抑え込む心の箍

ぺたぺたと足音がする。この廊下には誰もいない。


赤いじゅうたんが敷いてある廊下。壁にはたぶん有名な絵画がかけられている。窓からは日が差し込んでいて、窓の影を床に映し出していた。


ぺたぺたぺた。裸足で歩いているから、そんな足音がする。


誰もいない廊下。一つ下の階では、話声がたくさん聞こえているけど、行くことはできない。この階にいろと言われたから。今日は、皆忙しいらしい。


だから、私はさっきからぐるぐると回っている。この階を。今日はなんだか部屋でじっとしている気分ではなかった。でも、この階からでることは許されない。だから、歩き回っている。


リボーン、元気なのかな。


3周したころ。私はひとつの部屋の前で足をとめた。その扉を見上げる。大きな扉。イタリアの、しかも大人用に作られた扉。現在5歳児(しかもきっと小柄なほう)の私にはかなりでかい。
それはもう、立ちはだかる壁みたいに。


ドアノブに手を伸ばす。すこし離れた位置からではドアノブにあと少しのところで手が届かない。足を一歩踏み出す。近づいた距離。指先がドアノブに触れた。冷たさが指先から伝わってくる。
少し背伸びをして、ドアノブを握る。


あとは、これをひねるだけだ。ひねれば、この扉はあく。開けても、いいの?


ここは、リボーンの部屋だ。ずっと、姿を見せないリボーン。いくら任務だといっても、無理がある。同じように任務をしている隼人たちとは普通に会えるのに、リボーンとだけは会えない。


私は、鈍感ではないほうだと自負している。鈍感でも、これだけ会うことがなければ気づくだろう。避けられているんだ、って。
どうして、避ける?私が何かした?


きっと、気づかないうちに何かしてしまったんだ。


ドアノブから手を離す。開けることのできなかった扉は、私をそこにとどまらせることを許さないとでも言うように、無言の圧力をかけてくる。
私は、逃げるようにその扉の前から歩き出す。


ぺたぺたぺた。


誰もいない廊下。下からは喧騒がかすかに聞こえてくる。下に行く気はない。
これ以上迷惑になっちゃいけない。


ああ、それでも、下に行けば彼の姿が見えるだろうか?下に行けば、後姿だけでも見えるだろうか?


いつの間にか一周してきていた。そして、目の前にはまたあの扉。リボーンの部屋。


ここに、また戻って来てしまっていた。


私は、再び手を伸ばす。伸ばした手は、今度はしっかりとドアノブにたどり着いた。そのままノブを回してドアを開く。


中を見回してみれば、いたってシンプルな部屋で必要最低限の物しか置いてないようだった。でも、ここは珈琲の匂いがする。リボーンの匂いだ。


とても、安心する匂い。


私は中へと入る。誰もいない部屋はシンとしていて、すべての家具が息をひそめているかのようだ。


私は部屋の真ん中で座った。ここにいたらリボーンは帰ってくるかな?それとも、今日も任務で帰ってこないのかな?
私が何かしたのなら、ちゃんと謝らなきゃいけない。


ああ、そういえばママは元気にしているのかな?私がいなくなって、新しい男の人と一緒に暮らしてるのかな?ちゃんと食べてる?
私がいなくなったら、幸せになった?


ああ、もしかしたらリボーンも私がいなくなった方が幸せなんだろうか?だから、私の前に姿を現さなくなったんだろうか?


もしそうだとしたら、私はどうすればいいだろう?ここを出ていかなきゃいけない?


私は疫病神なんだ…。


「お、どうしたんだ?坊主の部屋で」


突然声をかけられて、我に返った。あたりを見回せば、そこはリボーンの部屋で、振り返れば、廊下にたけにいが立っていた。


「…何が、あったんだ?」


突然真剣な顔をするたけにいに、私は首をかしげる。たけにいはリボーンの部屋に入ってくると、私の前に膝をついた。合わさる視線。


いつもみたいににこにこ笑っている顔じゃ無くて、真剣そのもの。


首をかしげる私が、本当にわかっていないと気づいたのか、たけにいは苦笑した。


「泣いてるぜ?」


そこで、初めて気づいた。私の頬を伝う涙に。


「何か、あったか?」


私は首を横に振る。手で涙をぬぐう。そこには確かに、雫がついていた。
まだ、たけにいの視線を感じて、私はさらに首を横に振る。


「………小僧、か?」


自分の意思に反して肩が跳ねた。


「…会いたいか?」


うなずく。


「会いに行くか?」


今度は首を横に振った。会いたい。でも、会いにはいけない。会えない。


「紫杏…」


[だいじょうぶ。ありがとう]


「紫杏、あのな?小僧は、」


私は、たけにいの口に手をやる。たけにいは、口をつぐんだ。私は首を横に振る。


そして、できるかぎり笑顔になるように顔をつくってみせた。


目を見開いたたけにいに私は、手を振ってリボーンの部屋を出た。


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