04



 隆春は、動けない僕を抱えたのだろうか。しかしすぐに酔いと行為後のだるさに力尽きたのだろう。ベッドの上に僕と自分の体を放り出すように雑に投げ捨て、すぐに寝息を立て始めた。

 僕は蝉の抜け殻になったみたいに、じっとしていた。ただ、隆春の手は、そのまま、僕の体にすこしだけ触れたままだった。

 渾身の、あるだけの力を振り絞れば、こんなことにはならなかった。すこしのいたずらで終わり、おまけに体のいい酔っ払いは起きれば全てを忘れているはずだった。


(限界……だよ、な)


 体は、驚くほどだるい。

 それはきっと、起きた隆春も気づくはずだ。そして、そのだるさが酔いから来るものでえはないことも検討がつくだろう。思い出すことはないのかもしれないが、だれかとヤったっけな、くらいは思うだろう。


(セックスの後に泣くって、どんな悲恋ドラマだよ)


 声ひとつあげなかった。それなのに、隆春の匂いが染みついたシーツには、ぽたぽたと涙が伝った。体が震えた。きっと、僕は今日、大切なものを失ってしまったのだ。

 隆春の匂いが、つんと鼻につく。まるでやさしく抱きしめられているみたいな、気味の悪い想像を掻き立てるベッドだ。

 すぐにでもどきたいのに、体が言うことをきかなかった。


(もうやめよう)


 友達でいるのが限界なんて、なにも知らない隆春は怒るだろうか。それともいつもみたいにヘラヘラ笑って、今度こそ僕から離れていくだろうか。

 それでもいい。どっちでもいい。体を繋げたのをバレるのよりも、ずっといい。

 薄明るくなった空を見上げると、まだだるい体を動かして、そろそろと起き上がる。隆春の方は、見なかった。部屋の玄関まで行き、散らばった服を、ふらふらとした足取りで身につけていく。しわしわで、始発の電車に乗るのにぴったりな見事なまでの朝帰り仕様である。

 玄関は随分とまあ、激しく行為の跡が残っているが、もうどうでもいいや。それくらい片付けてもらおう。腕時計を確認すると、そろそろ始発が動き出す頃だ。


(もう、あわない)


 おぼつかない足取りで靴を履きながら、ぼんやりと考える。……あえない。どんな顔して、なにも知らないふりしてあえるというのだろう。

 寝室から、わずかな布切れの音がした。気のせいだろうか。


「……っ」


 弾かれるようにして、勢いよく玄関を開けて、明るくなった外へ飛び出した。扉を閉めて走り出そうとして、息が詰まる。

 閉まった隆春の家の扉に背を預けるようにして、ずるずるとしゃがみこむ。


(くっそ……っばかはる……)


 さっきまで緩慢な動きだったにも関わらず急に勢いをつけすぎたせいか、すっかり忘れていた。立ち上がって外へ出た瞬間に、腿の内側をどろりとしたなにかが伝う感覚。

 両膝に顔を埋めた。


(動けない……)


 それがそのまま、なくしたくてもどうしようもない、未練みたいだなって、ぼんやりと考える。

 あいつ中に出したのか、とか、どんだけ出したんだ、とか怒る余裕もなく、脱力する。どうしようもない。


 あーほんと、ばかみたいにすきだ。

 ばかみたいな五年間だった。



 尻ポケットに入れたままの携帯が、そのとき突然振動したおかげで、また後ろにどろりとなにかが動くような気すらする。おずおずと開くと、見知った番号。昨日も「何限終わりよ? 飲みいこ」と開口一番にそんな言葉が飛び出してきたような、それ。

 逡巡しているうちに、諦めたのか、振動が止んだ。着信一件。その知らせがホーム画面に表示されるのを待たずに、また同じ番号からの着信。

 だれも見ていないのをいいことに、震える手を構わずに電話を取る。おもむろに耳に当てて、なに、といつもみたいに不機嫌に言った。


『砂月? 今どこ?』

「今……い、えだけど。起こすなよ」


 スマホを持っていない方の手で、心臓をぎゅっと握りしめる。


「おまえこそ今家なの? 昨日酔っ払って隣の席の女の子たちと仲良くなったじゃん。どっちかの子と、一緒にいるんじゃないの?」


 そうだ。これで、きっと不可解な現象も納得がいく。だれか知らない女を連れ込んでいってしまったらしい、と。それでいいや。


『えーそうだっけ? 記憶にないナア』

「都合のいい頭だなほんとう」

『そうかな』


 大丈夫。会話、できてる。


「ていうかおまえさ、女引っかけたいなら、僕を誘うなよ」

『だから記憶にないって』

「もうおまえと飲みに行かない」

『なーにー。もしかして砂月、俺のこときらいになった?』


 心臓が軋むみたいにいたい。手で押さえてもどうしようもないくらい、いたくて仕方がない。唇をぎゅう、と噛む。そうしないと、おかしなことを言ってしまいそうだ。

 僕の体の細胞ひとつひとつまで、五年間積み上げた日々を愛おしいと。こいつがすきだと悲鳴をあげている。


「きらいに、なった。もう一緒にいたくない」


 がたん、と、体が前のめりになる。

 うそつきだなあほんと。なんていう声が、電話口からと、すぐ真上から、すこしだけずれながら重なって聞こえる。すぐにスマホは通話終了になった。だけどそれをそれを確認する前に、体ごと引っ張られて玄関に引っ張られる。


 朝方には非常識すぎる衝撃音とともに、玄関口にへたりこんだ僕を後ろからやわらかく抱きとめるのは、まぎれもなく――。


「……っ」


 体中が、燃えるように熱い。さっきまでその熱を分けていたというのに、別人みたいに。


prev next



あきゅろす。
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!