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  rain,woman and me... 

切ない大人のラブストーリー

この作品は「雨と彼女と僕と……」の続編として書きおろしました。

この二人の切ない恋模様に、泡沫恋歌なりに決着を付けたかったのです。

(表紙は無料フリー素材からお借りしています)


   初稿 趣味人倶楽部・創作広場 2010年10頃
   カクヨム投稿 2019/01/02 文字数 37,725文字文字








雨の日に女をひとり拾った。

若くもない、取り立てて美人ではないが

心映えの美しい、そんな女だから。




   第一話 愛の言霊


彼女は雨の日になると、時々アパートにやって来て『 僕の女 』になってくれる。
いつも小型のパソコンを持ち歩き、白いUSBメモリには魂が封じ籠められているという、そんな彼女は自称詩人である。
その彼女が来なくなって、たぶんひと月は経つだろうか? 
退屈だが平凡な日常を繰り返している――僕。

一週間ほど前になるが、彼女を見かけた。
僕らの住む町にある大型ショッピングモール内のスーパーマーケット、彼女はショッピングカートを押して、たぶん夫とおぼしき人物と買い物をしていた。
ふたりはおしゃべりしながら、次々と食材をカートに放り込んでいく。どこにでもいるような平凡な夫婦の買い物風景だった。
偶然、見かけた僕だったが……彼女の夫婦仲睦ましい姿を見ても、その夫(後ろ姿しか知らない)に対して、嫉妬心とか湧かない。彼女を独占したいとか、そういう気持ちはあまりないからだ。
ただ、僕のアパート以外での彼女の現実生活(リアル)を見てしまい、戸惑ったことは確かである。

その日は雨ではないけれど、久しぶりに彼女が僕のアパートを訪れた。
トントントン……と、遠慮がちにノックする音がして、開けてみたら彼女が立っていた。
薄手のジャケットとジーンズの彼女は、ふらりと近所へ買い物に行くような普段着姿だった。
「久しぶり」
「うん、元気だった?」
久しぶりに見た彼女は、恥ずかしそうに薄く笑った。
「あがんなよ」
「うん……」
少し緊張した面持ちで、彼女は部屋に上がってきた。
思えば……あの日の夕暮れ、携帯の呼び出しで急いで帰っていった以来だった。――もうずいぶんと昔のような気がしてならない。

キッチンテーブルの椅子に彼女が座り、僕はインスタントコーヒーを淹れてやる。
猫舌の彼女のために牛乳で薄めた生温いコーヒーだが、それを美味しそうにひと口飲んで、
「長いこと来られなくて、ごめんね」
と、僕に詫びた。
「いいよ」
僕らはお互いを縛る関係ではないんだから。
「鬱で外出できなかったから……」
えっ、今、彼女が嘘をついた? 
先日、スーパーで旦那と仲睦まじく買い物してたじゃないか? 僕は喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。
彼女には彼女の事情があるのだろう。それを無理してまで逢いに来てくれとは言えないし、そんな権利は僕にはない。
ただ、そんな底の浅い嘘をつかれたことに対して、少しばかりプライドが傷ついたことも確かだ。
それ以上の会話の虚しさに……僕は彼女を引きよせキスをした。彼女も舌を絡ませて僕のキスに応えてくれる。

男と女は言葉を使わなくてもコミュニーケーションする術(すべ)があるから――。


  【 白夜 】

恋人よ
その唇に
甘き吐息を重ねよう

永遠の時は
数えられないけど
砂時計は刹那を刻む

明けない夜
ふたり魚になって
白い川を泳いでいく

愛染の
罪は深まりつつ
快楽は心を失くす

もう何処にも
逃げ場などない
針一本の隙間さえない

白い夜
ふたり重なり合って
波に揺られ溶けていく





「逢いたかった……」
小さな声で彼女が呟いた。
彼女の中に果てて、繋がったまま覆いかぶさって、ぐったりしている僕の耳元で……。
もしも、それが本心から出た言葉ならば、涙がでるほど嬉しいと思った。彼女が僕をどう思っているのかなんて、今まで真剣に考えたこともなかったが……。
彼女の「逢いたかった……」そのひと言で、実は自分も逢いたかったのだと思い知らされた。
ただセックスの関係だけではなく、肌が触れ合う温かさ、優しさ、愛おしさ――この時を僕だって渇望していたのだ。
「逢いたかった……」それは彼女が放った愛の言霊だった。


  【 愛の言霊 】

沈みゆく夕陽の
叫びにも似た紅緋色
世界を燃やし尽くすように染めていく

心の渇望は際限なく
乾いた土が水を欲しがるように
あなたの言葉に耳を傾ける

わたしの葛藤は……
ざわめく言霊たちが交差する
未完成な箱庭の中にあって
小さな隙間には
希望が封じ込められている

あなたの差し出すパレットには
様々な色が塗り込まれていて
わたしの心に触れて
また新しい色に変わる

言霊はわたしの躯を廻り
群青の空へと解き放つ
紅緋色の胸『 愛の言霊 』を抱く巫女






   第二話 憂鬱な彼女


「ねぇ、今夜泊っていってもいい?」
ベッドから起きて、のろのろと帰る支度をしていたが、ふいにそんなこと言いだした。
「別に……いいけど」
なぜか、いつもと少し様子の違う彼女が気になっていた。
「どうしたの? なにかあった?」
僕の問いかけに手を止めて、しょんぼりと俯いている。
「どうしたのさ、元気ないじゃん」
「……うん」
「話してみなよ」
「…………」
「なにがあった?」
「なにもかも嫌になった……死にたい!」
いきなり、そんなことを叫ぶと両手で顔覆って、わっと泣きだした。
抑えていた感情が噴出して、子どもみたいに声を上げて泣きだす。その状況に僕は驚き、戸惑っている。
少し落ち着くのを待ってから、僕は話を聞いてやることにした。


  【 虚無(うろ) 】

迷子のように いつも迷っている
遠くばかり見ていて 足元に落ちている
未来の地図を いつまでも拾えない

自分の甘さは分かっている
自分のズルさも分かっている
誰かにすがらないと
生きてゆけない 弱さも分かっている

『 何故 自分を愛せないのだろう? 』
ハリボテの頭で いつも考えている
幾度失敗しても それを学習できない
イビツで壊れたわたしは とても不安定

いつも消しゴムで こんな自分を消したい
衝動を抑えてる 自分の存在に価値なんかない
『 ダメな人間! 』
自分で貼ったレッテルが 心地よくて剥がせない

いつも自分を救う 術(すべ)を探してる
わたしの心の 虚無(うろ)には
誰の声も きっと届かない……


   


ひとしきり泣いたら、すっきりしたのか、ようやく喋り出した。
「けんかして……飛びだした……」
「旦那と?」
「……うん」
「そっかぁー」そんなことだろうと思った。
彼女は普段着だったし、いつもの小型パソコンは持ってきてないし……。
ここに来た時からテンション低かったから、なんかヘンだとは思っていたが――やはりそういうことか。
僕から「話してみなよ」と言った手前仕方ない、今から夫婦げんかについて聞かされるのかと思うと、うんざりする。
「夫がぶった……」
「そう、大丈夫?」
「うん、それは大したことないけど……心が傷ついた」
「まぁー、暴力は良くないけど、たぶん相手も反省しているかもしれないから、今日のところは帰った方がいいよ」
こともなげに僕が言うと、
「……冷たいのね」
恨みっぽい目で僕を見て、彼女がそう呟いた。

出来るだけ平静を装った僕の言い方が、彼女にはひどく冷淡に聴こえたようだが……じゃあ、どうしろというんだ? この問題(夫婦げんか)に僕が首を突っ込んだら、ややこしくなるのはそっちの方だろう?
さっきの情事の後、彼女に、「逢いたかった……」と言われて、一瞬、とても幸せな気分なった能天気な僕だったが……単なる『 夫婦げんかの避難場所 』にされたことについて、僕だって傷ついているんだ。
彼女のくすり指を見る度、胸がちくりと痛む、どうせ僕のものにはならない。そんなことは分かってる、二人の関係がバレなければ誰も傷つかなくて済む、こんな状況での外泊はまずいだろう。
夜は長い。僕だって本当は帰したくないんだ。


  【 月下美人 】

漆黒の闇の夜
天上には燦燦と月は輝く
夜の華 月下美人は
月に焦がれて
艶やかな花弁で
ひと夜の恋に堕ちる

たとえ許されない恋でも
心に嘘はつけない
愛すれば愛するほどに
この恋は苦しみに変る
今宵 苦い『 罪の杯 』を
ひと思いに煽ってしまおう

どんなに間違っていても 構わない!
たとえ狂ってると言われても 構わない!
すべてを壊してしまっても 構わない!

あなたに 愛するあなたに
触れていたい
愛を感じていたい
それだけが生きる望みだから
儚き華 月下美人よ
その哀しみをわたしは知る






   第三話 愛の賞味期限


まあ、落ち着いてから家に帰った方がいいと思うので、もう少しだけ彼女の話を聞いてやることにした。
「夫はわたしを家の中にある家具くらいにしか思っていない。そうテーブルや椅子みたいに……ないと不便、ないと体裁が悪いから、だから置いているだけ……」
「それでも必要とされているなら、それで良いじゃないか」
「わたしは家具じゃないわ!」
「…………」
「いつだって夫は、わたしの心を見ようとはしない。いつも知らんふり、わざと無視して……もう諦めているけれど、一緒に暮らしていてもお互いに分かり合えない。孤独で不安な毎日がいつまで続くんだろう。もう疲れたの、こんな虚しい結婚生活に……」
夫への愚痴をぽつりぽつりと喋る彼女――。
夫婦げんかの原因をきちんと話さないから、どちらが正しいのか、判断が出来ずに僕は困っていた。
相変わらず、論点の反れたことしか言わない女だから、夫という人の苛立ちも分からなくはないか。

   人って 悲しいね
   嫌なことでも
   諦めてしまえば 慣れてくる
   そうやって 心が死んでいく
   空っぽの心が泣いている
   生きるって 悲しいね

「――そんな不満ばかり言っても仕方ないよ。お互いに歩み寄らなければ……一緒には暮らしていけないだろう」
「……うん」
納得できない顔で彼女が頷く。
「夫の庇護の元で暮らしてる専業主婦なんだし、ちょっとは我慢したら……」
「わたしは夫の所有物じゃないわ!」
「いや、そういう意味じゃない」
「心があるのよ、今の生活には心の居場所がないの」
自分ひとりが不満みたいに彼女はいうが……先日の仲睦ましい買い物風景を思い出しても、そんな悲惨な結婚生活を送っているようには見えなかった。
すぐに女は自分だけが被害者みたいな顔をしたがる。

「……じゃあ、君はどうして夫を裏切っても平気なのさ?」
僕の問いかけに彼女は一瞬、はっと息を呑み瞳を強張らせた。
「心を踏みにじっているのはお互いさまじゃないか、君ら夫婦は……」
ずいぶん意地の悪い言い方を僕はしている、分かっていてわざと言ってしまった。
「……そうね。わたしも悪いことは分っています」
怒り出すかと思ったら、素直に自分の非を認めたので拍子抜けしてしまったが、言うて、この僕も共犯者である。

左の薬指の指輪をいじりながら、ぽつりと彼女がヘンなことを言いだした。
「愛にも賞味期限ってあるのかなぁー?」


  【 賞味期限 】

冷めてしまったスープを 温めなおしても
出来立ての あの美味しさが戻らないように
冷めてしまった愛は 心が凍えるだけ

賞味期限切れの愛を捨てられない わたしは
イライラをつのらせて 相手を攻撃する
あら探し 皮肉 嫌味 言葉のナイフを振りかざす

優しさが切れた愛は もはや凶器なのだ
冷めたスープも 賞味期限切れの愛も……
捨ててしまうしか ないのだろうか?


再び、ベッドに横たわり、なかなか帰ろうとしない彼女に少し苛立ってくる。
「自分の存在を愛しんでくれる人と暮らすのが……それが愛だと思う」
「どうして愛ばかり欲しがるのさ」
僕にとって『 愛 』という言葉は口にする度、ほろ苦い。
「愛は生きていくための栄養、それがないと心が痩せてゆく」
「君は欲張りなんだよ」
「違うわ。ささやかな願望よ……愛のない人生なんか……わたし、生きてる意味がない」
彼女は吐き出すように呟いた。
「そういう君は誰かを真剣に愛したことがあるのか? 僕はある。その結果、愛が信じられなくなった」
もう顔も忘れてしまったが、部屋を出ていく女の後ろ姿だけがこの目に焼き付いている。
「わたしは、ただ……」
「……ただ?」
「ちゃんと女として愛されたいだけなの!」


  【 イヴ 】

わたしのナーヴァスをあなたは知らない
胸の奥に巣食う腫瘍から
躯中に毒が廻る
身悶えするような熱情が
不完全なわたしに火を放つ

赫い林檎を食べた日から
この身に孕んだ
情欲という炎の架刑
それは愛だと思っていた
それを愛だと信じていたのに……

女の肌に纏わりついたのは
一匹の毒蛇だった
誰のものにもならないわ
心を縛る鎖なんかいらない
自由に生きる


   ― わたしはイヴ
    『 おんな 』という女 ―
   




「もう帰りなよ。旦那も、今頃はきっと心配しているさ」
優しく肩を抱いて、言い聞かせたつもりだったのに、突然、僕の手を振り払って彼女は激昂した。
「分かったわよ! 迷惑だったら帰るからっ!」
「迷惑なんて言ってない! 今日のところは帰った方がいいと言ってるんだ!」
いきなり枕が飛んでくる。
「冷たい人ね! 女をセックスの道具だとしか思ってないの!?」
さすがに、その言葉にはブチ切れた!
「ああ、そうだと言ったらどうなのさ? 愛なんか信じるものか! 僕のところを夫婦げんかの避難場所に使わないでくれっ!」
強い口調できっぱりと言った。
「…………」
その言葉に彼女は沈黙し、僕は机に向かって仕事を始めるフリをした。
「ごめんなさい」
消えそうな震える声で謝った。
しょんぼり項垂れて……泣いた顔を洗面所で流してから、帰る支度をすると、黙って僕の部屋から立ち去った。

――その後、僕も項垂れて……。優しくない自分 に自己嫌悪していた。
あんな風に帰っていった彼女は、傷ついて、もう二度と僕の部屋には来ないだろう。嘘でもいいから優しいフリをしてやれば良かった。
しょせん彼女にとって僕はセフレ以上、それ以下でもない。
いつだって本音で物を言う僕は冷たい人間かもしれない。『 夫婦げんかの避難場所 』それでも……ひと時の優しさを求めて、僕のところに逃げ込んてきた彼女に、ひどい言葉を浴びせて、帰らせるべきではなかった。
ああ、僕という人間はなんて薄情者なんだ。


  【 針金の未来 】

針金の先端の尖った針が
心に突き刺さって血を流す
薄い膜に覆われた半透明の未来
触れると壊れそうで怖い

漠然と広がる未来は
わたしをいつも不安にさせる

指先に沁み込んだ漂白剤のにおい
こんなもので何も消せやしない
やじろ兵衛のバランスは
微妙な沈黙で保たれている

心はゆらゆら揺れながら
心地よいバランスを探している

進むのが未来なら止まっている
今も未来の断片なんだろうか
誰も知らない未知のステージ
未来は針金のように曲げられる

『 針金の未来 』 まだ構築されていない
その隙間を夢で埋めていくんだ

I demand it!
The future to hope sometime is made

いつか 希望する未来が創られる






   第四話 猫になりたい


僕らの町には『 猫公園 』と呼ばれる緑地公園がある。
飼い主に捨てられた猫や野良として生まれた猫たちが餌場として集まってくる場所だ。
ボランティアの人たちが野良猫の避妊手術や生まれたばかりの仔猫の飼い主を探したりしている。通常二十、三十匹の猫たちがこの公園で餌を貰い、日向ぼっこしている。
野良猫たちに餌を与えることに関して、世間ではいろいろと賛否両論があるようだが……僕はそんなことまで言及しようとは思わない。
野良猫たちも生きている、同じ地球の生き物じゃないか? なぜ全て人間本位の価値観で彼らを邪魔者扱いしようとする。いつから人間は神さまより偉くなったんだい?
無責任かもしれないが、ただ猫が好きだから、ベンチに座って彼らの日常を眺めていたいだけなんだ。
煮干しの袋を持っていると、足元に五、六匹猫が集まってくる。もちろんお目当ては僕じゃなくて、煮干しの方だけどね。
黒やら白やらトラやら……ばら撒いた煮干しを猫たちが夢中で食べている。
「こいつらも生きてるんだなぁー」


  【 野良猫 】

猫のような男に恋をした 
自由で気まぐれ屋さん
ぷいと何処かにいなくなって 
いつもわたしを心配させる
まるで 野良猫みたいな男なんだ

ふいに帰って来て 泣いているわたしに
『 君がいないと 呼吸が出来ないんだ 』 なんて
ころし文句で わたしをメロメロにさせる

『 俺は優しくないよ 』って言ったよね
優しくなんかなくていい 
わたしの元に帰って来てくれるなら

暖かいミルクと寝床を用意して 
いつも待っているから
わたしが愛することを止めれば
それだけで終わってしまいそうな 
儚い恋だけど……
あなたがわたしに贈ってくれた 
詩だけは宝物だよ

こんな寂しい想いはしたくないから
今度 野良猫が帰ってきたら 
首に赤いリボンをつけて
銀のゲージに閉じ込めて 
鍵を掛けてしまおう

その鍵はわたしの胸の奥に 
そっとしまっておくよ





「あらー!」背中から素っ頓狂な声がした。振り向くとなぜか、そこに彼女が立っていた。
「おっ?」
「どうして、ここにいるのよ?」
「猫に餌やってた……」
「わたしも猫に餌やりにきたの」
そういって彼女は僕の隣に座り、スーパーの袋から猫缶を取り出した。フタを開けると紙皿の上に盛ってから猫たちに与えた。猫たちはすぐさまに猫缶に群がり食べ始めた。もう僕の煮干しなんか振り向きもしない。
「そっちの方が人気あるね」
「ふっふっふっ」
得意気に彼女が笑う。
そう言えば、彼女は猫好きだが旦那が潔癖症で家ではペットを飼わせてくれないと嘆いていたっけ。それで『 猫公園 』に来て猫たちに餌をやっているのか。
「わたし、猫の人に媚びない自由さが好き」
「猫は気ままだから……」
「猫になりたい」
「どうして?」
「人間やめたいから……」
「あははっ」
相変わらず、妄想じみたことをいう女だ。

   わたしに首輪は付けられない
   さぁ 捕まえてごらん
   ひらりと身をかわす
   軽やかに逃げていく

   わたしの心は誰も縛れない
   束縛を嫌う猫だから
   たとえ傷ついても
   自分の信じる道をいく

いくら猫になりたいと望んでみても、しょせん人間だから自由になんて生きられない。
彼女を縛っている首輪が『 結婚生活 』という約束された怠惰な日常かも知れないが……それによって守られている部分があるはずなんだ。
無邪気な目で猫たちの姿を追っている彼女に――気になっていたので、先日のことを何気なく訊ねてみた。
「あれから、どう?」
「……うん」
「仲直りした?」
「テキトー」
彼女は曖昧に笑う。テキトーって? なにそれ?
どこか投げやりな言葉に絶望感が滲んでいた。思い通りにならない人生に辟易して、諦めることで折り合いをつけようとしている彼女の姿。
苦悩と対峙するより、何も感じないでいようとしているのかもしれない。

――みんな思い通りになんか生きられない。
なんてことを言ったところで彼女は納得しないだろう、詩人の彼女は自分の感情論でしか世の中を見ようとしない。
いつまで経っても子どもみたい、ピュアな心で生きている。
彼女の『 結婚生活 』について、部外者の僕がとやかく言える立場ではないし、この問題に口を挟めば僕にも責任が生じるのは分かっているから……これ以上は訊くのは止めた。
しょせん僕はずるい人間だから……。

「猫って、なにを考えてるんだろう?」
「……さぁー、餌のこととテリトリーのことかな?」
「夢とか見るのかなぁー?」
「どうだろう? 猫に訊いてみないと分からない」
「猫になって猫の夢を覗いてみたいなぁー」
いい年こいて、頭の中がメルヘンおばさんの彼女、君の頭の中を覗いてみたいと僕は思う。
『 猫公園 』の猫たちは、いつも餌を貰っているので栄養状態がとても良い。肥っていて毛艶もきれいだ。満腹になった猫たちは毛つくろいを始めた、前脚をペロペロして耳の後ろを毛つくろっている。
明日は雨になるのかなぁー。


  【 野良猫 U 】

猫を飼う夢をみた
その猫は黒い毛並みで 眼はブルー
艶やかな野生の猫だった 

恋に積極的なあたしは
いつもフライング 膝小僧から血を流し
その度に 天を仰いで涙をぬぐった

ねぇ あなたのこと聞かせて
何でも知りたいの 声・言葉・癖
ぜんぶ飲み込んで わたしの細胞にする

もう一度 猫を捕まえたくなった
あたしはハンター 今度は逃がさないから
あなたとなら また響きあえるよね

時が来れば 『 あなたの元に行きます 』
メールの文字が嬉しくて 心が弾んだ
きっと 今度こそ野良猫を飼い慣らしてみせる






   第五話 金木犀の風


   金木犀の風
   甘き香に心酔い
   ふと立ち止まり
   懐かしき人を想う
   夕暮れの街角





――街に金木犀の風が吹く季節になった。
夏の終わりに『 猫公園 』で偶然彼女と出会ってからひと月は経つだろうか、あれから彼女は何も言って来ないし、たぶん旦那とまた上手くいっているんだろうと思っている。
あの日、『 猫公園 』で彼女と取り留めない話をしただけで別れたが……彼女を僕の部屋に誘いたい下心があったけど、普段着の彼女を拉致する勇気が僕にはなかった。
彼女は彼女の日常に帰っていく、その不文律を僕の欲望で壊すことなんかできない。
僕らの関係はとてもデリケート、微妙なバランスで保たれているのだから……。


  【 綱渡り 】

わたしの中で 
オンナが疼く
あなたに
逢いたい 逢いたい
この激しい衝動を 
抑えられない

優しいあの人の 
背中に嘘をつき
そっと部屋を出て 
足早に向かう
あなたが待つ 
その場所へ

優しいあの人は 
大事な人
逢いたいあなたは 
恋しい人
どちらの愛も
捨てられない 

人を傷つけても 
愛を乞う
わたしは罪深い
オンナだけど
ここまで来て 
後戻りは出来ない

この危険な
バランスゲーム
いつか崩れて 
すべて失うだろう
その覚悟を胸に 
愛の綱渡り


彼女のことは『 女 』として愛おしい。
だけど、彼女の人生を背負い込む勇気は今のところ僕にはない――。自分のことで精一杯で彼女を支えてあげられるだけの余裕がないんだ。『 愛している 』という言葉に伴う責任から、ずっと逃げている。
愛なんか信じない、そう思って自分の感情を押し殺してきた。
これからだって、そのスタンスを変える気はないけど……。

それでも、雨が降ったりすると彼女のことをぼんやり考えたりもする。来ないかなぁーと、心の片隅で期待してしまう。
いつの頃からか、心の中で彼女の存在が大きくなった。
お互いを縛らない自由な関係は、相手を縛れない寂しさがある。
今頃どうしてるのかな? 無邪気で危なっかしい女、そんな彼女に逢いたくなる。
逢いたいと思うほど、寂しさが募るばかり……。


  【 痛い 】

1日のうち1分でも
あなたはわたしを
想ってくれているかしら?

わたしは1日のうち
1秒としてあなたを
忘れたことはない!

そんなことを……
考えなければよかった
みじめで悲しくなった

そんな自分が痛い!






   第六話 逃避行


朝のまどろみの中、ベッドで惰眠を貪る僕の耳に、ドンドンドン……と乱暴にドアを叩く音が聴こえてきた。
「誰だよ……」
ベッドの脇に置いた携帯の時計を見ると、まだ七時前だ……。
「冗談じゃないぜぇー」
イラストレーターの僕は完全な夜型人間である。
朝は十時より早く起きたことがない、こんな僕になんという乱入者! 憤慨しながらドアを乱暴に開けて怒鳴った。
「誰だっ!?」
「わ・た・し」
満面の笑顔で彼女が立っていた。
「嘘だろう、何でこんな朝早くから……」
ぶつぶつ言いながら、彼女を部屋に通した。

低血圧のため、朝は元気が出ない僕……。
今朝は彼女にコーヒーを淹れて貰う。僕は熱いブラックコーヒー、彼女はいつもの薄温い牛乳割りのヘンテコなコーヒー。
「ねぇーねぇー、あのさぁー」
「なんだよ!」
いきなり朝早く起こされて不機嫌な僕はブスッとした顔で応える。そんな僕の態度を気にする風もなく、彼女はやたら楽しそうだった。
「一緒に旅に出よう!」
「えぇーっ!」
飲んでいたコーヒーを思わず噴きそうになった。彼女はいつだって突拍子もない。
「あのさ――温泉に行こうよ」
「急になんだよ」
「温泉いきたい! 温泉いきたい!」
「……温泉かぁー」
彼女の口から何度も発せられた『 温泉 』という言葉に少しそそられる。ふたりで旅行もいいかもしれない。
「うん。それでどこへ行く?」
「あのねぇー、山奥に『 ランプの宿 』っていうのがあるんだって。そこへ行ってみたいの」
うきうきした顔で彼女がいう。
どうした訳か――今日の彼女はテンションが高め。こんな楽しそうな彼女を見るのは久しぶりかな?
まるで子どもが《遊びましょう》って、家に誘いにきたみたいだ。無邪気な彼女の態度に思わず笑みが零れる。
「よし、行こう!」
「わーい」
パソコンで『 ランプの宿 』を検索して、宿の予約と行き先の路線を調べてから、僕らは旅立った。

――それは、現実生活(リアル)からの逃避行だった。


  【 L et's try!】

ねぇ 深呼吸したら 風の色が変わったよ
眠っていた サナギが目覚め始めた 
わたしを揺り動かす うねるような焦燥感

何か 新しいモノを求めて 『 L et's try! 』
ここには もう留まってはいられない
広げた地図をたたんだら 旅立ちの準備

あのね あなたがそっと教えてくれた
秘密の暗号 今も心の中で解いているよ
優しかったあの人 ずっと忘れないから

だから みんなにバイバイって手を振るよ
たんぽぽの綿毛たち 一緒に連れて行って
小さな温もり抱きしめて わたし旅立つ


        『  求めよ、さらば与えられん。
           尋ねよ、さらば見出さん。
           門を叩け、さらば開かれん 。 』


                新訳聖書 「マタイによる福音書」より

主よ あなたの言葉を信じます!
わたしは その扉を何度も叩きます
何度でも 何度でも 『 L et's try! 』





僕らは幾つもの電車を乗り継いで、どんどん都会から遠ざかっていく――。行き着いた山奥の駅から一日三本しか出ないバスに乗り継いで、ついに目的の『 ランプの宿 』へ向かおうとしている。
バスの乗客は彼女と僕のふたりだけ、まるで貸切バスが僕らを遠い世界へ連れ去って行くようだ。

僕らはまるで逃亡者にでもなった気分だった!
渓谷沿いの険しい山道をバスはどんどん登っていく。ガードレールもなくタイヤがスリップしたら谷底へ真っ逆さま、舗装もされてない山道なのでバスは大きく左右に揺れる。遊園地の絶叫マシーンより、よっぽどスリルがある。
彼女は怖いのか? 僕に腕を絡めてぴったりと寄り添っている。
密着する彼女の肉体から女の匂いが立ちのぼって……劣情をそそられたが……そんな自分を抑えていた。
焦るな! この旅のあいだ、彼女は僕だけのものになる。











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