短編集
其の3

「えっ! どうしたの?」

「わ、我は知らないぞ」

 二人は、完全にパニックに陥っていた。そんな二人を見かねたリゼルがジェドから赤ん坊を受け取ると、器用にあやしはじめる。すると、ピタリと泣き声が止んだ。どうやら抱き方が悪かった所為で、全身が痛かったのだろう。リゼルに抱かれる赤ん坊は、穏やかなものがあった。

「す、凄い!」

「人間だった頃、近所の赤ん坊の面倒を見ていたからな。このくらいは、お手の物だ。それに、赤ん坊はデリケートだ」

「そ、そうでしたか」

 リゼルの意外な過去に、レスタの言葉が詰まる。リゼルが人間だった頃どのように暮らしていたのかは、大まかな説明はされていた。しかし、赤ん坊の面倒まで見ていたとは――流石に、それは知らない。

「レスタ、ミルクはあるか?」

「ミルクですか?」

「そうだ。赤ちゃんに、飲ませるんだ」

「赤ん坊は、ミルクを食するのですか!」

「何を驚いている」

「し、知りませんでした」

 人間がこのことを聞けば「何と間抜けな質問をしているのか」と思われてしまうが、食物から栄養を取るということを行わない精霊にとって、赤ん坊がミルクを飲むとは知らない。いや、知っている方が珍しい。子育て経験のあるリゼルだから、このことを知っていた。

「では、用意をしに行こう」

「主、自らですか!」

「お前達にできるか?」

 二人からの反論はなかった。流石に今回だけは、リゼルに頼るしかない。無知のまま赤ん坊の世話をしたら、何をしてしまうかわからない。それに赤ん坊を抱くリゼルの顔が、何だから嬉しそうであった。“母性本能全開!”人間がその表情を見たら、そのように言うに違いない。




 リゼルはキッチンで、ミルクを温めていた。その後姿を見つめるレスタとジェドは、複雑な心境であった。自分達が手伝えない悔しさと、リゼルが子育てをしているという二つの感情が入り混じり、何とも表現しがたい表情を作っていた。そして時折、溜息がつかれる。

「何だか、楽しそうだね」

「うむ」

「リゼル様って、小さい子が好きなんだ」

「そういう話は、聞いたことはない」

「じゃあ、レスタには話していないんだよ」

「何!」

 その一言に、レスタは過敏に反応する。リゼルはレスタに対して、包み隠さず何でも話してくれると思っていた。しかし子育てが得意で子供好きということは、話してもらっていない。

「そんなに、驚くことは……」

「主は、人間へと転生した過去をお持ちだ。子育てができても、おかしくはない。我は、そう思っている」

「保父さんって言うんだよね。人間の間では」

「何だ、その“保父さん”というものは」

「小さい子供の面倒を見る人。もしかしたらリゼル様って、人間のままでいたら“保父さん”になっていたかもしれない。だって――」

 次の瞬間、ジェドの言葉が止まった。横に立っていたレスタが、へこみはじめたからだ。このまま続けていたら、部屋から出て行ってしまう。リゼルに対しての忠誠心はわからないこともないが、これほど凄いとは思いもしなかった。仕える対象と仕える身分。第三者から見れば、過保護な兄ちゃんである。

「できたぞ」

 人肌の温かさに暖めたミルクを哺乳瓶に入れ、満面の笑みを浮かべ振り返る。この哺乳瓶も、空間の歪みの影響により精霊界に紛れ込んだ品物。こんなことで役に立つとは、誰も思いもしなかった。

「ジェド、赤ん坊を」

 リゼルより正しい赤ん坊の抱き方を学んだジェドだったが、いつまた泣かれるかヒヤヒヤしていた。赤ん坊をリゼルに渡すと同時に安心したのか、ぐったりと疲れた様子を見せる。

 緊張をしていたのだろう、表情には「二度と抱きたくない」という思いが、滲み出ていた。

「やっぱり、楽しそうだね」

「そうだな」

 赤ん坊を抱きしめミルクを飲ます姿は、どう見ても“保父さん”でしかない。まさに、ほのぼのとした光景。普通は微笑ましいとして片付けてしまうが、リゼルは世界を創った人物。その創造主が子育てを行うとは、完璧にイメージをぶち壊していた。しかしリゼルは、全く気にしていない。


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