ひとつだけの傘の下(御幸)


占いなんてもう信じてやんない。

どしゃ降りの雨を前に、泣きそうになりながら朝の番組でやる星座占いを恨んだ。

持ってきた傘は盗まれてるし、遅刻して朝っぱらから怒鳴られたし、珍しくやった宿題も家に忘れてたし、階段でコケて怪我したし、失敗したし。
なにが今日の運勢1位だ。なにが“忘れられない幸せな1日になるでしょう”だ。最悪の1日じゃないか。
決めた。もうあの占い一生観てやんないから!

そう占いに八つ当たりしたところで、雨が止むはずもなく。
さてどうやって帰るべきか。


(……走って帰るしかないよなぁ)

選択肢はこれしかない。
けれど、なかなか覚悟ができないでいる。

―ビショビショなったら服が透けるかも。
いやでも誰も見ないだろ。
や、でもなぁ……



「おじょーさん」


しばらく立ち止まって悩んでると、後ろから聞き覚えのある声。


「よかったらご一緒しませんか?」


透明な傘を見せびらかすように持った、御幸だ。




「……はは、キザ」

「はっはっ、キュンとしたー?」

「全然。でもありがとう。自分は濡れてでも私に傘を貸してくれるなんて」

「いやいやいや、そんなこと一言も言ってませんけど?」

「あれ、違うの?」

「俺だって濡れるのやだし」

「よっ!水も滴るいい男!」

「いやそんなおだてに乗んねーから」

何、自分だけ傘独占しようとしてんの?
って、御幸が笑いながら傘をさす。

だって、そんなコンビニで買ったような小さい傘に、2人も入れるスペースがあるか?結果的に2人とも濡れるんじゃないか?
そう言ったら、
くっつけば大丈夫、って。

それが嫌だから言ってるんだけど。
そんなとこ、御幸のファンにでも見られたら抹殺されるわ。

この恐ろしい事態を想像できてないであろう御幸は、「ほら、行くぞ」と私の肩を引き寄せて傘の中に入れた。


「ちょっ、近くない!?」

「こうでもしないと濡れるし」

「……や、でも」

「言っとくけど、これ俺の傘だから、主導権は俺な」


御幸のニッと笑う顔が、いつもの倍近くにあって、心臓がバクバクする。

どうしよう。これじゃまともに顔も合わせられない。
文句も言えない。
ずるい。


傘にぶつかる雨の音だけが響く。

会話がないことに違和感。
こんなときに限って御幸が喋らなくなる。
どんな顔をしてるのか確認したいけど、緊張して見れない。

永遠と続くアスファルトなんて、もう見飽きてるのに。


黒い車が私達を横切る拍子に、小さく水が飛び散る。

そういえば、自然と御幸が車道側を歩いてくれていた。
さりげなく位置を交代したのはこのためだったのか。
さすがモテる男は違うな、と思った。
さぞ、いろんな女の子といろんな経験を積んできたんだろうな、と思った。
きっと、この状況だって。私はドキドキしてるけど、御幸にとったら大したことないんだろうな。

そう考えたら、なんだか悔しい。
私ばっかり。

だったら、会話のリードくらいしてくれたらいいじゃん。
御幸のバカ。


「――御幸」
「…んー?」
「なんか喋ってよ」
「んー…」
「ねぇ」
「……」

御幸の返事が返ってこない。



「……御幸?」


「…………なんかさぁ」

「うん?」


「けっこー、照れんね」

「は?」


ビックリして思わず顔を見上げた。


そしたら、御幸が、今まで見たことない表情をしてたから。動揺してしまう。



「―俺ってさ、こーゆうの、意外とダメダメだからさぁ(笑)」

「、」

「…やっぱ緊張するわ。好きな子がこんなに近くにいたら」

「…!」


“好きな子”

この言葉に、またひとつドキドキが大きくなる。


「…やったの、自分じゃん」

「そうだよなー。でもいざやってみたら思った以上にダメだった」

「…」

「かっこわりぃーだろ?(笑)」

「…御幸らしいよ」

「ははっ、けなしてんの?」

「誉めてるの」


知らなかった。
御幸がこんなんだって。

初めて知った。
御幸も、私と一緒だったんだって。

なんか、嬉しい。


「…御幸」
「ん?」
「私も御幸が好きだよ」
「、」
「―あ、雨上がった」

ほんとは雨なんてとっくに止んでたけど、今更言うのは、恥ずかしさを誤魔化したかったから。

それなのに、また掘り返す御幸はほんとに立ちが悪い。


「ね、今なんて言った?」
「…だから、雨上がったって」
「その前」
「…もう言わない」
「ねぇ、俺がなんて?」
「わざとらし!絶対聞こえてたじゃん」
「ねぇ」「しつこい!!」


ニヤニヤとイタズラに笑う、コイツが好きなんだからどうしようもない。


「御幸ってなんなの?照れ屋なのドSなのなんなの?」
「お、虹だ」
「無視か」
「ほら、見てみ。綺麗だから」
「―、ほんとだ。綺麗」
「……恥ずかしいこと言っていい?」
「なに?」
「お前の方が綺麗だよ」
「はい、キザーい!」
「はっはっはっ(笑)」
「照れるとか言う割りにはガツガツくるじゃん」
「言葉攻めなら得意!」
「…御幸の照れの基準が分かんない」
「ありがとう」
「誉めてない」




すっかり光を取り戻した空に架かる、鮮やかな虹。
その下で手を繋いで歩く二人。


今日の占いは、専ら嘘ではなかったようだ。




ひとつだけの傘の下



*御幸をヘタレにしようとやったらなんとも残念な御幸になりましたごめんなさい。意味不明でごめんなさい。

title:ひよこ屋


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