短編集
其の8
「あそこか」
目的の物を発見した。場所は、大神殿の中心部。やはり、予想通りの場所だ。水鏡を使い大神殿の真上から見た時、それらしき場所を発見していた。それが的中するとは……探すのに時間が掛からなくていい。
神殿の外壁と同じ材質の石で造られた廊下を、規則正しい歩調で歩く。やはり、人一人見当たらない。神聖なる場所とされている所為か、立ち入りが制限されているようだ。だが、もう少し人がいてもいいと思う。
そのように思いつつ廊下を歩いていると、豪華絢爛という言葉が似合う扉に突き当たった。扉には鍵は掛かっておらず、逆に結界が周囲に張られていた。それにより、この先にあるものがいかに大切な物か教えてくれる。しかし、それは人間だけではない。そう、私も。
「此処か」
目当ての物は、この扉の先にある。徐に結界が張られた扉に触れてみると、火花が散り指先を押し戻す。多少の痛みがある程度で、特に怪我は負っていない。人間に対して強力な結界であったとしても、それ以外に対して効果が薄いようだ。それならそれで、楽でいい。
「神官達には悪いが、開けさせてもらう」
人の力で開けられないというのなら、本来の力を使うまで。掌を扉につける。今度は、特に反応はない。意識を集中させ、軽く掌に力を籠める。石造りの扉は、いとも簡単に開いていく。
冷たい風が、頬を撫でる。扉が開いたということにより、部屋の中の空気が外に漏れ出したのだ。半分ほど扉を開くと、身体を滑り込ますように部屋の中に入る。それと同時に、扉が閉まる重い音が響いた。
吹き抜けの天井から、柔らかな光が降り注ぐ。此処は柔らかい緑の草が生い茂った、部屋の中に作られた小さな庭。あの時から時間が止まり、これから先もこのままで残されるだろう。
この場所は、私が世界を癒した場所。そして古き肉体を捨て、人間へと転生した場所でもあった。
天を仰ぎ、物思いに耽る。人間の過ちを修正し、正しい方向に導いた。それにより、世界は崩壊から免れた。しかし、歴史は一度死んでいる。世界を癒したと同時に新たなる歴史がはじまり、人間達はそれを当たり前のように思っている。そして、何も学ぼうとしない。
私は、何をしに来たというのか――そう、忘れ物を取りに来た。ただそれだけのことであり、他に何かをしようとは思わなかった。いや、不必要な干渉はしてはいけない。それなのに、迷い何か大切なことをしなければいけないと思いはじめる。しかし、それがわからない。
近頃、迷いが生まれる。人として転生した所為によるものか。以前の私では、考えられない行為だ。しかし迷いと共に生まれた感情は、思わぬ副産物となった。それにより周囲にいる精霊達の表情が、穏やかになってきた。
「さて、古き記憶を貰い受ける」
その時、部屋の外が騒がしくなる。扉が閉まる音を聞きつけ、神官達が来たのだろう。閉まる時の音は、少々大きかった。力を使い此方から扉を閉めてしまうのもひとつの手だが、そのようなことをする必要もない。彼等は苦手な存在であるが、敵と認識する相手ではない。
扉が開かれた。それと同時に、数人の神官達が入ってくる。纏う服のデザインからして、高位の神官と中位の神官だろう。不審者を見るような視線を向けてくる。どうやら、私が纏う力に気付いていないらしい。高位の神官がいるというのに、嘆かわしい。今まで、何を学んできたのか。
「何者だ」
集まってきた者達の中で、最年長と思しき神官が声を掛けてくる。外見の年齢は、三十過ぎというところ。纏うのは、高位の神官の服。この年で高い地位についているということは見込みがあったのか、それとも別の方法を使ったのか。どちらにせよ、何の力も感じない。
私は、敢えて何も答えない。高位の神官というのなら、ことの状況を読み取る力がある。故に、私の正体さえも。
「何故、答えない」
相手に答える必要は無い。そもそも、気付かぬ方が悪い。高位の神官なら、そのような質問も発言も行わない。やはり見せ掛けだけの存在。実に、嘆かわしい。人は才能がなくとも、学べばそれなりの実力を有することができる。しかしこの者は、それさえ怠っていた。
私は人に転生し感情というものを知ったと同時に、人間は学ぶことにより成長する生き物だと知った。だからこそ何も学ばずに高位の職に就いた人間が、無性に悲しく思えてくる。
何故このような道を選択したのか、到底理解できない。
いや、理解したくはない。
「……忘れ物を取りに来た」
「何?」
「私は、忘れ物を取りに来ただけだ」
言っている意味が理解できないのか、相手は小首を傾げる。そもそも神官達に会うことなく立ち去ろうと考えていたので、言い訳など考えていなかった。普段から言い訳を言い続けている人物なら、簡単に思いつくだろう。しかし私は、そのような生活を送っていない。
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