リコリス
1:よくある話
――人生ってのは根続きなんだ、種や花じゃないんだよ。
そんな言葉をどこかで聞いたことがある。
誰に聞いたかなんて覚えていないし、もしかしたら人のをパクって自分で作った言葉かもわからない。
まあその意味を考えるのは後にして、今こんな言葉が頭にふっと浮かんだのは『案外馬鹿にはできないなあ』とか思ったからだ。
今の状況を30文字以内で説明すると、『信号無視の車に撥ねられて意識が飛び、気が付いたら赤ん坊になっていた』。
変な話だが聞いてもらえるとありがたい。
ついさっきまで、とは言え、意識が戻るまでどれぐらいの時間が経っていたのかは正確には分からない。
そのあたりの問答は置いておいて、とにかくさっきまで私は21世紀の現代日本で女子学生だったはずなのだ。
大学からの帰り道、コンビニで立ち読みをした後のことだったとはっきり思い出せる。
会社帰りのサラリーマンが急ぐにはまだ明るい時刻、私は青信号の交差点を渡っていた。
そうしていたら何を思ったか交差点の真ん中目掛けて、乗用車が突っ込んできたのだ。
ブレーキが壊れたのかクラクションをけたたましく鳴らし、めちゃくちゃな運転をする乗用車に引っ掛けられて私は文字通り吹っ飛び、運悪く別の車に頭をぶつけた。
運が悪かった。
吹っ飛ぶにしても近くの植え込みに倒れ込めれば良かったのだ。
そうすれば擦り傷で済んだはずだ。
だが私は運悪く道路の隅に駐車していた別の車に衝突して、頭を思いっきり打って意識を飛ばした。
とっさに頭は守ったつもりだったのだが、腕の骨を折った痛みに声も出ず。
ついでに言うと顔をアスファルトに擦ったので顔に傷が出来ていたとも思う。
頭を打ったせいか痛みに耐えきれなかったのか、とにかく意識を無くした私が次に見たのは病院でも自宅でもない、まったく知らない天井。
そして聞こえてきたのは『よく頑張った』だとか『元気な男の子だ』とかなんかおめでたい雰囲気の会話。
でもって、
「はじめまして、わたしのあかちゃん」
そう言って私にあたたかく微笑みかけるきれいな女の人。
その笑顔に体が勝手に喜び、あうあうと嬉しそうな赤ん坊の声が響く。
ここまで聞けば大体のことは理解できた。
さすがに走馬灯にこんなの見るとは思えないし、意識を失っている間に見るという前世とも思えない。
そうだそうなのさ、前世の記憶を持ったまま転生したんだよ。
しかも男で、赤ん坊スタートだ。
赤ん坊は前世の記憶を母親の腹の中に置いてまっさらな状態で世界へ生まれるというが、私はそれをしくじったらいい。
人生は根続き。
多分この言葉の意味は人と人の繋がりによって人間は成長し生きていくとかそういうことなのだろうけれど。
いま私がこの言葉を思い浮かべたのは、文字の通りにこれから私は、前世と根続きになった人生を送ることになることを自覚したからだ。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!