誓約の翼
彼の事情
「ちょっと君、いいかな?」
「貴方様は……! 失礼致しました。ファース司教ですね。マラキ大司教よりお聞きしております」
ハロルドに呼び止められた男性の聖職者は、慌てて最敬礼を送る。年の頃はハロルドやヴィオラより僅かに上か。金糸の刺繍が施された簡素な聖衣を身につけ、首から銀の十字架を下げている。
村長宅へ案内して欲しいと告げると、彼は頷いて歩き出す。その間にも村人たちの姿は見えず、子供たちでさえ姿を見せない。幾つもの視線は感じるため、家の中からこちらを窺っているのだろう。
ノルンたち悪魔祓いは、白ではなく黒を纏う。物珍しさからか。村人たちは悪魔祓いを目にする機会はきっと少ない。注意して力を探ってみるが、悪魔の力は感じず、少なくてもこの中には悪魔はいないよう。
「村全体が沈んでいる感じですね」
「ええ。悪魔については未だ伏せられていますが、原因不明の病ですから」
シグフェルズが呟けば、聖職者が答えてくれる。まだ可能性にすぎない段階で村人たちに話すことは出来ない。むしろ余計な不安を与える可能性が高いからだ。村長宅に向かう最中、ハロルドは彼に色々と話を聞いていた。村人の病状や病について、だろう。
普段は調子が良くて、あまり凄そうには見えないが、彼は優秀な悪魔祓いであり異端審問官でもある。魔術の中でも生まれ持った才が必要な治癒魔術も操ることが出来るのだ。ヴィオラは聖職者に尋ねる訳でもなく、村の景色を眺めていた。
「ヴィオラ司教、大丈夫だと思う?」
「さあ? ヴィオラにはヴィオラの事情があるんでしょう。『大人』なんだから大丈夫よ」
黙って景色を眺める彼を心配に思ったのだろう。シグフェルズが小声で話しかけて来る。ノルンとて適当に言っているつもりはない。
だが、彼には彼の事情がある。悪魔より人間の方が恐ろしいと口にした時から感じていた。この村が彼に何かを思い出させるのだろうか。自分たちはそれほど親しくはないし、ヴィオラの心に土足で踏み入る真似は出来ない。ノルンとシグフェルズに出来るのは、何も言わずにいることだけ。
とその時、前を歩いていた聖職者の足が止まった。
「ここが村長殿のお宅です。それでは私はこれで。皆さんの様子を見て来ます」
「ありがとう。また後で」
村長の家と言っても、他の家と殆ど変わらない。木造のあたたかさを感じる家だ。一礼をして、聖職者は去っていく。ノックをしようとしたハロルドだが、その前に扉が開けられた。
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