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雨の日に女をひとり拾った。

若くもない、取り立てて特徴もない。

ただ白い肌ときれいな歯並びを持っている、そんな女。




   第六話 優しい嘘


実際、彼女は無邪気で可愛いけど……要所要所で小さな嘘をつく。
それは彼女の狡さなのか? 弱さなのか? 優しさなのか?
よく分からないけど……。
さっきも……。

「ねぇ、テレビでも観ようか?」
「うん、観たい」
「…………」
ベッドの上で、膝に乗せたパソコンに向かって彼女が真剣にタイピングしている。僕の話などロクに聞きもせずに、いい加減な生返事をされた。
「ほかのことやってるのに……テレビも観たいわけ?」
彼女の態度が妙にイラついて、テレビのコントローラーをぽんとベッドの上に投げた。
「なぁに?」
パソコンの画面から顔をあげた彼女は、不機嫌な僕に驚いたようだ。
「もう、いいよ!」
「ちゃんと聞いてたから、テレビかけてもいいよ」
「君って、人の話をちゃんと聞きもしないでテキトーに返事すんだね?」
「……なんで怒ってるのよ?」
「そういう、人を小バカにしたような態度が……」
「ちゃんと聞いてたから!」
「嘘つくなっ!」

なんだか僕もムキになってしまい、「嘘つき」と彼女に言ってしまった。すると彼女は口を尖がらせて反論する。
嘘は最初から騙すためにつくこと。わたしは騙そうと思っていない、ただ本当のことを言わなかっただけで、嘘つきではない。
「わたしのは優しい嘘よ」
「さすが、詩人だ。詭弁も上手い!」
そういうと彼女は怒ってプイと横を向いた。

……そんな彼女が、可愛いと内心ほくそ笑んでる、僕こそ本当の嘘つきかも知れない。

怒って、ふたたびパソコンに向かった彼女を背後からギュッと抱きしめた。服の上から乳房をまさぐり、首すじにそって舌を這わせてキスをすると、
「あん……」
ぐにゃりと彼女の身体が柔らかくなった、小さく喘いで僕に身体をあずけてきた、パソコンのウインドウは閉じられた。
たぶん、僕は彼女にかまって欲しかったんだ。


  【 嘘つきゲーム 】

わたしを傷つけないように

 あなたが優しい嘘をつく

  嘘だと分かっていても

   わたしは騙されたふりをする

    あなたがまだわたしを

     愛していると信じたいから

      ふたりの心を繋いでいる

       嘘つきゲームは終われない



   第七章 lonely heart

「誰かを真剣に好きになったことってある?」
ベッドの中で、いきなり彼女が訊いた。まだ余韻も醒めきらないうちに……。
「そりゃーあるさ」
「そう、でも女なんか信用してないでしょう?」
「…………」
「やっぱしね」
「なんでそう思うんだ?」
「なんかそんな気がしたから……」
僕の心を探っているような、そんな彼女の態度が僕を不快にさせる。
僕らはそんな関係ではないだろう? 僕になにを求めてる?
愛情? 優しさ? セックス?
僕は少しの優しさとセックスしか彼女に与えられない。愛とかそういう厄介なものに深入りしたくないんだ。
いつも心のセキュリティが自然に作動して、『 心の距離 』を空けようとする、どうしてだろう?
僕にも分からない……。


  【 piano 】

あなたの細いその指が
鍵盤に触れる時
弾きだされる旋律

わたしの躯を包みこむ
この胸に愛が充ちてきたら
心の琴線が震えだす

ねぇ愛してるといって……

こんなに想っていても
掴めないあなたの心
寂しさで萎れてしまう

あなたが奏でる音符には
悲しい音色が混じっていて
わたしの胸を絞めつけから

ねぇ愛してるといって……

なにも欲しがらないから
もっとわたしを求めてよ
あなたを感じて生きていたい

女は楽器この肢体を
あなたがかき鳴らせば
愛は切ないため息で果てる


「あなたはわたしと話してるとき、肝心なことは聞き流してるよね? うちの夫もそうなんだけど……」
「それで……」
「聴こえないのか、聴きたくないのか、どっちなの?」
「……ちゃんと聞いてるよ」
そう答えると、彼女は小さな声で、
「嘘つき」
とだけいう。
「きみだって、人のいうことを信じてないじゃないかっ!」
ちょっとイラっとして僕は言い返した。
「女を抱いても、愛してくれないのね?」
「君だって、身体を許しても心を許すことはしないくせに……」
「…………」
「そんなことで愛は構築されない」
「……そうね」
「愛はもっと……」
「もっと……?」
「深いんだ!」

「……わたし捻くれてるから、ごめんなさい」
そういって僕の頬に謝罪のキスをする彼女がいじらしい。その身体をギュッと抱きしめたら切なさが込みあげる……心のセキュリティが解除されてしまった。
「僕だって、失敗者だから……」
「失敗者? 挫折者じゃなくて?」
「うん……挫折までいかない……なんとなく不運で思うように生きられない人間なんだ……だから用心深いかも知れない」
「だから、女にも執着したくないのね?」
「たぶんそう、裏切られるのが怖いから……」

なんだか僕は心の奥を吐露してしまっている。こんな話をしても仕方ないのに……どうしたんだろう、僕は。
もしかしたら、必要以上の彼女に関心を持ったのか?
しょせん、他人の女ではないか。僕は心の中で彼女の存在を打ち消そうとする。


  【 oneself 】

有刺鉄線を張り巡らし 
囲いの中でわたしは 
小さなプライドを守っていた
感情に触れたモノには 
鉄の棘で傷つけた

人の言葉に耳を塞ぎ 
空想の世界で呼吸していた
小さな砦の中では
自分の声しか聴こえてこない
孤独な魂は震えていた

寂しさから縛ろうとした 
弱さからすがろうとした
そして……
振りまわし 優しいあの人を
疲れさせてしまった

道の途中に立ち止まり 
行くべき道に迷っている
『 自分なんかいらない 』 
そう呟いて ぬかるんだ道を 
一歩だけ前に進む……


静かに雨が降り続く。
湿気のせいで重くなった空気と布団が裸のふたりを包みこんでいる。なにも喋らなくなった彼女の呼吸が、時おり夜のしじまに溶けていく。
僕らはこうやって肌を合わせていても、心は遠い。
「わたし……」
「ん?」
「いっぱい恋をしたよ、離婚もしたし……男と女は捨てたり、捨てられたり……だね」
ふーと切なげにため息を漏らす。彼女の人生がどんなものだったか知らないけれど、彼女なりに懸命に生きてきたんだろう。
僕らはもう若くはない、だからいろんな傷を持っている。時々、そこから血が流れだす。
「人を捨てるってことは存在を否定すること……それはいなかったと思うことなんだろうか? 必要ではないと思うことなんだろうか?」
彼女が自問するように呟いた、その声に僕も自答しようとして、
……雨の音しか聴こえない夜、ぼんやりと闇の中で答えを探してみた。

   失ったモノ 戻らない そう思ってた
   失ったモノ 必要ない そう誓ってた

「わたしを捨てた男がそう詩に書いてたわ」
「そっか、存在を否定して、感情を切り捨てようとしているんだね」
「ええ、その言葉でわたしの愛は否定されて……捨てられたもの」
「失ったモノって君の『 愛 』ってことなんだ?」
「そう、彼の言いなりにならなくなって、そのことで彼はフラストレーションをつのらせて、わたしに怒ってたから。情は深いけど、もの凄く焼き餅やきな男だったから……」
「愛情と相手を縛る兼ね合いって……難しいよね」
「いつも監視されているようで息苦しかった。彼の愛が重すぎて逃げ出したかった……」
「……そっか」
「それでも懲りずにまた誰かを好きになってしまう」
「あははっ」
「ひとりぼっちでは生きられない」
「うん……」
「ひとりは寂しい」
「…………」

彼女の生温かな息が僕の頬にかかる。こんなに傍にいても心はひとりぼっち。


  【 lonely heart 】

『 寂しい 』とあなたがいう
こんなに傍にいるのに
なにがそんなに寂しいの

君に逢えないと寂しい
君を待ってる時が寂しい
君の心が見えなくて寂しい
そう言って子供みたいに拗ねた

愛されていても
愛されていなくても
人は寂しいんだね

ひとりは寂しいくて
誰かの心に寄り添うけれど
寂しくないと思えたのは錯覚で
すべてを独占できるわけではない

好きなのに寂しい
好きになればなるほど寂しい
心はいつもひとりぼっち

寂しいと言われて
そう分かった瞬間が一番寂しい
私たち愛し合ったんじゃなくて
孤独を舐め合ってただけなんだろうか



   第八章 傷つけあう心

朝、目が覚めると部屋の中に生活感のある匂いが漂っていた、僕の部屋なのに……。
「おはよう」
明るい声で彼女が挨拶をする。
「……おはよう」
なんだか照れる、この光景がデジャヴみたい。
キッチンのテーブルの上に、ハムエッグとみそ汁と白いご飯が二人分並んでいる。
「朝ご飯作ったよ、食べよう」
「うん……」
僕、朝はあまり食欲がないのだが、せっかく作ってくれたので一緒に食べることに。彼女はフライパンが古くてテフロン加工がとれてて目玉焼きが張り付いて黄身が壊れたとか、わかめと揚げのみそ汁がシンプルで好きだとか……そんな取り留めのないことをひとりでしゃべっている。
ごく普通のありふれた朝の情景、ずっと以前に僕が手放してしまった生活がそこにあった。
ひとり暮らしの気ままさに慣れて……なんだか違和感を覚える。だけど……そこには懐かしさもある。

「美味しい?」
「うん……」
「ご飯お代わりあるよ、いっぱい食べて」
「もう、いいよ」
「じゃあ、残ったご飯はおにぎりにしておこうか?」
「あぁ……」
彼女がずっと昔から暮らしていた女みたいで不思議だ。ひとりで暮らしてる方が気楽でいいと思っていた。ずっと、そう自分に言い聞かせて僕は満足していたのに……。

「前に誰かと暮らしてたの? お揃いのマグカップあったから……」
食後のコーヒーをテーブルに置きながら、こともなげに彼女が訊く。
「…………」
「あらっ、悪いこと聞いちゃった?」
「別に構わないさ……」
「ねぇ、朝ご飯、美味しかった?」
そんなことをわざわざ聞く彼女に、女特有の厭らしさを感じて僕はわけもなく腹が立った。
「君の日常を僕の部屋に持ち込まないでくれよ」
「えっ?」
「飯を作ってやれば、男は誰でも大喜びするとでも思ってるわけ?」
「…………」
「飼う気もない野良犬に餌をやらないでくれ!」
「…………」
「そんなことをされたら……」
彼女はじーっと僕の目を見ていた、ひと言も言い返さずに、
「……余計なことをして、ごめんなさい」
そういうと飲みかけのコーヒーをシンクに流し、洗いものを済ませて、冷蔵庫の食材を全部ゴミ箱へ捨ててしまった。そして、ボストンバッグから文庫本を取り出しベッドに寝転がって読み始めた。気まずい雰囲気が流れたが僕は仕事に没頭することで彼女の存在を無視した。
やがて、ベッドから規則正しい寝息が聴こえてきた、どうやら彼女はいつの間にか寝てしまったらしい。
僕は仕事机から立ち上がると、寝ている彼女にそっと布団を掛けてやる。その寝顔に言い過ぎたことを謝った。

そんなことをされたら……君が帰った後、僕が寂しくなるじゃないか。


  【 夢の中へ・・・ 】

不条理な夢で目覚めた朝
もの憂い倦怠感で
頭の芯がズキズキ痛む

夢とか希望とかそんな言葉で
ちっぽけな人生を飾ってみても
掴めるものといえば
ほんのひと握りの砂だけ

現実をみろ!
誰かの声が聴こえた
だから現実って な・に・さ

ここには必要なカードがない
湿った部屋はカビ臭いくて
カーテンの色もくすんで見える
無風状態に慣れて心が荒んでいく

ヘッドフォンを着けて
現実をシャットアウトする
もう誰の声も聴こえない

甘い砂糖菓子をひとつ
浅い眠りに誘われていく
いつか見た あのシャガールの
絵の中に溶けこんでしまいたい



   第九章 プラスチックな夜

夕方近くに彼女が起きだしたので、さっきのこともあって……。
外に食べに行こうと彼女を誘う。高いものは奢れないよと僕がいうと「いいよー」と嬉しそうについてきた、ふたりで初めての外食である。僕らは人目もあるのでずっとアパートの中でコンビニお弁当とか食べていた。
行きつけの牛丼チェーンのお店に入って、並を二つ注文する。
彼女は量が多いからと僕の丼に自分のご飯を入れてきた。こういうお店って、あんまり入ったことないんだぁー、キョロキョロとあたりを見まわして面白がっている。まったく子どもみたいな女だ。

食べ終えて店をでた僕らは、小雨の中、小さなビニール傘に身を寄せ合って歩いていた。


  【 雨宿り 】

降り止まない雨に
舌打ちして 空を睨む
思い通りにいかないことばかり
心がざらついて
軋んだ音が鳴りだす

苛立てば
心の瘡蓋はがれていく
『 いつも君を想ってる 』
あなたの声が降ってきた
疲れた心に灯りが燈る

泣きたい時は
あなたの胸で雨宿り
小さな傘でも寄り添えば
濡れなくて済むんだ
もうひとりで生きられない


ようやく雨も止みそうだ。僕はさっき言い過ぎたことを彼女に謝ろうか、どうしようか……心の中で迷っていた、悪いと思っているが、どうも言葉が出てこないんだ。
ふいに彼女の携帯が鳴った、ボストンバッグから取り出して、相手と二言三言しゃべったら携帯を閉じて、ふーっと小さなため息を漏らした。

「わたし、すぐに帰らなきゃあ……」
「そう」
「ありがとう」
彼女は僕の手をギュッ握った。
「じゃあね、さようなら」
ぱっと手を振り払うと、くるりと踵を返し小走りで彼女は去っていく、その後ろ姿に僕は何も言えずに立ちすくんでいた。
急な別れだったので彼女にかける言葉も見つからず……。
たぶん、出張から夫が帰ってくるんだろう、それで彼女は急いで帰って行ったんだ。きっと、今ごろ駅に向かって急いでいるのかな?
雨の日に拾った女だから、どこから来てどこへ帰るのか僕は知らない。


  【 プラスチックな夜 】

汚れちまった悲しみに……
中也の悲しみは
なんだったんだろう?

彼は孤独人
人を欲しながら
人を拒絶していた

誰にも理解されない
孤独な運命を受け入れた
その引き換えに
神から創作の種を与えられた

深層に潜む
妄想の中の わたしに会いに行く
彼女はいつも
泣いてる! 叫んでる! 怒っている!

解放されない言葉は 澱のように淀んで
寸断された思考は 赤く錆びていく

優しさなんか もういらない!
生きる方法より 楽な死に方を!
激しい感情の起伏に疲れ果て
蓑虫みたいに 殻に閉じ篭る

灰色の孤独が骨に 
染み込んで
神経を腐蝕させいく……

プラスチックな夜
干乾びた魂が震えだす
無機質な抱擁で どうか包みこんで!



   最終章 雨が止んだ

すっかり雨がやんだ。
僕はひとりアパートに帰ってきた。電気をつけるといつもの狭い部屋がなんとなく広く感じる。きっと彼女がいなくなったせいだ。
ベッドの下に文庫本が落ちていた、彼女が読んでいた……拾って、表紙をぺらぺらめくると真ん中あたりに栞がはさんであった。安部公房「砂の女」。学生の頃に読んだ記憶があるような、確か砂丘に昆虫採集に来た男が砂の穴に落ちてそこから出られなくなり、その穴に住むひとりの女と暮らす話だった。そう、ずっと砂が落ちてくるんだ……。
僕は彼女という雨の中に迷い込んで、囚われてもいいとさえ思う。


   「愛してる」という言葉の
    虚しさに立ち止まる

   「愛してる」という言葉の
    儚さに涙する

   「愛してる」という言葉は
    掴んでも掴んでも

    遠くへ逃げていく
    まるで蜃気楼ような……


彼女が残していったもの、読みかけの文庫本、シリアルの箱、そして……また彼女がやって来るかも知れないという、かすかな僕の期待感。
しょせんは他人の女だ、そんなことはよく分かっている。

雨の代わりに、今は冷たい風が窓を打ちつける。
無事に帰れただろうか、彼女のことが少し心配になる。僕は連絡をする手立てを知らないし、彼女にも聞かなかった。それを知ったら弱い僕になってしまうから……。
誰かを愛したら……その存在を失うのが怖い! だから最初から深入りしないように、心の中にいつも線を引いてきたんだ。

『 存在の意味 』が分からない彼女は永遠に孤独だろう。
『 本気で愛せない 』僕も寂しい人間だから、ふたりは惹き合ったのかも知れない。
僕らは魂と魂が呼びあって巡り逢ったのかな?

雨の女の存在が僕の中に沁み込んでいく。彼女を愛し始めているようだ……。


  【 ロマンティック 】

君がいたら 何もいらないと
あなたが言う
あなたがいれば 何もいらないと
わたしは言う

この想い
強く強く抱きしめたなら
儚い泡沫に愛を重ねて
そのまま時を消していく

ふたりで過ごす この時は
愛に溢れた 至福のひととき

君がいたら 何もいらないと
あなたが言う
あなたがいれば 何もいらないと
わたしは言う

たとえ
許されない恋でも
求め合う心に嘘はつけない
心の中にいつもあなたがいる

あなたの心に寄り添って
わたしは生きていきます



                




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