リコリス
25
「あの、松陽さん」
「なんでしょう」
「どうしてわたしこんなことになってるネ」
「それは教壇に立っていることですか、それとも教鞭を持っていることですか」
「貴方が欲しいっていうから江戸から持ってきた物理学教材がここにある事とか、壁に以前話した電動モーターやら発電機やらの図解図が貼ってることも含めて全部ですよ。」
夏が過ぎたばかりな時期であるため日は照っているが、まだ朝早い時間。
それでも塾の始業時間には遅れが出ていた。
昔の人は早起きで、それに伴い子供の勉強時間も早い内から行われる。
平安時代なんか朝議が行われていたのは真っ暗闇、終業時間は日が昇る頃だったというのだから驚きだ。
井草の香りが心を落ち着ける勉強部屋、机の前に座る子供たち。
いつもは教壇に立ち教科書を手に持つ松陽は今日は手ぶらで部屋の隅に座っている。
代わりに松陽の定位置に立つのは白波だった。
言っておくが彼も手ぶらで何の心の準備もしていない。
「何考えてんのアンタ私に教師の真似事させる気ですか、これじゃこのサイトの夢主の何割が先生もどきになるんだよって話です」
「メタな話が出来るのは銀魂ならではですね」
「・・・いろいろ突っ込みたいことはあるけど、あのですね松陽先生、私が出来るとお思いで」
彼に船の中で喋ったのは物理一点に絞れる話でもない。
中学生の理科の授業だって様々な予備知識を片手に学ぶものだ。
天人の技術になじみのない子供相手に、教科書も無し資料も無しという状況で、小難しい絡繰りの内蔵や仕組みを噛み砕いて説明し理解させる。
そんな能力は、天才でもない白波は持ちあわせていない。
「一から十まで理解しなくていいんですよ、何割か覚えておけば将来役立つ時がきます」
「あーもー、そんなふうに言ったりしたら私何するかわかりませんよ?おもくそ専門的という名のマニアックな技術ばっかり喋くりますよ?まあ男の子ばっかだしメカメカしいものは興味持ってくれると信じてるけど」
打ち合わせの一つも無いぶっつけ本番の無茶振り三昧の松陽の微笑み。言い換えると否を言わせない笑顔。
溜息を飲み込む事すら諦めた白波は大人しく教団の中央に立つ。
一応大学まで行ってるし寺子屋も通った。
ぶっちゃけ普通よりも長い学生生活していたワケだが、それでも教員免許を取る勉強はしていない。
下級生の授業に教授の手伝いで入った経験はあるものの30年前の記憶だったために当てにはならない。
(た、たしか、勉強会のいろははPDCAだったはず)
「はい皆さん。今日の授業はこちらの白波さんに頼むことにしますのでよく聞いてください。では白波さんお願いしますね」
「えー皆さん、夏の花火大会以来ですが覚えてくださってる方はいらっしゃいますかそこから心配です」
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