し、食事をとって寝袋にもぐりこもうと言うところ……
「ねむ〜い…………」
隈の浮いた目でアンジェラはカルヴィンを睨む。
だが、カルヴィンも同じように目にはびっしり隈が浮き出ていた。
「文句なら俺以外の全てに言え。ついでに俺の分も言っといてくれ」
「う〜、もう言い飽きたよ……」
大きなあくびと一緒にアンジェラらしくない言葉が出た。
だが、それも仕方がないとカルヴィンは同意に頷いた。
ラッセル・レヴヴィロワが地球軍を本格的に乗っ取ってからすでに二週間は経っている。
アンジェラはとりあえず蟹座宮のキャンサーに乗り込み悪戦苦闘しつつも相変わらずエースパイロットとして活躍をしている。
モブもタウロスを与えられ、着々とシンクロ率を高めていた。
とはいえ、いつ攻撃が仕掛けられるかわからない状態である。
ベテランの二人は完全に艦内デッキに寝泊り状態になり、出撃の度に起きては戦う、それが続いた。
やっと帰還し、食事をとって寝袋にもぐりこもうというところ今度は不発弾の処理をやらされて二人は疲労困憊を通り過ぎ、眠るのも面倒になっていた。
二人そろって下半身を寝袋に入れた状態でデッキの壁に背を預ける。
寝ていないのは整備士たちも同じだが、勤勉な彼らは眠ることを知らない。
何より、整備郡には、強力な技術者が潜んでいたのだ。
「これ! 仕事に手を抜くようでは見習いと一緒じゃぞ」
アクロウル・マディソンだ。
「あのおっちゃん、不死身か」
カルヴィンが気の抜けた声を上げた。
いつものハリのある声に比べたら気色悪いほどなよなよしているが今は仕方ない。
「人間、年を取ると子供にかえるっていうじゃない」
若干、意味が違う。
だが、確かにマディソンは他と比べてハキハキとしていた。
それは、彼が、アンジェラたちが出撃している間、しっかり睡眠をとっているからだ。
本来ならば戦局が気になって眠りにつけないだろう。しかし信用しているのか図太いのか、無駄がない。
パイロットのアンジェラ、カルヴィン、フラウと、戦力のために臨時で追加入隊させられたモブ。
パイロットは十分にいるが、敵も十分に増えた。
思うことそれぞれ、マディソンを目で追うアンジェラとカルヴィン。
その視線に気がついたのかマディソンはゴーグルを頭にあげて二人のもとに歩み寄る。
「なんじゃ、おぬしら。そんなんで次の戦闘に勝てるのか?」
「勝つわよ、何度でも」
威勢のいいアンジェラの言葉は相変わらずで強がりに苦笑するしかない。
「おっちゃん、そんなに整備士動かすほど俺らは機体に傷つけてないぜ? なんだよ、この馬鹿騒ぎは」
「良くぞ聞いた!」
「あーあーあー、うれっそうな顔だわ」
魂の抜けたパイロット二人にマディソンが力説する。
「ゾディアック・ブレイズの性能にちょっとばかし手を加えてみようかと思っての」
「おっちゃん、余計なことすんなよ」
「せんわい。プリマテリアのシンクロ率をモニターに出そうとしとるんじゃ。それから、推進力の調節がしにくい細かい機能を取り付けるつもりじゃよ。
パイロットの技量を前提に作られているゾディアック・ブレイズはなかなか扱いが難しいからの。機体の能力の底上げじゃい」
「へぇ。あんたエンジニアかなんかか」
「小僧、わしを知らんとはもぐりじゃな」
「何のもぐりだよ……」
いい年をして小僧呼ばわりをされてカルヴィンはぞっとした。
だが、マディソンの年齢からしたら小僧なのだろう。
ついでに、傭兵をしていたカルヴィンはどうにも芸能には疎い。検討する前に突っ込みを入れて気恥ずかしさを誤魔化した。
ただ、芸能に詳しくともマディソンのことを知っている人間はほとんどいないだろう。
ほとんどメディアの前に顔を出さない人物なのだ。
「社長なんだってさ」
アンジェラが半眼をこすりながらもにょもにょと呟く。
その様子は一部殿方をノックアウトさせるほど愛らしいがこの場にそんな物好きはいない。
「シャチホコ?」
カルヴィンは聞こえたまま聞き返した。
どうして彼がそんなローカルな金色の魚の装飾を知っているかは謎である。
「ええと、♪ちゃら〜らららららんら〜、電化製品化からスペースシャトルまで〜、のCMの会社よ」
「…………」
アンジェラの死にそうなCMソングもさることながらマディソンの正体に驚き、リアクションに困ったカルヴィンは額に手をあてて考えた。
考えて考えて考えた末に眠っていた。
アンジェラはいい感じに無視されしらけるがわざわざ起こして文句を言うのも馬鹿馬鹿しい。
忘れようと話題をかえる。
「ってか、おいちゃん、こんなところで油売ってていいの?」
怪訝なアンジェラの表情に対し、マディソンはふんぞり返った。
「クフォッフォッフォ、会議室で下らん企画を提示されながらコーヒー飲む方が無駄じゃ。わしにはやりたいことがたーっくさんあるんじゃよ」
「お若いことです」
ある意味うらやましい人生だ。金も名誉もあり、まだ夢も持っている。
楽しそうで何より。
そこでアンジェラはふと考える。
自分はあまり未来に執着していない。夢がない。
とにかく毎日が手一杯で忙しく、明日の命があるかわからない。
それでも夢を見るべきなのだろうか。
「まあ、いいや。私も横になっとく」
そう言ってアンジェラが横になったときだ。
「おわらー! 俺の勝ちミャー!!」
頭悪めの雄叫びがこだました。
ギオ少年は元気以外に何を持ち合わせているのだろうか。
パイシーズのハッチから飛び出し、一直線にアンジェラの横に立つ。
それを無視してアンジェラは目を閉じる。
「あ、アンジェラ! アンジェラ!!」
揺さぶり起こすギオ。アンジェラはくてんくてんと面白いほど前後に揺れた。
その勢いで首がぽろりと取れてしまうんじゃないかと皆が思ったがそんな心配はなく、アンジェラははっきりと喋る。
「人違いよ、私はアンジェラじゃありません」
「終わったぞ! あのシート!! 俺も今日からパイロットだからな!!」
アンジェラを揺さぶることを止め、ギオは目線を合わせた。
青い瞳がキラッキラ輝いている。
死んだアンジェラの目と正反対だ。
「え?」
「だから、俺も頭数に入れていいんだからなって!!」
「…………」
呆けたアンジェラ。
すっかり忘れていたが、ギオはパイロット候補生だった。
「あー!」
やっと思い出しアンジェラは居住まいを正す。
寝袋に入ったまま正座をし、ギオに頭を下げた。
「おめでとう」
「ありがとう。…………熱い抱擁とかないの?」
「マディソンにやってもらったら?」
「わしゃ、そんな趣味はない」
「俺だってやだん」
話が一区切りしたところで整備士の一人がマディソンを呼んだ。
遊びに誘われた子供のように駆け出すマディソン。
それを見計らってギオはアンジェラの横についた。
「近い」
もぞもぞと横に移動すればギオもさらに動いて間を詰める。
ピッタリとくっついた状態になってやっとアンジェラが諦めた。
「いいじゃん、このくらい。それより本当に何もなし?」
「ジュースくらいでいいなら祝ってあげるわよ。今は無理だけど」
「本当!? 約束だぞ!」
「もう寝ます、いいですか?」
「うん、うん! いくらでも俺の肩にもたれかかっていいんだぞ!!」
大きく腕を広げたギオ。
アンジェラはお約束のように反対側に転がった。
「…………。ええと」
ノリが悪い奴だ。
自分に非があることに全く気がつかずギオは口を尖らせた。
アンジェラが大手をふって迎えてくれるとは思ってくれなかったがもう少し優しい言葉をかけてくれてもいい。
せっかくだから他にも報告しよう、とギオはアンジェラの無防備な寝顔に後ろ髪ひかれつつ誰か話せる人間を探した。
フラウ、いや、絶対にアンジェラより冷たい。
ジェラード、忙しそうだ。
カオも流すだろう。
モブはイマイチ意思疎通がしにくい。
卓郎…………。それだけはパスだ。
「やっぱトリコさんのとこにいくかぁ〜」
傍から聞いていても下心丸出しである。
早速医療室に向かうとトリコがパソコンに向かいながら出迎えた。
「あら、どうしたの?」
「聞いてよ! 俺、ついさっきカリキュラムのシートが終わったんだ! これで念願のパイロットだよ!」
「…………」
トリコが顔をあげた。
どこか心配そうな、残念そうな表情にギオは小首をかしげた。
「そう、おめでとう」
「あんまうれっそうじゃない言い方だね。なにかあるの?」
「いいえ、特にはないわ。気をつけなさいね。華やかに見えて大変な世界だから」
「うん」
本当にこの子はわかっているのだろうか。
トリコは不安になった。
彼にとって夢に思うパイロットと現実のギャップが重荷になるのではないか。
その話はアンジェラからされている。
冷たくあしらうもののアンジェラはアンジェラなりにギオを心配していた。
ラッセルと戦わなくてはならないのではないか、そんな現実を突きつけられた彼女だからこそ心配をしているのだろう。
不安は表に出さないあの女はどうにも理解されづらいがトリコは話を聞くだけ聞いていた。
ギオと正面から向き合ってやっとわかる。
影を持たないこの少年には、パイロットは所詮、人殺しであるという現実は見えていない。
挫折。
その二文字は確定的であった。
だからこそ、大げさに祝えない。
「そうだわ、あなたは、昔アンジェラと接触していたらしいじゃない」
難しい、残酷なことを考えるのは止めよう。
トリコは話をはぐらかす。
「ああ、小さくてよく覚えてないけど」
「そのときのことを聞きたいの。アンジェラの過去には何かしら問題があってね。ほら、私、一応あの女の友達だから」
「一応? すごく仲いいじゃん。いいよ。俺が知っていることでよければ」
はぐらかされたことはギオにはわかった。
だが、理由はわからない。
そう珍しいことではないのか、と思い直し診察席に腰を落ち着け、アンジェラに話した内容をトリコにも話す。
自分の両親は”フェニックス・フォーチュン”について研究していたこと。
研究所でアンジェラと出会ったこと。
その研究所は二年前に事故で無くなってしまったこと。
話をしていくとトリコの表情がだんだんと険しくなった。
そして、話し終えると、彼女は今度、ギオにパソコンの画面を見せた。
二年前のバーキー大学炎上事件の記事だった。
”2196年、USA カリフォルニア州 モントレーにあるバークヘンズマン大学(通称バーキー大学)は研究施設からの出火、爆発により
多数の学生、研究員を死亡させ、多くの研究の成果を灰にした。(中略)当時の研究施設の責任者は遺伝子工学の第一人者ソウジ・マクレーンであり、
焼け跡から彼の遺体の一部も発見された。警察本部ではソウジ氏の何らかのミスが出火原因と発表したが彼の崇拝者であるバイオテクノロジーの研究者は
「彼ほどの人間が操作ミスなどありえない」と口をそろえている。真相はマグネシウムの白い炎に包まれたままである。”
「…………」
今度はギオが表情を暗くした。
「これ…………」
「恐らく、ね」
糸がつながる。
ギオにとってはその事故で両親をも失っている。
何故だか、悔しかった。
どうしてあんな事故が起きてしまったのだろう。
そうすれば、アンジェラと自分は離れ離れにはならなかった。両親を失うこともなかった。
「ありがとう、だんだん見えてきたわ。アンジェラはこの大学で”フェニックス・フォーチュン”の研究に関わっていた。
そして、あなたと接触。その何年もあとにこの事故が起こった。
…………でもわかったようで全然わからないわね」
トリコはため息混じりにいって腕を組んだ。
「だとしたら、時間軸が成立しないわ。アンジェラは十何年も同じ姿だっていうことになる。
”フェニックス・フォーチュン”の研究が本当に成功していたのかしら? 不老不死の研究が」
冗談じみたトリコの言葉にギオが過剰に反応した。
「”フェニックス・フォーチュン”なんてありえない!! 死なない人間なんていない!!」
「…………。そうね。落ち着きなさい」
「…………。ごめん」
拳を握りながら深呼吸するギオ。
そうやって両親の事故についていいわけをしているのだろう。
「あと、ラッセルの事ね」
「…………」
「ギオ、あなたはラッセルについて何か知らない?」
「アンジェラを裏切って地球軍に行ったソフトモヒカンだろ」
「あれは寝癖らしかったけど、そんなことはどうだっていいわ。直接あったことはない?」
「あったらぶっ飛ばしてるよ!!」
「そう」
トリコはさらにパソコンを操作してギオに見せた。
バーキー大学の生徒名簿だ。
「ラッセルはバーキー大学の卒業生よ。それから……」
さらに操作を続ける。今度は教員名簿だ。
「アシュレイ・ディップウルフ…………あなたの親御さん?」
「…………」
トリコの問いを聞いていたのか、ギオは言葉を失っていた。やっと口にしたのは震えた声だった。
「か、母さん……!」
確認をとってトリコは淡々と続けた。
「彼女は物理学の方で教鞭をとっていたみたいだけど、生物学にもかなり興味を持っていたみたいね。
バイオテクノロジーについても何冊か本を書いていらっしゃったわ。そして、物理専攻のラッセルは彼女の教え子だった……」
「なんだよ、それ」
「何かしらね。パズルのピースは十分あるはずなのに、どれもかみ合わない……そんな状態かしら」
「アンジェラに、それは言ったの?」
「言ってないわ。どこまでが真実でどこまでが推測なのかもわからない、このとっ散らかった状態をうまく説明できないもの。
最初はね、全部アンジェラに伝えるために調べていたけど、だんだん、それが開けちゃいけない箱をいじってる気がしてきたの。
でも、手を止めようとしても次のヒントが目の前に転がり込んでくるのよね……」
「…………」
糸はそこで途切れた。
よほど新しい事実もなく、トリコは残念と思いつつ安心する。
「結局、アンジェラが誰なのか、”フェニックス・フォーチュン”ってなんなのか、わからないのかな」
ギオがひとりごちた。
「あ」
トリコはその呟きに一番大きなものを見落としていたことに気がつく。
”フェニックス・フォーチュン”……。
柴卓郎。だが、口には出さない。ギオにそれを言ってまた激昂されかねないからだ。
「とにかく今日はお開きにしましょう。まだ正式じゃないだろうけど、昇格おめでとう」
「あ、うんうん」
「…………?」
立ちあがり、突っ立ってるギオ。トリコは眉間にしわを浮かべた。
「他に、ないの? 熱い抱擁とか」
「ない」
アンジェラよりもきつい反応を素で返したトリコ。
さすがのギオも心をえぐられ、しょんぼりとした背中で引き上げていった。
その後もトリコはパソコンに向かう。
どこまでが能動か、どこまでが受動か、それすらもわからなくなってきた。
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