誓約の翼
意外な訪問者
自室へと戻ったシグフェルズは一息ついた後、シャワーを浴び、着替えてベッドに寝転がった。同室のロヴァルは早くも休んでいるのか、壁一枚を隔てた向こうからはいびきが聞こえてくる。
「今日は少し……疲れたかな」
シャワーを浴びた体は冷たくて、倦怠感しか感じない。だが背中の咎の烙印だけが熱を持っている。まるで燃えているかのようだ。
シグフェルズは手を伸ばすと、兄の持ち物だった十字架を手に取った。
冷たいとは感じなかった。己の手も同じくらい寒かったから。
彼女はそばにいてくれると言ってくれたが、出来るならノルンには最後まで隠して起きたかった。こんな重荷を背負うのはシグフェルズだけでいい。
だが自分のためにノルンが怒こってくれた。それが嬉しかったのだ。
自分はノルンに心配してもらう資格なんてないのに。
自分はあとどれくらい生きていられるのか、あと何度不安な夜を過ごせばいいのか。
考えても答えは出ない。手の中で鎖に通された十字架がしゃらりと音を立てる。
十字架を握り直した時、響いたノックの音。まだ深夜ではないが、訪問者が来るには遅い時間だ。
シグフェルズは十字架を置いて扉を開ける。そこに立っていたのは、予想しえない人物。灰色の髪にアイスグリーンの瞳の少年――クロトだった。
「……フォルスター、どうかした?」
彼がシグフェルズを訪ねて来るとは珍しい。シグフェルズはクロトと個人的な付き合いがある訳ではないし、話したことも数度だけ。
ただのクラスメートの一人であったはずだ。
「すまないな、こんな時間に。少し話したいことがあった。二人で話したくてもいつもはアルレーゼが隣にいるからな」
「……確かに」
確かクロトはラケシスの幼なじみであるらしい。もし二人きりで話したくとも、シグフェルズの隣にはノルンが、クロトの隣にはラケシスがいる。
「とりあえず入って」
「ああ」
クロトを招き入れながらもシグフェルズは変な気持ちだった。今まで誰かを部屋に入れたことなど数度だけ。
シグフェルズの後に続きながらクロトは部屋の中を見回していた。必要最低限の家具しかない部屋を見てぽつりと呟く。
「殺風景な部屋だな」
「どういたしまして」
さまよっていたクロトの視線が止まる。
それは一つの写真立て。幸せそうな家族がうつっている。
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