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約の翼
大事な役割
 木造の家から出て来たのは、会おうとしていた村長自身だった。白髪混じりの黒髪の男性で、年の頃は五十代ほどか。対応に追われたせいか、その顔には疲れが滲んでいる。
 ノルンたちを目にした彼は驚き、平伏する勢いだった。ハロルドが事情を説明したが、大体はあの聖職者の青年より聞いていたらしい。悪魔、の一言が出てもそれほど取り乱すことはなかった。ノルン達が滞在する間は、この村にある小さな教戒で寝泊まりすることになる。発症した村人たちも教戒に隔離されているらしい。
 村長の案内で一行は教戒へ向かう。流行病が悪魔の仕業である可能性があるが、村全体に悪魔を退ける結界を張ることはしないとハロルドは言う。悪戯に悪魔を刺激してはまずいと。代わりに彼が張ったのは、索敵の効果を持った結界。

「こちらです」

「案内はここまでで結構。感謝致します。後は私達にお任せ下さい」

「はい。どうかよろしくお願いします」

 にこり、と完璧に外用の笑顔を作るハロルドに、村長は嬉しさのあまり泣き出しそうだ。何せ、彼は稀代の悪魔祓いにして異端審問官、そして聖人でもあるハロルド・ファース。外面はめっぽういいのだろう。これにはノルンも呆気に取られ、そして感心するしかない。ヴィオラは呆れたような顔をしており、シグフェルズは微笑んでいる。胡散臭いとしか言い様がない。
 村長が去った後、思わず半眼でハロルドを見つめた。

「……何、今の?」

「何って派遣された悪魔祓いとしての責務を果たしただけだけど? 彼らを安心させるのも大事な仕事の一つだからね」

 悪魔を祓うことが自分たちの役目だが、それだけではない。不安を取り除くことも重要だ。
 普段からもっとそうしていれば、ノルンも心から敬うことが出来るだろう。決して尊敬していない訳ではないのだが、複雑なのだ。
 少し緊張しているのは自覚している。冗談めかした会話で少しでも平静になりたかった。今回、掛かっているのは多くの村人の命だ。ハロルドやヴィオラもいる。心配はないと思うのに、心のどこかで不安を感じる自分がいた。

「おい、さっさと行くんだろ?」

「あ、はい。待って下さい、ヴィオラ司教!」

 さっさと歩き出すヴィオラと彼を追いかけるシグフェルズ。ハロルドは何も言わずに微笑んで、ノルンの頭に手を置いた。まるで全部分かっている、と言うように。



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