私は、久しぶりにお母さんと手をつないで、病院内を歩いている。少し先を歩くお母さんの背中は大きくて、とても安心できた。 久しぶりの感覚は、私の思考を鈍らせる。ほわほわとした気分が広がり、全てがどうでもよくなっていく。だって、周りにいるこわもての、絶対に表社会の人間には見えないおじさんたちもそこまで怖くなくなったもん。 「はい、とうちゃーく」 エレベーターから降りれば、そこはさっきまでいた場所で、個室へと入ればクロームさんが窓辺にお花をいけていた。 「あ、おかえり」 「ただいま。お花ありがとう」 「ううん。…よかった」 はにかんだクロームさん。お母さんは、ベッドの上へと戻り、私はクロームさんと一緒にパイプいすの上に座った。 「紫杏ちゃんは、最近何してたの?」 最近、何してたっけ?? [みんなとおはなしした] 「お話?」 [べっどからぬけちゃだめだから、おはなし] 「紫杏、最近まで医療施設で安静にしてろって言われてたから」 クロームさんの説明にうなずいて見せれば、そっか、と言ってお母さんは微笑んだ。 「他は?」 [ちくささんに、かばんもらった] スケッチブックを入れていた肩かけ鞄を差し出す。少し古びている鞄は、私には少しだけ大きい。 「千種君に?」 「今日、あたしが骸様の部屋につれていったの…」 「千種君にちゃんとお礼いった?」 コクンとうなずく。ちゃんといったよ。千種さんがね、意外と優しいんだよ。というか、ケーキ美味しかったです。 「そう。他は?」 [ひばりさんのところでおとまりした] 「雲雀さんの?雲雀さんと一緒に寝たの?」 コクンとうなずけば、曖昧な笑みを浮かべられる。そして、クロームさんは、雲の人と…と呟いていた。雲の人って、雲雀さんだよね? 「どうして、雲雀さんと寝ることになったの?」 どうしてって…、私があまり寝てなくて、雲雀さんがたまたま通りかかって…。 [つれてかれて、くすりもられた] うん。この説明であってると思う。自分で書いた言葉に納得していれば、お母さんはピシッと固まって、クロームさんもぽかんとしている。その様子に首を傾げれば、先に元に戻ったのはクロームさんだった。 「薬って?」 [ねむくなるくすり] 「雲の人に、何もされてない…?」 コクンとうなずけば、少し安堵の表情が混ざった。お母さんはまだ固まったままで、私たちの会話をきいていた。 そんなに変なこと書いたっけ? 「ほ、本当に寝ただけよね!?」 ハッとなったお母さんは元に戻り、私の両肩をガシッと掴んでくる。そして揺さぶられながら聞いてくるんだけど…。 おえっ、き、気持ち悪…。というか、苦しい…っ。 「麻依、紫杏が死んじゃう」 冷静に告げられたクロームさんの言葉に、お母さんは揺さぶる手を止めてくれた。というか、クロームさん、もうすこし慌ててもよくない?? 「ご、ごめんね。でも、私雲雀さんがロリコンだとは知らなかった…」 ロリっ!? いやいや、雲雀さんは唯一私の実年齢を知ってる人だよ?というか、そういう対象で見てないし、こんな話しを雲雀さんに聞かれたら、絶対に噛み殺されると思うんだけどっ!! でも、いつのまにか、雲雀さんはロリコン説から話しは変わり、というかクロームさんが変え、赤ちゃんのことになっていた。だから、私はちゃんと説明することもないまま、雲雀さんロリコン説は闇へと流されていった。 雲雀さん、私のためにやってくれたのにごめんなさい。 心の中で謝りつつ、本人には絶対に言うまいと心に誓うのだった。 だって、あのトンファーいたそうだし。 「名前、決めたの?」 「まだなのよ。でも、綱吉に似てると思うのよね」 「ボスに…?」 「女の子でも男の子でも、きっとこの子は綱吉似よ」 嬉しそうにほほ笑むお母さんは、自分の右手をお腹に添えた。まだ膨らんでいないお腹の中に違う命が宿っているんだと思えば不思議で仕方なかった。 「それに、生まれてきた子はきっとシスコンになるわね!」 突然の発言に、目をパチクリとさせる。し、シスコンですか? 「紫杏ちゃんはしっかりしてるから、きっといいお姉ちゃんになると思うの。絶対にシスコン決定よ!」 そんな、誇らしげに胸を張られても…。というか、生まれてくる子がシスコンでいいの?私的には…、嬉しいけど…。 そんなことを、しばらく話していれば、大分時間がたっていて、私たちは帰ることになった。 「今日は、ありがとう。楽しかったわ」 「早く、退院して…」 「うん。ありがとう!紫杏ちゃん、今日は来てくれてありがとうね」 コクン、とうなずいて見せれば、頭を撫でられた。 「そういえば、リボーン君と仲直りした?」 てんてんてん、と固まる私。いきなりでたリボーンの名前に思考回路が一気にショートしたようだった。だって、考えないようにしてたんだもん…。会えないし。絶対に避けられてるし。 「紫杏ちゃんから、近づいていってあげて?きっと、待ってるから」 [まってるの?] 「ええ。心の奥でね」 心の奥で…。 わかった、というようにうなずいて見せればいい子ね、と言って頭を撫でてくれた。 「じゃあ、次は屋敷で、かな?」 うなずいて、手を振る。それから、クロームさんと一緒に病室を出た。 エレベーターで降りていけば下の階にはもう、面会時間も終わりに近いのか帰ろうとしている人がたくさんいた。その人ごみにまぎれて私たちは病院を出た。 *** ざわざわとする病院内。最近嗅ぎ慣れた薬品のにおい。その中を、エレベーターに向かって歩いていく。 明らかに同業者がいるなか、そのほとんどが同盟を組んでいるファミリーのようだと、視線を走らせながら確認する。それはもう職業病に近かった。 今日も早々に仕事を終わらせてこっちに来た。仕事が終わらずに来れば、麻依に追い出されちゃうし。 そんなことを考えていれば、視界の隅に最近見ることのなかった小さな影が映った気がして、顔をそちらに向ける。 そこには、あの某南国果実を彷彿とさせる髪型の女性がいた。そして、彼女の手には小さな手がしっかりと握られている。 あっちは、俺に気づいていないのか、気づいていて話しかけなかったのかはわからないけど、きっとクロームは後者だろう。彼女が気づかないわけがないんだから。 それにしても、お見舞いに来てたのか…。 エレベーターへと足を向ける。エレベーターの中には誰もいなかった。ふーっ、と息を吐き出して天井を見上げる。狭い四角い箱の中にいれば、息が詰まるような思いだった。 静かに止まったエレベーターは、ゆっくりと扉をあける。そうすれば、誰もいない廊下と、専用にしつらえた一つの部屋。その扉をノックせずに開ければ、愛しい人の笑顔がこちらを向いた。 「綱吉!」 「麻依。…お客さんでも来てたのか?」 「そうなの。クロームが紫杏ちゃんを連れてきてくれたのよ」 「…そう」 出されたままになっているパイプいすの一つに腰掛ける。そして、日課となりつつある、麻依のお腹に手を当てる。そうすれば、お腹の中にいる命が脈打つのが聞こえてくるような気がした。 「フフッ、まだ早いわよ」 「うん。でも、落ちつくんだ」 「こんなところに、大きな赤ちゃんがいたわね」 くすくすと笑う麻依につられて、俺も笑う。この時間が何よりも大切だと思った。 |