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第一章
21「それが今の、名か」


なんとかしてこの腕から逃れられないものかと、力を込め腕を引き剥がそうとしたが、まったくもって微動だにできなかった。
そして唐突に、耳元に声が落ちてくる。恐らくは柊にのみ聞こえる声音で。


「―――、名はなんと申す」
「―――えっ・・・?」


案の定政宗は聞き取れなかったらしく、刀は向けたままだったが耳を済ませるように忍を睨み付けた。
その時一瞬柊と政宗の目が合う。


「・・・・あなたに教える道理はありません」
「――――偽の名、か?」
「――――――っ!」


今まで緊張を保っていた柊の表情が一変し、目が見開かれ驚きを隠しきれない表情に、政宗も緊張を高めた。
ふたりの間で、一体なんのやり取りがあったのかわからなかったが、政宗が確信したことがひとつある。
――あの忍は、柊個人を狙ってやってきたのだということを。
同時に腑に落ちなかったあることにも、納得する兆しを見つける。


「――気になることがあってな。忍が奇襲をかけてきたが、どこにもその忍を指揮する、いわばleaderが見当たらなかった。
どこにいきやがったのかと思ったら・・・・。おめぇがleaderか?」
「俺は、紛れているだけの身」
「An? どういう意味だ?」


返事が返ってきたのが意外だったのか、返答の真意を測りかねたのか、政宗の瞳はぎゅっと細められる。


「多くは言わん。大人しくこの者を引き渡せば早々に手を引こう」
「冗談いってんじゃねぇよ。――さっきも言ったはずだ。そいつはうちの」


「大事なお医者さんってか!!」


背後から慶次の声が聞こえたかと思うと突然、柊は廊下から中庭へと投げ出された。
ようやく忍の束縛から解放され、押さえつけられ息苦しかった喉が咳き込む。
急いで視線を先ほどの廊下に向けると、慶次と政宗が各々の獲物を前に突き立て、交じりあわせていた。


しかしその交差する場所に先ほどの忍の姿は見当たらない。
どうやら避けるために柊は中庭へと放り出されたようだった。
政宗と慶次は避けられることを予期していたのか、すぐに視線を中庭の先へと向ける。
柊もそれに習い振り向くと、中庭を囲う塀の上にその姿を留めていた。


「・・・伊達政宗に、前田慶次・・・」


ぼそりと名を呼んだふたりをゆっくりと眺めた後、このふたりを同時に相手にするのは難しいと判断したのか、
その後忍が三人に近づくことはなかった。


「柊、大丈夫か!?」


中庭に投げ出された柊に向かって政宗が声をかける。
しかし近づこうとしないのは、やはりまだ忍との間の緊張が解けていなかったためだ。
無意識に隙を見せてしまえばすぐにつけ込まれる。
あの忍が隙を見落とすような輩だとは思えなかった。それは先ほど、ほんの少しの間対峙していただけでもわかった。
身構えていないようで、しかし全く隙がなかったのだ。


「は、はい。大丈夫です」


まだ息をすると、少々喉がむせたがそれ以外に放り出された衝撃はなかった。


「・・・・柊。それが今の、名か」
「――――なにを、」
「いってやがる・・・・!?」


忍の言葉に、柊と政宗は同時に言葉を返す。しかしふたりの動揺など知らぬように、忍は構わずに続けた。


「わが名は、風魔小太郎。 近いうちにまた会うことになるだろう。・・・『柊』」
「風魔小太郎だって・・・?」


その名を聞いた慶次が息を飲む。
政宗にも心当たりがあるのか、探るように彼、小太郎を睨み付ける。
だが当の本人は今日の役目は終えたとばかりに、塀の外側へと姿を消した。


「まてっ、あの野郎!!」
「ちょっ政宗、深追いはやめたほうがいい!! 相手は風魔だぞ!!」


消えた小太郎を追いかけようと中庭へと足を踏み出した政宗に、急いで慶次は襟首を掴み止めに入る。


「それより、被害の確認するほうが先じゃないのかい? 忍だって捕らえたんだろ?」


慶次に正論を言われ、政宗も頭に上った血が一瞬で下がったのか、すぐに平常心を取り戻す。


「――っち、そうだな・・。 大丈夫か、柊?」


声をかけられた柊は、すぐには返事を返すことができなかった。
さきほど小太郎から言われた言葉が、頭の中でガンガンと響いていた。
まるで柊の奥底に埋もれた何かを抉り出すように、響く衝撃に、柊の思考が滞る。


返事を返さない柊に、政宗はさらに柊に近づく。
すると包帯が解けかかった右腕が目に留まった。


「おい、柊。その右腕・・・・風魔にやられたのか?」


右腕という言葉に、それまで拡散していた頭の中が一瞬で覚醒した。すぐに今にも露になりそうな右腕の刺青を手で隠す。





そうだ・・・、忍の、風魔小太郎は、捕らえてすぐにこの包帯の下を確認しようとした・・・。
どうして、どうして。
町で会った忍も、僅かに露になったこの刺青を見ていた。
それに、風魔のあの言葉。


「――――偽の名、か?」
「・・・・柊。それが今の、名か」


まるで、私にもうひとつの名があるような言い方。


ずっと、ずっと心の片隅で疑問に感じていたこと。ずっと、わからなかったこと。
私のことなのに、私の知らないどこかで、何かが動き出している。
私の何かが、奥州そして米沢城の人たちに迷惑をかけてしまった―――。





「おい、柊!」


ガタガタと震える柊の両肩を、政宗が掴む。
政宗の声に引っ張られるように、今まで渦巻いていた柊の思考はぷっつりと切れた。


「―――あ・・・。はい」
「・・・・なにか、されたのか。あいつに」


政宗の瞳が柊の右腕を映す。柊はそれを拒むように、右腕をきつく抑える。
政宗が何かを聞こうとしたその時、騒々しい足音と共に成実がやってきた。


「梵、忍の方はなんとか落ち着いた! 何人か取り逃がしちゃったけど・・。
―――って、柊ちゃんどうかしたの!?」


中庭に蹲る柊に成実は驚いて声をかける。
しかし成実が来て一番に反応したのは柊だった。


「いえ、大丈夫です。それより成実さん、怪我人の方のところへ案内してください!」
「へ!? あ、うん・・・」


戸惑いながら政宗を一瞥すると、彼も同様に戸惑いの色を瞳に映していた。
慶次も特に何も言わずに成り行きを見守った。


結局、奇襲による怪我人は、忍との戦闘で傷を負った者が数名程度で、幸いにも死者はでなかった。
柊は傷の手当を明け方まで行い、その間政宗も事後処理に終われていた。
捕らえた忍は少し目を離した隙に自害しており、結局なにも聞き出すことはできなかった。
辛うじて分かったことと言えば、柊のみを狙っていた風魔小太郎の存在だけだった。


危惧していた奇襲騒ぎは、幸いにも小規模の被害で済んだが、その代わりに大きな陰りを柊、そして伊達軍に落としていったのだった。












小太郎の口調わからないいいいいいっ!!
喋らせなくていいかと余裕こいていましたが、結局喋らせなきゃどうにも話が進まないので
完全に想像で喋らせました。
アクション系の描写書くの苦手です・・・・。分かりにくくてすみませんorz
読んでいただきありがとうございました!

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