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リコリス
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いよいよ戦争も激化してきた、もう幕府が他国と隔てた鎖国と言う名の壁も障子一枚程度の強度すらなくなり始めた頃。

それはその紙一枚にまで薄くなった壁とは反比例して、幕府と攘夷志士たちの間に溝が出来上がり始めた頃でもあった。



木枯らしが吹き秋も終わるそんな時、白波と松陽は京都に来ていた。

白波はこのまま江戸へ帰る予定だ。

冬の間はさすがに移動が難しくなるので再会するのも年が明けた後だろう。

寒月を見ながら冷えた体に熱燗を注いでいた二人は、世間話の間に言葉を零し合っていた。



「ところで聞いておりますか?吉原での噂」

「吉原?情けない事に花街の事は疎いです。地下都市になったという話ですか?」

「いいえ子供がいるならそれが良いですよ。噂というのも十三代将軍がとある花魁を囲っているらしいというものですので」

「花魁?徳川定々将軍は、もう何人もの側室を抱えていたのでは?」

「いえ、どうも新しい側室をお望みだという訳ではないようですよ。言うなれば政治の裏側というヤツです」



こんな話が零れたのも、酒が脳みそを溶かしていたのだ。



「なんでも就任なさるより前から囲っておられていたようで、その頃から『地位向上』に役立ててらっしゃったようです」

「・・・・・・ああ、なるほど」

「憐れなのはその囲われ姫ですよ。就任後の吉原が地下になりお庭番衆を解雇してしまった今では、彼のお人も『別の手段』を見つけられたようで、もうお払い箱なのだとか」



十二代目将軍がお倒れになった折に就任なさった十三代将軍がどのように今の地位を確立したのか。

簡単に言うと『地位向上手段=敵派閥要人の暗殺』である。

世間にも暗黙のうちに知られている話だ。

天人襲来に幕府が傾いた時期だからこそ使えた手段かもしれないが、それでも非道な手である。



この国がプライドを捨て天人に下るというのは、確かに一番犠牲の少ない穏便で賢明な判断だ。

そしてそれを実現するには権力が必要で、それこそ国一つを動かす絶大な権力が必要である。

その権力を持つ現将軍が傾いた幕府を立て直すために、前代将軍の意に背いてでもそれを実行したのは英断ともいえよう。



しかしその実現のために流れた血も現時点でだって少なくない。

この先だって、不毛な戦争を止めさせるため、幕府を立ちなおすため、天人との今後のためとはいえ完全な降伏に辿り着くには、障害や弊害は山とある。



将軍になるために手段を選ばずむしろ血に塗れる事を好んで行った風のある彼の人が、この先どんな歴史を作るのか。

少し先の見える人間ならば眉をひそめる未来だ。



地球規模の戦争中であるこの先、外にも内にも『邪魔者(暗殺対象)』と振り分けられる者は多い。

地位を脅かす可能性のある人間は政敵として。

命令に逆らう台頭派は反逆者として。

開国の邪魔だからと戦争の参加者すべてを吊し上げることすらすかやもしれぬ。



「・・・・・・お庭番衆の解雇、あれにも暗い噂はありますね」

「200年近く幕府に仕え歴代将軍を警護し続けた忍び集団の一斉リストラですからね。・・・・・・直前には反発する者達を皆殺しにしたようで」

「幕府の状況は、ひどいものですね」

「ええ。将軍を暗殺しようとした者もいたようです。名前を失った今でも内部分裂が続いているらしい上・・・・・・他の職についている幕臣までも不信を持っている」

「・・・・・・何の咎も無い幕臣を斬ったのです。このままでは攘夷志士となった幕臣まで何らかの、」

「おっと、それ以上はやめておかなくては。どこに耳があるかわかりません」



その先は言わせてはいけない。

白波は「まずいまずい」と酒に酔った頭を叱責した。



「今は好きにものを言える時代ではありませんよ、松陽さん。冷や冷やさせる事を言わないでください」

「ええ。わかっています」

「ホントにわかってんのかな」

「ところで、代わりの手段というのは天人だという話は本当ですか」

「あ、わかってねえやこの人」



まあ、名前ぐらいは良いか。

そう思いながら白波は松陽の耳に口を近づけて小さく囁いた。

将軍の手足たる暗殺集団の呼称。



「―――『奈落』、と呼ばれているようです」


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あきゅろす。
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