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リコリス
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白波はそれといって喧嘩が強い訳ではない。

旅先や道中に揉め事の感じるや否や敵前逃亡、逃げる一択、むしろBボタン連打でやり過ごしてきた情けないと言えば情けない男だ。

これは魂の根っこに染みついた現代人の性だと開き直った後からはより一層その性質はひどくなった。



元々この時代、特に白波が生まれた時期は、武家生まれの男すら家を継がず鞍替えを考える、「武道」や「武術」と名の付く技が「武芸」と名前を変えていった頃をとうに過ぎた時代だ。

幕府に仕える幕臣には、上段者どころか一定以上の腕を持たない者も多い。

必要ないからだ。時代は知識と才能だった。なにせ病や飢饉はあれど戦など無いのだから。



まあ、そのせいでいきなりの侵略者に対応が遅れて攘夷戦争が長引き、その中で自ら名を挙げる者が町人や農民出身者だというあたりはどうしようもないとしか言えないけれど。



まあ何が言いたいのかというと。



「田舎道場を出た程度の腕前しか持ってない私がこんな立派な道場継いでる人の相手ができるはずないでしょ弱い者いじめカッコ悪い」

「たまに竹刀の代わりに手足も出ますよ」

「喧嘩剣だとひどいなアンタ」

「実践剣ですよ」

「なんにせよ酷い人だよアンタ、私の事これから剣豪の卵達の目の前でボッコボコにする気だろプー太郎の末路だとか言って」



投げ渡された竹刀を構えはするものの、白波の顔はどこぞの銀髪の子供よりやる気が無い上にいやいやだ。

それでも引け腰にはなっていないあたり一応の心得はあるのだろう。

でも、それだけだ。



元々白波は護身術程度の腕以上のものは持っていないし持つ気も無い。

中途半端な腕を持ったところで逆に危ない目にあう事ぐらい知っているからだ。

諍いがあれば逃げることで勝つ。

それは実践用で負けは無いが、試合では役に立たない力だ。なにせ試合は敵前逃亡を許してくれない。



「私の剣は(つーか剣って言えるようなもんはないけど)、一に逃げれそうなら逃げる、二に難しそうなら舌戦に持ち込んで逃げる、三に無理そうならなにがなんでも逃げる、そんなんなんですよもう」

「じゃあ頑張って私の剣筋から逃げてみてくださいね」

「つったってリングからは出れないんでしょ試合終了はいつなのさ」

「じゃあ烏が鳴いたらで」

「じゃあじゃねえですよ!―――って危なッ!」



言ってて心の中で泣きそうになった。

男なら一つぐらい、後ろに庇った誰かを護るための剣が欲しいものである。


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