短編集
其の2
「あの者か?」
「は、はい」
「ファリスの言うことなど、気にするな。そもそも、あの者が空間を弄くらなければ、このようなことにはならなかった。問題があるとすれば奴だ。まったく、仕事を増やしおって」
「怒られるかな?」
ジェドはファリスの問題の他に、リゼルに怒られるのではないかと心配してしまう。「赤ちゃんを拾いました」という報告をした途端、渋い表情をされたら――あの顔は、怒られるより数倍厳しいものがある。
「主は、このようなことでは怒らない」
「そうだといいです」
「嘘をつかなければ」
「そ、そうですね」
「愚問だ」
レスタを言うように、人間の赤ん坊を拾ってきたぐらいでは怒りはしない。ただ、嘘は嫌い。嘘だと判断された瞬間、圧迫されるほどのオーラを発する。あのオーラを耐えられるのは、この精霊界には存在しない。目の前にいるレスタさえ、固まって何も言えなくなってしまう。
「ねえ、レスタ」
「何だ」
「赤ちゃん、抱いてみる?」
「どうしてだ」
「何事も経験だよ」
「このような経験は、いらぬ」
「いいと、思うけど」
「そ、そうか?」
しかし人間の赤ん坊を抱くなど、滅多に行えない体験だ。恐る恐るジェドから赤ん坊を受け取ると、徐に抱き上げる。その瞬間、笑っていた赤ん坊の表情が一変。何と大声で泣きはじめた。
レスタから発せられる何かを感じ取ったのか、手足をバタつかせ懸命に逃げようとしている。やはり、闇を司る精霊。他の精霊も怖がっているのだから、人間の赤ん坊は更に恐ろしいのだろう。
赤ん坊の行動を見れば、火を見るより明らか。急に泣かれどのようにすればいいのかわからないレスタは、慌てて赤ん坊をジェドに突き返す。そして、大きく溜息をついた。赤ん坊ジェドに返された同時に泣き止み、満面の笑みを見せる。やはり、レスタが怖かったようだ。
「な、何!?」
「この子は、レスタが怖いって」
「人間に好かれなくても構わん」
「痩せ我慢している」
言葉ではそのように言っても、内心はかなりショックを受けていた。それを表すかのように後ろを向くと「帰る」と一言だけ伝えると、無言で歩き出した。その後をジェドは、赤ん坊を抱きかかえながら後をついて行く。この時から、面白おかしい子育てがはじまった。
◇◆◇◆◇◆
「という訳だそうです」
館に戻ったと同時にレスタとジェドは、報告に向かった。表情ひとつ変えず赤ん坊を見つめるリゼルに、ジェドは全身から血が引いていく思いがした。やはり、何も喋ってくれないのも堪える。
「ご、御免なさい」
「主、ジェドも悪気があった訳では……」
レスタの言葉に、コクコクと頷く。悪気も何も人間の赤ん坊を発見した時点で、不幸が舞い込んだと思っている。腕の中で気持ち良さそうに寝ている表情を見ると、このままにしておけない。
こういうのを“母性本能”と言ったりするのだが、精霊の間に母性本能という感情はない。無論、ジェドもそうでありレスタも同じだ。つまり“可哀相だ”という思いから、連れてきてしまった。
「その赤ちゃん、誰が育てる?」
リゼルの言うことは、正論であった。子育て経験のない精霊が、一時の感情で連れてくるにはあまりにも無理がある。そもそも、人間との深い交流を望まない精霊達。育てると決意しても、果たして最後まで面倒を見られるか。途中放棄を行ったら、赤ん坊は死んでしまう。
「ぼ、僕が……」
「無理は、しないほうがいい」
「そ、そうですね」
大きく溜息をつき、どうしたら良いか考え込む。こういう場合は、実の親を捜すべきだ。赤ん坊の親も懸命に捜しているだろう。いつまでも、精霊界に置いておくわけにはいかない。その時、気持ち良さそうに寝ていた赤ん坊が泣き出す。突然のことに、ジェドはおろおろするばかり。必死にあやそうと試みるも、泣き声は更に大きくなってしまう。何やら別の要因が、関係しているようだ。
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