短編集
其の7

 人選の誤り。人間は、見る目がない。


◇◆◇◆◇◆


 話が終了した時刻、月は天高く上っていた。老人はついつい長話をしてしまったと謝るも、興味深い話に聞き入っていたので苦痛ではない。逆に、ここまでよく調べたと感心してしまう。

 語られた神話は、真実に近い。中でも一番興味を引いたのは、姉と兄が世界を創造した創造主として記録に残った訳。それは「創造後の世界に生まれた原始の人間の前に現れ、大々的にアピールをしたから」という内容だ。しかしあの二人の性格を考えると、強ち間違いにも思えない。

 これらを記録したのは人間。だとすると、この結論も正しいと思えてくる。封じられその後を知らない私にとっては、貴重な内容だ。

「どうだったかな?」

「とても、面白いと思いました」

「若い者にそのように言ってもらえると、わしも調べた甲斐があったものだ」

「その話を、公にしようとはしないのですか?」

 その言葉に、老人の顔色が変わる。たとえ、この話を公にしたとしても信じる者がいるのか。ましてや、神殿が許しはしない。教えを否定されたことに反感を覚え、投獄する可能性が高い。

「いや、このままで良い。真実など、少しずつ明るみになるものだよ。物事は、焦ったら終わりじゃ」

「無駄にならないといいですね」

「嬉しいことを言ってくれる」

 老人が行っていることが、無駄に終わることはない。真実はいつか明るみになるものであり、探求者がいれば何れ日の光を浴びる。正直、嬉しかった。声にならない声を聞いてくれた人間がいたことに。無意識に、口許が緩む。それは微笑であったが、その笑みは老人に感謝するものだ。

 そして、言いたい「ありがとう」と――

「それでは、僕はこれで」

「長時間つき合わせてしまって、すまんのう」

「いえ、そんなことはありません。楽しい話でした」

 椅子から腰を上げると、深々と腰を折った。そして踵を返す瞬間、老人の目の前を手で払う。一瞬の出来事に、相手は何が起こったのか理解していない。それは素晴らしい話を聞かせてくれた、礼をしただけ。そして、扉を開く。その瞬間、冷たい月明かりが私を照らした。

 今日は満月。魔力が、高揚する日だ。全身が、痛いほど疼いてくる。油断すれば人間としての姿を保てず、本来の姿を現してしまう。その瞬間、老人の歓喜の声が耳に届く。どうやら、魔法の効果が表れたようだ。目を不自由としていたので、少し視力を回復してあげた。不必要な干渉と思われるが、このぐらいはいいだろう。そして、開いた扉をゆっくりと閉めた。

 これから向かう場所は、大神殿の中枢。神官達が大切に護っている聖域と呼ばれている場所に、私は用があった。其処に、忘れてきた物を取りに来た。自分が自分であると証明する物であると同時に、私という存在を認識させる物。そして、人間の世界に不必要な物だ。

 溜息をつくと、どのように中に入るか考える。別に泥棒しに行くわけでないので堂々と正面から入る手もあるが、気付かれたら少々面倒になってしまう。特に、高位の神官が出てきたら厄介だ。

 それなら、早く忘れ物を取りに行かなければならない。短く呪文を唱え、周囲の空間を歪ます。精霊信仰の中心都市だけあって、この土地自体に強力な魔力が宿っている。それを弄くれば、空間転移など容易い。

 大神殿の中への入り口を作り出すと、老人がいる建物の方向に振り返り再度頭を下げる。老人への感謝の気持ちと、末永く生きることを願って。そして歪ました空間を使い、大神殿の中へと向かう。

 建物の中は、静かだった。外とは雰囲気が異なり、美しい花々が咲き乱れている。手入れは、完璧だった。庭師が真面目に働いているのだろう、季節ごとに花々を別けて咲かしている。

 月の明かりとほのかに揺れる炎の明かりが、建物を照らす。見回りの者がいない。なんと無用心のことか。いくら精霊信仰の中心都市であっても、悪いことをする人はいるものだ。

 現に、私がその悪者だったらどうするというのか。自分達が護っている場所に土足で入られたことに、嘆き悲しむのは神官達だというのに。やるべきことをやらないとは、怠慢というべきものだ。

 相変わらず人間という生き物は、理解に苦しむ。良い心を持つ者や悪い心を持つ者。人の数だけ異なり、出会った数だけ驚かされた。精霊のようにひとつの決まりごとを守り続けるわけでもなく、自由に生きる者達。あのような生き方ができたらと、少し羨ましいと思う。

「さて、何所だ……」

 意識を集中し、目的の物が置かれている場所を探す。それは簡単なことであったが、様々な精霊の力が入り混じる中で探すのは少々難しい。しかし、できないことはない。見つけたいものは己の欠片。何より、それは自分と同じ波長を放っている。故に、それほど時間は掛からなかった。


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あきゅろす。
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