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約の翼
人の本質
 もっとも恐ろしいのは悪魔ではなく、人間かもしれない。ノルンは少しだけ、ヴィオラの言い分が分かる気がした。悪魔はある意味、己の欲望に忠実だ。反旗を翻すことはあっても、絶対的な力を持つ者に従う。しかし、人は己に関係のないことなら、どこまでも残酷になれる。ある意味では悪魔よりずっと恐ろしい。
 しかし、シグフェルズの言葉にも一理ある。一番恐ろしいのは人間かもしれないが、誰かを慈しみ、愛することが出来るのも人間だ。結局、人の本質とは何なのだろう。善なのか悪なのか。いや、そのどちらかではなく、どちらもなのだろう。

「そこまで人間を信じられるなら、ある意味幸せだろうよ」

「ヴィオラ司教、貴方は人が嫌いなのですか?」

「腐った人間の相手をするくらいなら、悪魔の方がましだろ?」

 シグフェルズが問えば、彼は喉を鳴らして笑った。答えのようでいて、質問の答えではない。もしかすれば、ヴィオラは人間が嫌いなのだろうか。悪魔は人間よりずっと単純なのかもしれない。彼の言葉の端々には、隠しきれない嫌悪があった。それはきっと人に対するものなのだろう。
 人好きのする笑みを浮かべ、社交的とも言える彼の本心。

「どっちもどっちじゃない? 悪魔も人間も疲れるしね」

「私はハロルドと話していると疲れるわね」

 冗談半分、本音半分で言えば、ハロルドもシグフェルズも、そしてヴィオラでさえ声を上げて笑った。彼の笑顔から闇を感じることはない。けれど、宝石のような瞳には僅かだが影が垣間見えた。ただ詮索するつもりはない。
 先ほどまで振っていた雨はやっと小降りになり、傘ももう必要ないだろう。村の入り口まで来たところでノルンは傘を畳み、空を見上げる。空を覆っていた分厚い雲はやや薄くなっていた。

「雨、止みそうで良かったね」

「ええ、雨だと憂鬱になりそう」

 歩きながら村を見回す。まずは村長に挨拶をし、村の状況を聞かなければならない。村人の病状の確認も必要だ。悪魔の仕業であるからどうか、見極めなければならない。
 だが、誰かに聞こうにも、人っ子一人見当たらなかった。これはどうしたものか。ハロルドに尋ねようとしたその時、視界の端を白い何かが掠めた。白は鈍色に染まる村の中にあってとても目立つ。その正体は聖職者の聖衣だろう。マラキの話では、アルゼンタムには魔法医療師が派遣されていたはず。




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あきゅろす。
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