気付けばもう君に夢中(降谷)


となりの席の降谷くん。

同じクラスになって半年経ったが、未だに生態は謎だ。







月曜日。
降谷くんは今日も寝ている。
授業中だろうと寝ている。
廊下に立たされても寝ている。
ひたすら寝ている。

たまに死んでるんじゃないかと思うくらい、寝ている。


起きている時間といえば、学食のときだけ。
その献立がかに玉だったりしたら、降谷くんはどこかホクホクとする。いつだって無表情な彼の、実は分かりやすい感情がなんだか可愛いと感じたのは、つい最近の話。


火曜日。

「かに玉、好きなの?」

今日の献立はかに玉で。
いつものように美味しそうに食べる降谷くんにそう聞いたら、コクリと頷いたので
私の分のかに玉をあげた。

「ありがとう」と言った降谷くんは、やっぱり顔には表さないが、幸せそうにかに玉を食べた。私もなんだかホクホクとした気持ちになった。
あぁ、あげてよかったな。


水曜日。
チア部の3年生が降谷くんを見に来ていた。
黄色い声をあげ熱い視線を送っていたが、降谷くんはやっぱり寝ていた。

明日はテスト返却の日だが、大丈夫なのだろうか。


木曜日。

大丈夫じゃなかったらしい。同級生の小湊くんに『現実見なきゃダメだよ』と怒られてて
思わずクスッと笑ってしまった。

すると、
小湊くんに見捨てられた降谷くんは、何故か、隣にいた私をジーッと見てきた。
え?なに?その目。勉強教えてくれってこと?助けろってこと?


金曜日。

降谷くんに勉強を教えてあげることになった。

かれこれ1時間は【問7】の問題をやっているが、降谷くんは一向に理解しない。

よーく分かった。
あの優しい小湊くんが見捨てるだけあって、相当なバカだということが。

それだけじゃない。
彼は、嫌気がさすと狸寝入りをしやがる。
これが腹が立ってしかたがないんだ。


「降谷くん……それが教えてもらう人の態度ですか?」

「………」

「寝たフリをするな」


今日は長く降谷くんといたせいか、なんだかとっても疲れた。

でも、お礼と称して別に好きでもない酢昆布をくれたのは、可笑しくて何故かちょっと可愛かったから、まぁ、許してやろう。



土曜日。

練習試合があると聞いて、こっそり見に来てしまった。


(降谷くん、ちゃんと起きてるかな?)

なんて心配は、全くいらなかったようだ。


マウンドに立つ降谷くんは、昨日の降谷くんとはまるで別人で。

いつもの眠たそうな目には気迫があって、力強さがあって、
そのプレー、一つ一つが

すごく、かっこよくて。


ドキドキとなる胸に、その姿を熱く刻ませた。



日曜日。

スーパーへ買い物に行ったら、偶然、降谷くんとばったり会った。

いや。正確に言えば、降谷くんを見かけた、が正しいだろう。

その状況というのが、ほんと呆れた。
お金が足りなかったらしく、レジを止まらす原因になっていたのだ。

店員さんはイライラ。
後ろに並んでる人もイライラ。

それに気付かない降谷くんは、財布を開いたまま無言。

や、お金足りないんだったら商品減らしなよ。
マガジン2冊とか絶対いらないでしょ。
そもそも計算して買い物しないからそうなるんだよ。まったく。


「―すいません、いくら足りませんか?」

見ていられなくなって、足りない分の代金を出してやる。

降谷くんは、私を見て『あ、』という顔をしたが、とりあえず早く会計を済ましてこの後ろからくる痛い視線から逃れたかったので、お釣りをもらってから袋と降谷くんの手を引いて外へ出た。


私は袋を渡してから「これからはちゃんと計算しながら買い物するんだよ?」と母親のように注意した。

降谷くんはコクリと頷き「ありがとう」と言った。
ほんとに分かったのか?この子は。


ちなみにマガジン2冊購入の理由を聞くと、とある先輩が、好きなグラビアが巻頭を飾った記念に読む用と保存版を買ってこい、と命令したらしい。
なんだその先輩。引くわぁ。

要は先輩のパシりで買い物にきたらしいが、だとしても、ね。

500円以上も予算オーバーするなんて……いや、それよりも、48円しか持ってないのに何も考えずにレジに並ぶ精神が凄いと思うんだが。


ほんとに、マウンドで見たかっこいい降谷くんと、ここにいるほわほわした奴は同一人物なのか?

隣に並んで歩く降谷くんを見た。

てっきり、いつもの眠たそうな顔をしてると思ったのに、

夕陽に照らされた降谷くんは、オレンジ色に包まれて、整った顔をさらに引き立たせてた。


ドキッとしてしまって、なんか悔しい。

そこは眠たそうな顔をしててよ。むかつくなぁ。


しばらく沈黙が続くと、珍しく、降谷くんから口を開いた。


「―ヒーロー、だね」

と。

「………は?」

いきなり何の話だ。


「ヒーローって、誰が?」

そう聞くと、降谷くんは私に向かって指をさす。

え?私?なんで?

「―困った時はいつも助けてくれるし、……かに玉くれるし」

って。そんな理由かい。
かに玉くれること、重要か?

降谷くんのヒーローの基準てなんだ。

まぁでも、悪くないかな。ヒーローってのも。


じゃあさ、私がヒーローということは、助けてもらう降谷くんはヒロインてこと?

そう聞いたら、降谷くんはまたコクリと頷いた。


私がヒーローで降谷くんがヒロインなんて、あべこべじゃない?

可笑しくなって笑ったら、降谷くんも、少しだけ、笑ってくれた。


やっぱり降谷くんはまだまだ謎だ。だから、もっと知りたい。君のことを。


2人の並んだ黒い影が伸びる。


あぁ、今日も1日が終わるな。




気付けばもう君に夢中


(明日は、どんな君が見れるんだろうか)



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あきゅろす。
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