短編集
其の4

 それどころかミルクを飲ませながら、あやしはじめる。その姿に、レスタは肩を落としていた。

「ところで、親の捜索は――」

「他の者が懸命に」

「そうか」

「時間は、掛かるでしょう」

 その瞬間、リゼルは少し寂しそうな表情を浮かべていた。赤ん坊の世話の影響で、本当に母性本能が目覚めたというのか。それとも、過去の保父業を精霊界で再開したいと考えているのか。どちらにせよ、レスタの悩みの種になるのは間違いない。そして、彼は泣くだろう。

「あ、主――」

「何だ?」

「我等も、捜しに行った方が宜しいでしょうか?」

「人数は多い方がいい。ああ見えて、人間界は広い。何処で発生した歪みの影響かわっていないからな」

「御意」

 どこか納得がいかない様子の返事であった。いつもなら命令を受けたと同時に実行に移るレスタであったが、今回だけはその場に立ち尽くし、何か言いたそうな感じだ。そんないつもとは違う雰囲気を感じ取ったリゼルは「言いたいことがあるのなら言うように」と、言葉を促す。

「まさかと思いますが、このまま親が見つからなければ自ら育てるとは……いえ、それ以上は」

「この子は、人間の子供だ。そのようなことは言わない。それに、成長した時のことを考えろ」

「それを聞きまして、安心いたしました。ではその子供の親を捜しに、人間界へと向かいます」

「いってらっしゃい。できるなら、ゆっくりとね」

 扉が閉まると同時に囁かれた、リゼルの本音。その瞬間、レスタが廊下に崩れ落ちる。やはり予想は的中した。リゼルは母性本能により、赤ん坊の面倒を見るのが楽しくて仕方がない。

 このまま赤ん坊の両親を見付けないのもひとつの手だが、何せ相手は人間の子供であった。

 それは、できない相談だ。崩れ落ちたレスタの肩を慰めるように、ジェドが数回叩く。ふと、その時に気付く。レスタの身体が、微かに震えていたということを。どうやら泣いているのではなく、含み笑いをしているようだ。その瞬間、ジェドの背中に冷たいモノが流れ落ちた。

「……主は、保父さんに。保父さん……」

 急に、ブツブツと呟きだす。その異様な光景に、一瞬にしてジェドの顔が真っ青になった。二・三歩後退し、少し離れた場所から観察する。次の瞬間、レスタはガバっと顔を上げ徐に立ち上がる。

「……レスタ? えーっと、レスタさん?」

 全身から発せられる禍々しいというよりおかしなオーラに、言葉を失う。小刻みに震える身体。笑っていた。あのレスタが笑っている。それも、声を上げて。その恐ろしい光景に、ジェドは口から半分魂が抜けていた。

「主はそのように望むのなら、人間の赤ん坊を育てましょう。我も全身全霊、お手伝いします」

「えっ! ええええ!」

 突拍子も無い発言に、ジェドの魂の叫びが響き渡る。いくらリゼル中心に物事を考えているとはいえ、言っていいことと悪いことがある。しかも、人間の赤ん坊とは――今までの反対意見はぶっ飛んでいた。

「ダメだよ、人間の赤ちゃんは」

「何故だ?」

「何故って、成長したらどうするの?」

「その時は、その時だ」

 行き当たりばったりの、レスタとは思えない発言。完全に、何処かがおかしい。いつもと正反対のレスタに、ジェドはちょっぴり涙ぐんでいた。そして心の中で叫ぶ、皆が早く帰ってきてほしいと――

「さて、準備をせねば」

 そう言うと、膳は急げとばかりに行動を開始する。高笑いをしながら、廊下を歩いていく。

「うわーん! レスタが壊れた」

 もう、泣き叫ぶしかなかった。


◇◆◇◆◇◆


 数日後、赤ん坊の両親は発見された。赤ん坊は発見者のジェドが責任を持って、両親に返しに行った。

 人間の赤ん坊の登場という前代未聞のトラブルは無事に解決したのだが、母性本能に目覚めてしまったリゼルは小さい子供と遊びはじめた。生まれたばかりの精霊を呼んでは、一緒に遊んでいるらしい。本人達は機嫌良く遊んでいるのだが、精霊達の親にしてみたら堪らない。保父さんがあのリゼルなのだから気が休まらず、中には倒れて気絶する親も続出した。

 そんなこんなで、今日も精霊界は平和だった。一方壊れてしまったレスタは、赤ん坊の帰還と同時に正常に戻ったようだ。


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