05



「ほおんと、俺の都合のいい頭と違って、砂月はなんでもかんでもうそつき」

「な……で」

「ん?」


 すっぽりと覆われるようにして僕を後ろから抱きしめる手は、昨日みたいにふらふらと揺れていたり変に力が入っていたりはしない。ほどよい力強さなのに僕を決して逃がさない、そんな力加減。


「昨日酔っ払って隣の女の子と仲良くなって、俺がその女の子連れ込んだの? この部屋に?」

「……っそうだよ!」


 もはやなんのうそにもならないことなんて分かっていたけれど、どうしようもない。説明がつかなかった。どうして僕がここにいるって分かったのか、今素面の隆春がどうして僕を抱きしめていられるのか。

 僕を自分の胸にくっつけるように抱きしめたまま、ゆっくりと顔を下ろした隆春が、ぼくの首筋に顔を埋める。


「な、ちょ……っ」


 こいつもしかしてまだ酔ってるのか!?

 そりゃあ恐ろしいことだと振り返る。しかし目と鼻の先にいた隆春の瞳は、悲しくなるほど素面のそれだ。いつもと同じような、すこしだけ意地が悪そうな笑み。


「うそつき。俺が昨日連れ込んで我慢できずに襲っちまったのは可愛い砂月だし、この部屋には砂月の匂いしかしない」

「にお……っ」

「あ、赤くなった」

「ていうかおまえ記憶が……」


 よく見ると、この玄関昨日のままだし。

 目が合うと隆春は意地悪そうに笑って、「あんなの忘れられないでしょ」と僕の頬を撫でた。何から何まで煽情的だった昨日とは違う、やさしい手つきに、顔がかかか、と染まるのが分かる。

 結局何したってかっこいいんだから。


「せ、説明しろよ」


 混乱しているし、意味が分からない。

 あいつは記憶をなくして朝にはすっかり忘れて、部屋にはだれもいなかったから「だれか連れ込んじゃったのかな」と反省して僕に電話一本入れて終了。そのはずだった。


「砂月」

「おまえ意味分からない……」


 ていうか僕たちは、これからどうなるのだろう。そんなことを考えていると、両肩を掴まれて、そのまま体を反転させられる。玄関に座りこんだ隆春に、そのまま向き合う形になる。いつも向ける意地悪な表情のはずなのに、すこしちがう気がして、こんな間近でこいつを見たことがなくて、いたたまれなさに俯いた。その顎をすくうようにして無理矢理僕と顔を合わせて、隆春の指は僕の目じりをなぞる。


「ごめんな。ちゃんと告白してから襲うつもりだったんだけど、砂月が可愛いから順番間違えた」


 どこに置いていいか分からなかった視線が、驚きとともに一瞬だけ隆春と絡まる。隆春の口元がいつもよりもすこしだけやさしく歪んで、ぼくの額を肩口にぎゅう、と押し付けてくる。


「こ、くはく?」

「ソー。砂月の好き好きビームに勝てなくなってきて。……前々から可愛いとは思ってたし砂月で抜いてたときもあったしまあそういうことかなあって」

「え? え?」


 なんだかすごいことを聞いたような気もするけれど、とりあえず聞き流す。それよりも今は。


「すきすきびーむ?」

「え、なにそのポカンとした表情。いいね可愛い」


 周りは普通の友達だと思ってたみたいだけど。砂月のことばっかり見てた俺が気づかないわけないじゃん。という声に、辟易する。


(ということはなんだ。僕は、ずっと気持ちだだ漏れのままこいつと一緒にいたということか。それはそれで死にたい)


 それよりも、さっきよりもなんだか状況が期待の方向になっているのは気のせいだろうか。トクトク、と心臓が早鐘を打つ。さっきの、どういう意味だろう。

 なによりどうして、隆春は僕をやさしく抱きしめる。

 無意識のうちに、隆春の背中に回した手をぎゅう、と握りしめた。頭上でやわらかくふ、と笑う声が聞こえたのは気のせいだろうか。大きな手が、僕の頭をぽんぽんと撫でる。


「遅くなってごめん。おまえがすきだよ」


 うそみたいにじんわりと広がる、聞いたことのない温かい声。


「おまえも知ってる通り最初は興味だけだったけど、おまえのその綺麗な顔も、いじると怒るのも、信じらんねえくらいあまのじゃくなのも可愛くてしょうがない」


 隆春の手が、もっと、というようにぎゅう、と僕を抱きしめる。それが嬉しくも恥ずかしくて、絶対に顔を見られたくなくて、逞しい肩口にいっそう深く顔をくっつけた。

 あれ。でも待てよ。

 てことは、隆春は昨日の記憶があるということで間違いないのだろうか。


 ていうことは。

 昨日のことは全部思えているということで。


「……っ」


 バッという効果音でも聞こえてきそうな勢いで、押しつけていた顔を放して、目の前の男から距離を取る。いきなりのことに目をしばたかせた隆春が「砂月?」と不可思議そうに僕を呼ぶ。


「え、隆春」

「うん?」

「おまえ……昨日の記憶あるの?」

「あ、ばっちり」

「……か、か、かえるいったんかえる……」


 距離を取るようにして背を向けるけれど、相手はあの隆春だ。まったくもって造作もない、といった風に簡単に僕を捕まえて腕の中に戻して、それがどうしたと言わんばかりだ。

 捕まったまま、後ろの隆春を見上げる。


「いや、えと……」

「もじもじしてて、砂月らしくないな」

「……昨日の夜のことは忘れろ」


 絞り出したような僕の声にも、動じることなく「無理」とだけ返ってくる。この男は。


「俺が告白した時の数倍顔が赤いのはなんで?」

「だって……」


 そうだ。僕は昨夜、まさか隆春が記憶を保ったまま今朝に至るなんて微塵も考えていなかった。だから、だから。

 ぎゅう、と隆春の首に抱きつく。そのまま、他にはだれもいないというのに、隆春に聞こえるようにだけ小声で呟いた。


「僕は昨日、おまえが記憶残らないと思ったから……おまえ、の名前も、めちゃくちゃ呼んだし。声も……なんか変な声も、出たと、思うし」

「……砂月」

「おまえ……元々ノーマルだろ。……あんな、あんな変な声記憶、残ってて、今更きらいに」


 きらいになったりしたら。

 そう言おうとしたけれど、ずっしりと体重をかけて僕を横から後ろから前から潰しにかかる勢いで隆春が抱きしめたから、それ以上言葉を紡げなかった。


「ほんと、ピュアピュアだよなあ。そこがいいんだけどさ」

「なにが……そう思うの当たり前じゃん。僕思い出したら気持ち悪くなってきたし」

「正直俺は襲い足りなかった」

「……………………へ?」

「足りなかった」

「足りない…………?」


 不吉なことばが聞こえてきた気がしたような。

 おそるおそる見上げると、にこにこというかニヤニヤと笑う隆春が、僕の額を撫でた。前髪をかき乱すように。


「足りないって?」

「そりゃとりあえずいいよ。それより風呂行くぞ」


 いうや否や、僕の体は隆春にひょいと持ち上げられる。重くはない、といえども軽くはないというのに、隆春はそんな気持ちをすこしも表情に出したりしない。


「え、てか、風呂?」


 おお、と当たり前のように呟いて、脱衣所で僕の体を下ろすと、ちょっと怪しげな手つきで僕の若干濡れた腿の内側をさらりと撫でる。慌てて体を引いた僕に、クスクスと笑った。


「それ、かき出さないと腹壊すぞ。やってやるよ」

「な……い、いいいい! 自分でやる!」

「できるか」


 そんな虚しい抵抗を続ける僕の体から、器用にも隆春は服をはぎ取っていく。

 最終的にこの男のいいなりになってしまうのは、惚れた欲目だろうか。どうしてだろう。逆らえない。十五の春から、ずっとずっと。


 ――つーかおまえみてーなの、砂月みたいな小奇麗な顔が相手するわけねーだろ。


 あのとき、驚くほど颯爽と、この男は僕の心をさらっていった。あまのじゃくだの意地が悪いだの言いながら、僕が最終的にこの男のペースに惑わされることを知っているくせに。

 ほんとう、ばかみたいにすきなんだ。


「隆春」

「んーなにこっち来な。ほら」

「僕もすき」

「…………このタイミングですか」

「いいじゃん。さっき、言い忘れたし。う、わ……ったか……!」


あ ま の じ ゃ く 。


( ていうか、ゲイ歴=年齢な僕よりも、どうして隆春の方が知識あるんだよ。腹立つな )

( 可愛い砂月を抱きたくて調べまくったからだよ )

――End――

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