[携帯モード] [URL送信]

  rain,woman and me... 

切ない大人のラブストーリー

詩と小説のコラボレーションで「詩物語」と言います。
作中に詩を挿入しています。

原題「雨と彼女と僕と……」
鞄本文学館で文庫本サイズで出版しました。(2010年10月)

(表紙は無料フリー素材からお借りしています)


   初稿 趣味人倶楽部・創作広場 2010年5月頃 文字数 33,482文字
   カクヨム投稿 2019/01/02 文字数 37,725文字文字








雨の日に女をひとり拾った。

若くもない、取り立てて特徴もない。

ただ白い肌ときれいな歯並びを持っている、そんな女。




   第一話 雨の女


「雨、止みませんね」
「…………」
先ほどから、同じ店の軒下で雨宿りしている女に僕は声をかけた。
「雨、止みません……」
女は空を見上げながら鸚鵡返しに答えた。
「通り雨なら十五分もすれば止むはずなのに……」
僕らはかれこれ小一時間、ここで止むのをひたすら待っている。
「どこかへ行かれる途中ですか?」
女に訊ねる、小ぶりのボストンバッグをひとつ手に提げていたからだ。
「雨が降ったので帰るべきところへ、帰りたくなくなりました」
「そうですか……」
不思議なことをいう。
「濡れてもいいのなら、僕の家はここから歩いて二十分くらいだから、一緒に来ますか?」
そう訊くと、「はい」とあっけないほど素直についてきた。
まるで捨て猫のような女だった。

僕のアパートに着いて、ふたりはシャワーを浴びた。
彼女はボストンバッグの中から着替えを取り出し乾いた服を身に着けた。
「寒くないですか?」
「少し……」
キッチンでお湯を沸かし、熱いインスタントコーヒーを淹れて、彼女に渡した。
「あたし、猫舌で熱いものが飲めないんです。牛乳を入れて冷ましたいの」
冷蔵庫から取り出した牛乳を渡すと、それをどぼどぼ注ぐ、薄温いコーヒーを美味しいそうに飲む。
「ふつうコーヒーは熱いほうが美味いでしょう?」
「熱いものって怖い、早く飲まないとって焦ると口の中が火傷して火脹れになるんです」
「変わった人ですね」
「そうかもしれない……」

おもむろに彼女はボストンバッグから小型のパソコンを取りだした。
「わたしは詩人です。そしてわたしの全てがここにあります」
そう言って、彼女は白い小さなUSBメモリを僕に見せた。
パソコンを立ち上げると、彼女は自分の詩を僕に読ませてくれた。


  【 雨粒 】
  
降りつづく雨のせいで
部屋の空気が重く感じる
ポツリポツリと奏でる サティのピアノはけだるい
大きめのポットにダージリンティを入れて
ゆっくりと茶葉の広がる時を待つ

雨の匂いと紅茶の香りが混ざりあって
不思議なやすらぎを覚える
そんな雨の日の午後が好きだ

一粒の雨粒が水紋となって広かっていく

あの人から手紙がきた
それは家から少し離れたポストに入っている

まるで迷路のような複雑な記号で出来た
あなたの詩は いつも徒にわたしを悩ませる
『 僕はひどく優しいからとても罪深い 』
人の痛みを知ろうとしない 
あなたは一生優しい人のままで居られる

全てのノイズを遮って祠の中に閉じこもる
少しでも触れようと延ばした わたしの手を 
あなたは冷たく払い除けた
虚しく空を掴んだその手に 一粒の種をくれた
それは創作のエナジーとか詰まった種子だった

良く育つように
良く育つように
そういって わたしのために祈ってくれた

一粒の雨粒が水紋となって広かっていく

あなたから手紙がきた
それは一言添えただけの絵葉書

熱いダージリンティを飲み終えたら
赤い合羽を着て出掛けよう 傘はいらない
雨の中いきおいよく水たまりを踏んで 
小走りで取りに行こう
家から少し離れた あのポストまで

手紙はポストから取り出した瞬間
雨粒たちに掻き消されて 
文字が読めなくなってしまった……
たぶん 
それはあなたのノートの切れはしに
書かれた複雑な記号だったかも知れない





「僕、詩はよく分からないんだ」
「詩の意味を知る必要はないのです。言葉に触れて、リズムを感じて、雰囲気に浸ってくれれば、それで十分なんです」
「そんなもんかなぁー」
「詩は生きています、だから意味付けしないで欲しい、感じたまま……そのままで……」
詩人の彼女は、詩について語り始めたが……僕にとっては退屈な話題なので話をかえようと、
「雨は嫌い?」
ふいに浮かんだ疑問を投げかけた。
僕の問いに少し考えて、彼女はゆっくりと答える。
「……雨の日は憂鬱でわたしから気力を奪う、だけど……内面に籠もった熱で詩が書ける。雨は嫌いだけど、実は好きかもしれない」
「矛盾してるね」
「ええ、詩は矛盾だらけの人間だから書けるんです」
「……そんなもんなんだ」
「そう、詩人なんて……そんなもんだと思う」
意味のない会話が、ただ雨音のように聴こえた。

雨が降り続いて、帰りそうもない彼女をベッドに誘う。
彼女は素直に自分から下着を脱いで、僕の自由になった。
僕の愛撫に気持ち良さそうに反応するので安心した。
「若くはないので激しいセックスとかいらない。いつくしむように優しく抱いて欲しいんです」


   触れあったのは愛ではなく
   お互いの触角に過ぎない
   よく知るための男女の儀式
   そこに所有欲を持ち込むのはルール違反


そう言って、彼女は眠ってしまった。
左の薬指にプラチナの指輪をしている、たぶん結婚しているのだろう。






   第二話 彼女の好きなもの


   猫が好き。
   甘いお菓子が好き。
   話を聴いてくれる男が好き。


朝のテーブルで「好きなものは?」と訊いた僕に、彼女がそう答えた。
「夫が潔癖症でペットを飼わせてくれないから嫌い、白いご飯は退屈だから嫌い、わたしの話を聴いてくれない男も大嫌い!」
まるで駄々っ子みたいなことをいう女だ。頭の中は小学生並み? 幼稚か!
「わたし寂しがり屋だから、いつも誰かにかまって欲しいんです」
「みんなそうだよ」
「ううん、いつも愛が欠乏してるんです」
「えっ?」
「愛情欠乏症」


  【 愛を乞う人 】

愛が足りないとキミは言う
誰にも愛されていないと嘆く

愛というモノサシでしか
キミは幸せの価値を量れない

誰かがキミを好きだと言っても
なぜ信じられないのだろう

本当は自分を悲劇のヒロインに
仕立てて満足しているのかい

キミの心は砂漠のように渇いて
いつも愛という雨を待っている

寂しい寂しいと愛を乞う人よ
どうしたらキミの心を充たせるの

自分を愛せない魂は孤独だと
まだキミは気づいていないんだね


自分は、こんな人間だと僕に詩を読ませた。
そうやって詩で自己分析しているのに、どうして自分を救ってやれないの?
「自分は要らない人間なんです」
ぽつりと彼女が呟いた。
「小さい時に親に(おまえは要らないのに出来た子だよ)って言われました。だから、わたしの一生は『 申し訳ない人生 』になりました。生まれてきてゴメンなさい、生きててすみません……いつも、そう思っています」
「生まれた時はそうかもしれないけど……今は違うだろう?」
「もう手遅れです(要らない子)と言われたせいで性格が捻れてしまいました。愛されていないせいで自信の持てない人間になってしまい……自分のことも愛せないの」
「だけど……もう大人なんだし、そんなの気にしなくても生きていけるだろう?」
僕は慰めようとしたが、
「自分の存在の意味が分からない……」
そういって頭(こうべ)を垂れる、そんな彼女が孤独にみえた。


  【 詩人 】

いつも相反する感情がある

笑いながら泣いている
泣きながら笑っていた

幸せだけど不幸になりたい
不幸なのにとても満足してる

不思議な感情の揺れが
わたしの創作の源だった

出来上がったプラモを壊して
バラバラの欠片を集めるように

心の空白感を埋めるために
言葉の粘土をひとり捏ねていた

渇いた心を潤すような わたし詩人


いつも『 意味 』を考えていた

生きる意味 愛する意味
孤独の意味 死んで逝く意味

なぜだろう どうしてだろう
そこにどんな『 意味 』があるんだろう

在りもしない答えを探してた
そんな自分にいつも苛立っている

月の裏側から見える星なんて
本当はないんだってこと分かってた

だけど欲しいんだ 誰かに!
わたしの存在の『 意味 』を分かって欲しい

優しさばかりをねだる わたしは詩人


機嫌の良いときの彼女は、ただのおしゃべりなおばさんだ。
取りとめのないことをペラペラとひとりでしゃべっている。まるでおもちゃ箱をひっくり返したように、そこら中に言葉を散らかし放題、騒々しく凡庸な女だ。
こんな人がよく詩なんか書けるもんだと不思議に思う、しかし雑談の中になにか言葉の本質をみているのだろう。
少なからず彼女は自分の言葉に酔っている、ナルシストかも知れない。

「わたしって自己憐憫のナルシストなのよ」
「自分を憐れんで満足してるの?」
「そう、かわいそうな自分が好きなのかもしれない」
「どうしてさ」
「いつも自分は頭が悪いから、何をやっても失敗するだろうと考えてしまうの」
「……で」
「でもね、ダメ人間のレッテルを自分で貼って、それが心地よくて剥がせないんだ」
「あははっ、君って自虐的だね」
たぶん彼女は自分を卑下して、そんな自分に陶酔しているんだ。


  【 ナルシスト 】

月も星もない夜
誰かの言葉に傷ついて
強がって笑おうとするが
胸に突き刺さった
言葉が痛くて
黙り込んだ

血を流す心に
言葉を貼り付けて
止血しようとしたが
痛みは治まらず
死んでしまいたい
と、涙を流す

可哀想 可哀想……
こんな、わたしがかわいそう
かわいそうな、わたしが大好き
血まみれの心が
痛い 痛い!
そんな、あなたはナルシスト






   第三話 存在の意味


今日も雨が降り止まないから、彼女は僕のアパートに居続けている。
僕が仕事のときは、部屋のすみっこでじっと瞑想しているが、時々パソコンになにか書きこんでいる。
新しい詩でも思い浮かんだのだろうか?
寂しがり屋のくせに孤独が好きだという、変な女だ。

「わたしは心象風景の中に生きています。魂はここに(USBメモリ)、現実は泡沫……」
彼女の発する意味不明な言葉たち、その何パーセントに事実が語られているのか、僕には分からない。
女は嘘をつく、さらに嘘をついてる自分に酔い、それを演じ続ける。愚かなくせに、抜け目ない存在でもある。

「わたしって、スライムみたいにいろんな形に変化するの。おそらく実体のない人間なんです」
理解されない人々の中にあって、ころころと自分の形を変えて生きていく――。そうすることで、辛うじて自分の居どころを作ってきたのだろう。
「人に嫌われるのがイヤで、存在を否定されることが何より怖い……」
(要らない子)と言われた、彼女の心の傷はそこにある。


  【 たゆたう 】

いつも 人の気持ちを気にしてた
ねぇ わたしのこと 好き? 嫌い?
選択肢は いつも2つだけ

愛されることばかり 望んでいたから
冷たくされると 傷ついてしまう
嫌われないようにと 脅えていた

相手に合わせようと 心を殺して
そんな自分が 情けなく思えて
いっそう 嫌悪感に落ち込んだ

心は 『 たゆたう 』想いに揺れていた

あなたが幸せなら わたしも幸せ
そんな風に 言ってあげられたら
たぶん 優しさは伝わるだろう

すべての執着を捨ててしまえば
わたしを縛る鎖なんて どこにもないんだ
自分で光る人になれるかな?

あなたが居なくても きっと大丈夫
わたし ひとりで生きていきます
毎日 小さな幸せをひろい集めながら

心は 『 たゆたう 』想いを抱きしめて


「たぶん、わたしは自分を生きているんじゃなくて……みんなに好かれる自分を演じているだけかもしれない」
「みんなそうさ」
にべもなく僕がいうと、彼女は苦しそうに、
「自分は創作することで、心の不安を吐露して、なんとか精神のバランスを保っている」
「…………」
「他の人には当たり前のことでも、自分には苦しい……生きてることが苦しい」
「生きることは戦いなんだよ!」
なんで見ず知らずの男にそんなコアな話をしてるんだ? 雨のように湿気を含んだ言葉が部屋の空気を重くしていく――。
「わたしは死ぬのが怖くて……ただ死ねない弱さで生きてるだけです」
どんどんネガティブなことを言い出す彼女には、うんざりだ。

鬱陶しいのでベッドに引きずり込んで黙らせる。
セックスの後、背中を向けて寝ている僕に……。
「愛してる? ねぇ、愛してるの?」
と、彼女が訊く。
「…………」
寝たふりをして黙っていると、
「愛してるなら……いつか殺してね」
そういって、ふふふっと笑う。
「バカ……」
僕はあきれて心の中で呟く、
所詮( 愛なんてただの幻想)いつになったらこの雨は止むんだろう?

翌朝、目が覚めたら彼女はいなくなっていた。
窓の外を見ると、降り続いた雨もようやく止んで太陽から薄日が差している。
テーブルの上に白いUSBメモリが残されていた。
忘れていったのか? 置いていったのか? どっちか分からないが……。
詩を読まない僕には、そのUSBメモリは興味がない。

彼女は『 帰るべきところへ 』帰っていったのだろうか?
もしかして、今も『 存在の意味 』とやらを探して……。
心の雨の中を、ひとり彷徨っているのかもしれない。


  【 evolution 】

生きてる意味を知るために
確かなものを探していた
信じたい言葉があった

『 愛 』 『 希望 』 『 約束 』

だけど分かっているんだ
そんなものを信じるから 
いつも傷つくんだってことを

わたしは何かにすがっていた
それは誰かの優しさだった
そして誰かの犠牲だった

輪郭のない憂鬱
強い言葉に脅えた
『 依存 』は やがて破滅へ

わたしを縛っていたのは
その弱い心なんだと気づいて
苦い思いを噛み砕いた

そんな自分はもういらない
今なら走りだせそうな気がした
迷いの中で見つけるんだ

いろんなものを捨てていく
いろんなことを忘れていく
いろんな壁を乗り越えて

少しずつ変化していこう
あらゆるものを吸収して
揺るぎない自分へと進化する

         ― evolution ―

それは 過去の自分を壊すこと
そして 新しい自分を創り始めること






   第四話 時空の魔女

久しぶりに朝から雨が降っている。
キッチンでひとり分のコーヒーを淹れながら、僕はなんとなく……。
あの雨の日に拾った女のことを思い出していた。
彼女は僕と、雨の三日間だけ暮らし、そして雨が上がり、傘をたたむように消えてしまった。
テーブルの隅っこには彼女が忘れていった? USBメモリがぽつんと残されている。
「取りにくるのかな?」
熱いコーヒーをすすりながらひと口飲む。なんだか、やけに切ない味がした。

変な女だが、なぜか気になる。
名前さえ知らない、僕が訊いても彼女は教えてくれなかった。
「自分で付けたものではないのに、名前になんの意味があるの?」
彼女はいきなり切り口上でいった。
「だけど……名前は必要だろう」
「わたしの名前を聴いた瞬間から、あなたの中でわたしのイメージは固定されてしまう、だから教えたくない」
「変なこだわりだね」
そんなことにムキになる彼女が可笑しかった。
「ええ、つまらないことに、こだわるのがわたしのこだわり!」

そういうと彼女はパソコンを開いて、僕に詩を読ませた。


  【 メビウスの輪 】

 メビウスの輪 
   始まりも 終わりもない
     時はループして 無限となる

 愛することも 生きることも
   この世は 何もかも笑える
     追っているのは 幻想にすぎない

 しょせん 人は独り
   そう 完璧に孤独だから
     ニヒリストは 絶対に泣かない

 メビウスの輪 
   喜びもない 悲しみもない
     時空の魔女 年齢は∞なのさ





「時空の魔女かぁー、やっぱしナルシストだな」
彼女の書いた中二病みたいな詩を思い出し、くすっと笑う。

降り止まない雨のせいで、彼女のことをぼんやり考えている僕。
窓の外で雨音がする。

ポツ ポツ ポツ ポツ ポツ……

窓ガラスに雨粒が落ちて、涙のように零れていく……。
なんだか人恋しい。

ポツ ポツ ポツ ポツ ポツ……

規則正しくリズミカルな音だなぁー
あぁ、いつの間にかコーヒー冷めちゃった。

コツ コツ コツ……

耳を澄ますと、ドアを叩く音が混じっている。
あれれ、誰だろう?

ワンルームの僕の部屋は玄関まで一直線だ、ドアチェーンを付けたまま細めにドアを開く。
「はい、どなた?」
「忘れ物を取りにきたの……」
ドアの外に、自称詩人の女が立っていた。



   第五話 いちご


「いちご」
いきなりスーパーの袋に入った、いちごを僕の目の前に突き出した。
「一緒に食べよう!」
彼女は僕にドアチェーンを外させ、さっさと部屋の中に上がってきた。そのままキッチンのシンクでいちごを洗うと、お皿に盛ってテーブルの上にどんと置いた。
茫然と僕は見ていた、相変わらず突拍子もない女だなぁー。

「ビタミンCが不足してるって……」
「そうかなぁー」
「ひとり暮らしだと野菜とか食べてないでしょう?」
「……あんまり食べない」
「いちご、いっぱい食べて」
「うん」
よく熟れた真っ赤ないちご、ひと粒食べると甘かった。
「甘いね!」
「うんうん、美味しいか?」
彼女は母親のような目で、いちごを食べる僕を見ている。
「ねぇキスしようよ」
彼女は真っ赤ないちごを唇に咥えて僕の唇に押しあてた、いちごを半分かじると、ふたりはいちご味のキスをした。
そのままギュッと抱き合った、肌から伝わる温もりと鼓動が優しい気持ちにさせる。僕は雨の匂いと彼女の香りを吸い込んだ。


  【 いちご 】

頬をなでる風が なま温くなって
どこからか 春の香りを運んできた

ガラス皿に盛った いちごは 
はち切れんばかりの 真っ赤!

嬉しくなって お口に放り込んだら
いちご酸っぱくて 切なくなった……
 
  『 声が聞きたくて 携帯にぎって
       眠った夜もある
   伝わらない想いに 灯り消して
       泣いた夜もある 』

愛してくれない人を 想いつづけるのは
苦しくて 惨めなだけなのに……

どうして わたしじゃダメなんだろう?
お口の中でいちごが 涙の味に変わっていく

弱い自分を叱りつけ 無理やり笑った
わたしの恋はいちご味 甘くて酸っぱい





白いシーツの海で、僕らは魚になって時を忘れて泳いでいた。
彼女は何度も快楽に身をゆだね、「あなたが気にいった……」という。やはり男と女には身体の相性も大事なんだ。
結婚指輪をしている彼女に「家、大丈夫?」と訊くと、「夫は出張で二、三日帰らないから平気……」と答えた。
僕は不思議と彼女の夫に対して嫉妬とか罪悪感とかそんなものを感じなかった。それは彼女に対して曖昧な感情しか持っていないせいだと思う。
人恋しさで彼女を抱いただけ、女だからセックスした、ただ、それだけのこと。
……いうなればセフレみたいな(これは恋愛ではないんだ)いい訳として僕はそう思うことにしている。

「ねぇ、わたしが傍にいると嬉しい?」
「うん……」
ベッドの中で僕の身体に絡みつくように抱きついてくる彼女の肢体。
「こうしてると寂しくないから……?」
「たぶん……」
「それって、愛じゃないよね?」
「どうかなぁー、よく分からない……」
彼女の問いかけに曖昧に逃げる、僕はそこまで深く考えたくないんだ。愛とか……そういう面倒臭い感情は要らないから。
「わたしは……抱かれた男は愛してると思う」
ひとり言のように呟く彼女の声に、目を瞑り聴こえないふりをした。


   人を愛することは
   孤独からの逃避ではなく
   さらに、さらに深く
   孤独の意味を知ること


即興で作った詩なのか? 彼女が呪文のように唱えた。
セックスは温め合うことであって、真に分かり合えたことではない。
愛することと理解し合うことを混同してはいけない。


  【 屍の海 】

空を見上げる
あなたの隣で
わたしは
深い海に沈んでいく

夢を語る
あなたの声を聴きながら
止めどなく
涙を流している

相容れない
対極の感情がある

二分化した心は
天秤の針のように
揺れて 揺れて……
あてどない

愛することで
人を傷つけてしまう
いつも そう

この掌は血まみれ
何度も 何度も……
屍をのり越えてきた

自虐のナイフで
切り刻んだ
わたしの躯を

二度と
浮き上がれないように
屍の海に投げ込んでしまえ


イラストレーターの僕はアパートで細々と絵を描いて暮らしている。
美大を卒業して、広告会社に就職したが人間関係が煩わしく、独立して七年くらいになる。今は出版社から依頼された雑誌のイラストやカット、スーパーのちらしのポップなども描いている。
まあ、収入は不安定だけど、なんとか食べていけてる。

僕が仕事をしていると、彼女がシリアルをサラダボールに入れて牛乳を注ぎもってきた。
「ねぇ、食べる?」
「仕事中だから要らない」
そういうと、「じゃあ、わたしが食べる」とムシャムシャ食べだした。よくそんなものが喰えると感心する。
なんだか、それは……食事というより餌という感じがするんだ。

「イラストレーターって儲かるの?」
ふいに彼女が訊いてきた。
「……あんまり儲からない」
「じゃあ、なんでやってるの?」
「他に出来ることないから……」
「わたしも詩しか書けない」
「好きなことやっているんだから贅沢はいえないさ」
「そうね、けど無からモノを創りだすのって凄いことなのよ」
「そうだね」
「わたし頭の中には小さな泉があるの、そこからきれい言葉が湧き出してくるんだから」
いい大人が無邪気なことを言ってる、可愛いのか? バカなのか?
だけど、僕と彼女の唯一の共通点は『 創作する人 』ってことくらいかな?





  【 翼 】

大空に心を飛ばそう
美しいコトバを追いかけて
風船のようにふわふわ漂いながら
心の中に綺麗な模様を描く
それは私だけのオリジナル
私には 『 創作 』という翼がある

誰にも理解されなくて傷ついたことも
ひどい誹りに涙を流したこともある

『 正しさ 』は数の力だろうが
『 真実 』はひとりでも証明できる
ほんの小さなため息で
心の翼は萎れてしまうから
自分 もっと強くなれ!
私には『 創作 』という夢がある




 




あきゅろす。
[管理]

無料HPエムペ!