[携帯モード] [URL送信]

リコリス
11


「あーにうーえー、どうゆうことだよこの手紙」

「読んだまんまだ。」

「まだ兄上の口から聞いてないだろ。そもそも何だこの脈絡もない単語の数々、いつもはどっかのお偉い評論家か文学小説家みたいな手紙書く癖に。兄上の名前偽って別のアホが出してきたのかと思ったぞ」

「お前は兄をアホだと思っていたのか」

「いえーす、まいぶらざー」

「どこでメリケン語なんか覚えてきた」



久々の我が家、不在中も母が掃除してくれている小さな自室で一日横になっていようと考えていたのに、弟はそんなつもりはなかったらしい。

弟は来週、祝言を上げる。

江戸の武家の一人娘に入り婿するんだとは聞いていたが、まさかそこで家を継いで幕府の官僚になる予定だとは驚いた。

このご時世、攘夷志士になるほうが何かと周りの声もめでたいのだが一体何の心があったのか、そのうち聞かせてもらう事にしようと思っている。



「勉強中なんだ。幕府でのお勤めにはいろいろと入用なんだと。そのうち天人の言葉も覚えていかなきゃならんらしい」

「そうか。お前は漢字にも明るいからな、重用されるだろう。御家も安泰だ」



弟が淹れた味の薄い茶に口をつけながら、白波はのんびりそう言った。

だが弟はそれが気に入らなかったらしく、じろりと兄を睨む。



「それはどうでもいい。それよりも確信したが、兄上。あんたはアホだ」

「なんだ藪から棒に。そりゃあプータローと呼ばれても仕方がない生活をしている自覚はあるが、真顔で弟に言われるのはきついぞ」

「兄上!話をそらすんじゃねえッ」



怒鳴りながらばっと立ち上がった弟に、白波は静かに言う。



「立つな、茶が零れたらどうする」

「そうやって話をそらすなって言っているんだ!どういう事だ!?いくつも捜索抱えて旅に出て村には帰らねえし、村の連中はアンタがまだ工場連中とつるんで空にまで足を運んでるって言ってんだぞ!」



そういう弟の言葉はほとんど事実だ。

今でも村に放棄されている工場の元の持ち主たちの力も借りながら、宇宙へ売られていた仲間を助けたことがある。

これからだって必要とあれば彼らを頼るし、頭だって下げるつもりだ。



「別にそれを怒ってるんじゃねえ、だが気に入らないのはアンタが俺の知らないところで親にも相談も無しに考えを完結させて一人で動き回って抱え込んでいる事だ!なんだよ勝手に俺の縁談を進めたり、あげく俺の知らない間に、あんな誓いを立てたりして!」

「ああ、あの寺住職みたいなやつか」

「兄上!」

「ん?」

「あんた僧になるつもりなのか!?」

「はい?」



白波はきょとんとする。

誓いというのは旅が終わるまでは村に帰らないとかそういうやつだ。

捜索隊の誓い何カ条。

とはいえ旅の終わりというのも個人的な見解でのものだ。

それが探す人物を見つけるまでなのか、探し終えた人物を村に連れ帰るまでなのか、村にその生死を伝えるまでなのか、はっきりとした取り決めはない。

そもそもあれの根っこは旅の成功を願うものだ。



「誓いを立てるだけで坊さんにならにゃならんとなったら、この村ほとんどが丸坊主だぞ。名簿に自分の名前を書くだけなら、お前もやっただろう。」

「俺が言っているのはその先だ。兄上、あんた自分の宣誓状に『旅が終わるまでは非婚を貫く』なんて書いたそうじゃないか」

「書いたな」

「兄上!!」



弟がこうも怒るのは久々に見ると思う。

成人の儀を終えても落ち着くことのなかったやんちゃは健在だったが、村を憂ううち、親の老後を考えるうちに思慮深い一面が覗き始めていたのだ。

最近では自分の結婚を考え始めて悩むようになったし、弟は他人のために声を荒げる様な無茶は慎むようにもなった。

自分の事に手一杯だったとも言える。

こうして兄に怒鳴り散らすのも、自分が自分の事ばかりだった事に苛立っているのだろうと想像がつく。



「あんたは本気で旅が終わると思っているのかよ!?」

「それを言っちゃお仕舞いだ」

「分かっている!だがあんたはこの旅をいつまで続けるつもりだ?村にいた連中と同じだけの人数が戻ったらか?村に住んでた連中の無事をすべて確認し終えたらか?そんなことをしていたら、あんたは・・・・・・」

「一生嫁さん貰うことなく終わる、か」

「・・・・・・そうだ。」



現実を見ていないわけではない。

だけど。



「私は口八丁でクーデターを止めた。村を捨てる様なマネをするなとな。そしてそのあと、村を捨てて逃げろとこの口で言った。」

「あれは仕方なかっただろ」

「ああ。だが私は二度、村に虚言を吐いた。共に過ごした村人に嘘をついた。なら三度目を作ってはいけない。だから、」

「だからあんな途方もない終わりも未来もないアホな誓いを立ててるってか?自分の幸せ捨てて一生かけて村に尽くすって?馬鹿言ってんじゃねえよ!!」

「・・・・・・」



わかってくれよ、と小さく呟いた。


[*前へ][次へ#]

12/41ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!