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リコリス
12:二年後の話


二年ほどたった。

その間も、戦争は終わりを迎えることなく激しくなる一方だった。

近くの川を挟んで大きな戦が起こっているので、白波が半年ぶりに村へ戻ったものの危険だと引き止められ旅立とうにも旅立てないでいたとき、彼はやってきた。



「お久しぶりです。近くを通ったのでこのあたりかと思い来てみました」

「・・・・・・、お久しぶりです吉田殿」

「おや、松陽でいいと申し上げましたのに」



白波の実家の玄関で、にこにこと男のくせに儚げな微笑みを浮かべるのは、遠い西の地にいるはずの人物。

吉田松陽。

この村の出身ではないはずだが薄い色の髪をしている彼は、多分ここに来るにもそんなに苦労はしなかったのだろう。

旅人にしては大きな荷物と腰に差した剣が目につくが、さて一体どこへ行った帰りなのだろうか。

頭の中を嫌な予感がよぎった気がするものの、白波はひとまず母に頼み、彼を客間へ案内してもらう。



自ら用意した茶2人分を手に、待ってもらっていた部屋へ向かうと彼はのんびりと外を眺めていた。

一度戦火に見舞われ立て直した家には大きいとは言い難い。

しかし花木も壁も無い庭からは海が見える。この開放的な眺めだけは我が家の自慢であったりもする。



「始めてきましたが良いところですね、ここは。江戸に近いというのに草木も荒れず、人々も穏やかです」

「運良く保護区に加えてもらえましたからね。」

「保護区・・・・・・ああ、あれですか。古くから残る神社や建築物を残そうという名目でそこへの攻撃を禁ずる、様々な星の天人同士で取り決めたという非公式の条約」

「・・・・・・よくご存じで。まさか天人の、それも非公式の条約をご存じだとは思いませんでした」

「教鞭を取っている以上は情報の発信源である江戸でいろいろと勉強しなくてはと、上京した帰りなんですよ。」

「なるほど。それは良いですね」



大戦時、日本には、アメリカが空襲を仕替けるのを避けた場所がいくつかある。

歴史ある文化財や建築物を傷つけないようにという配慮だったり、戦争の遺恨を軽減するためだったりといろいろ説があるが、まあそんな感じの場所がこの世界にもあったらしいと知ったのはずいぶん前だ。



知ったのもあの工場で働いていた天人に再会したときに聞かされた話の中でのこと。

すでに村周辺は海を含めて彼らの保護区に認定されていた。

どうもネコ科の動物っぽい見た目をしている彼らはこの村でとれる海魚をいたく気に入っているらしく、それを理由に保護区にエントリーしてくれたらしい。

それだけが理由ではないだろうに、話を通すのも大変だったろうに、彼らは戦が落ち着いたらまた喰いに来ると笑って去って行った。

うっかりほろりとしてしまったのは内緒だ。

世の中助け合いというのは本当だった。

おかげで捜索隊は村の事を心配せずに旅に出れる。

それにもう彼らとの付き合いも20年なのだかし、そろそろ天人の力を借りることぐらい許容してしまえば良いのだ。



そんなことを話すと、ふんふんと松陽は興味深そうに頷く。



「天人が地球の資源を練り切りみたいに切り分けているんだって言う人間もいる事にはいますが、彼らが皮算用しているのはそれだけでもないもんです。おかげでうちの村はおおむね平和ですし。」

「発想の転換というやつですか」

「開き直ったとも言います。正直に言うといろんなところから怒られますけどね」

「なるほど」



楽しいと感じた。

なんだこのテンポの良い会話。

どうやらお互いに持つそれなりの知識量と価値観が、パズルみたいにうまいこと組み合うらしいと気が付いたのはすぐだった。

そのまま2人、笑いながら聞き手に回り話し手に回り話し込んだ。

そっと母が持ってきてくれた菓子と茶のおかわりが無くなる頃には、気が付けば最近読んだ本の内容から始まりお互いの家族関係の話まで発展していた。

そうなってくるとやはり話の中心は「あの子」になる。



「銀時は道場は向かって来た子を叩きのめすスタンスなんですよね。自分から向っていこうとはしませんね」

「ああ、私もそうでした。簡単に負けるのが嫌だから、ひたすら練習して自信をつけてから挑戦するんです。」

「そうですね。確かにそんな感じです。銀時は私ともたまに打ち合いますが、それでもほんの稀な事です。なにせ私が言っても逃げてしまうので、こっちはお誘いを待つしかないんですよ」

「ははは。・・・・・・まあそれも、道場だからこそできるやり方なんでしょう。あの子も頑張っているってことだ」

「というと?」



「ほら、道場剣術はあくまで試合でしょう。・・・・・・想像するに、あの子は試合なんて上等なもんに触れる機会がまず無かった。剣を振るってことは命の取り合いだって概念が根っこに染みついているんだと思うんですよ。だから、試合を研究してる。」

「研究?」

「試合っていう言葉をね。己の力を高めるためとか実力を試すとか、『人との触れ合い』っていう意味での剣の振り回し方を、あの子は理解しようとしているんじゃないかなって思うんですよ。あなたの話を聞くと。」

「・・・・・・」

「嬉しいなあ。きっとこれからもあの子はどんどん色んな事を学んでいく。どんな子になるんだろう。あなたにお願いしておいて、連れて帰らなかったのに、ちょっとだけ見てみたくもなる。」

「・・・・・・」

「あ、いや、私が勝手に思っただけですよ。あの子の事は誰よりもずっと一緒にいたあなたが知っているんだし、あの子もあなたに一番知っていてほしいはずです。私の話なんか忘れちゃってください」


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あきゅろす。
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