03



(僕もたいがい、諦め悪いっていうか)


 だいたい一目見るだけで、同類かそうでないかなんて分かるもの。……何年も一緒にいればそれだけ思い知らされる、やつがまぎれもなくノーマルだという事実。それなのに、特定の女と長く続かない現実に甘んじて、ここまでそばを離れなかったのは自分の方だ。

 せめてもういっそだれかと付き合ってほしいという、複雑な想いは日に日に加速する。こうして酔っ払ったやつの茶番にどうしようもなく心がくすぶるなんて日には尚更。

 さて、そろそろタイムリミットだし、時間的にこいつはなにもかも忘れて眠りにつく時間ではあるが。そう思いながら、じっと動かない体を揺すってみるが、反応はない。

 とりあえずベッドまで運ぶのは面倒だし、玄関に転がしておこうと、体を押した。

 たとえ朝まで目覚めないくらいの深い眠りについていたとしても、この男の息遣いや生活の溢れるこの場所に泊まりたくはないから。終電は逃さない、というのがポリシーである。

 しかし、どんなに押してもピクリともしない。それどころか、そろそろ弱くなってくる目の前の男の体の力が、かえって力み過ぎているくらい強い。

 隆春――と呼びかけて上を向いた刹那、じ、とこちらを見下ろしていた双眸と目が合う。驚くほどしっかりとこちらを見下ろしている。その瞳には、今しっかりと自分が映っている。これで明日覚えていないというのも、なかなか罪づくりなわけで。

 一瞬酔いが冷めたのかと背筋が凍ったが、いつもとは違うどこか甘さを含んだ声で僕の名前を呼ぶのを聞いて、まだ酔ってると確信する。


 嘘だ違う。

 だって素面の隆春は――。


「さつき」


 こんな色っぽい声、僕を呼ぶためなんかには使わない。

 尋常じゃない早さで僕の心臓が動き始めるのが分かった。さっきとなんて、比べものにならないくらい。

 おかしい。いつもはこの辺で眠るはずだ。それなのに、今日は僕の体をすこしも放そうとしないだなんて。そんなことを考えていたから、すぐに気づかなかった。

 腰に回されていた手が、つう、と背中を撫で始めていたことに。


「……っ」


 高校のとき教科書のページをめくって、女の子と手を繋いで、スマホをいじって――そんなことにばかり使っていた長くて骨ばった隆春の人さし指が、服越しに、僕の背中を撫であげた。

 たったそれだけなのに、僕は、自分の体が既に目の前の酔っ払いよりも熱くなっているのではないかと疑うくらい火照ったことに、気づく。


「ちょ、たかは……」


 待て待て待て。やばい。

 だれかと間違えているのだろうか、明らかに僕の体を触る隆春の手つきは、きっと何人もの女の子にしてきたのであろう女の子へのそれと、――同じ。


「おまえ酔ってるだろ! おい、隆春!」


 ドアに潰される勢いで肩を押しつけられている、しかも相手は元々線が細い僕よりもしっかりした筋肉を持っているだろう男――どう考えても分が悪いのは分かっていが、抵抗しないわけにはいかなかった。

 さつき――と、かまうことなく僕の首筋に顔を埋めた隆春の、いつもよりも低い声が、無抵抗な耳に入りこむ。素肌を滑る髪の毛と、かかった吐息とその声に、足から力が抜ける。


「……あ、こら……っ」


 吸いつくようなすこしも聞き慣れない水音に肩を跳ねさせながらも、目の前の体を引っ張る。

 もしも明日、隆春がこの一連の流れを覚えていないとしても、無理だ。これ以上僕は、隆春のそばにいられなくなってしまう。


(こ、の……クソ男)


 慣れた手つきで服の隙間を入り込んで素肌を撫でた大きな手に、ずるずる引きずられるように力が抜けていく。

 僕らがそばにいられた理由はただひとつ、僕の性癖にひたすら隆春が無頓着だったからだ。だから隆春は僕をそばにおき、年が経つにつれて水面下で僕がやつをどんなに汚れた目で見るようになっていたかなんて知る由もなく、どんな間違いも起こることはなかった。

 これは間違いだ。隆春はきっと、だれかと僕を間違えている。

 隆春はノーマルだ。だからこそ、僕の想いに気づいた素振りは見せなかった。実際、気づいていなかったのだろう。それほど、隆春にとっての僕の存在というのは恋の対象の対極にあったのだから。

 だから、こんな。


「や……――たか、は……ッ」


 不覚にも僕は今日知ってしまった。隆春が、どんなふうにだれかを抱こうとするのか。酔っているはずなのにまっすぐ僕を愛しむ視線が、切ないほど、苦しい。

 知っているはずの器用な指先は、まるで昼間とは全く違う生き物のように僕の体を丹念に探り、気持ちいいところを見つけては、驚くほど時間をかけて責め立てる。

 息が荒くなって、体がふわふわとおぼつかなくなっても、どこかで止まると信じていた隆春は、止まらなかった。

 僕の今までの生活は、早熟なゲイとは思えないほど清らかなものだった。当たり前だ。僕はこの五年間、隆春しか見ていなかったのだから。

 だけど分かる。隆春の行為が、驚くほど緻密で精巧であることが。


「たか……ッや、やめろ……」


 もどれなくなる。

 いつの間にか仰向けに倒れた僕の視界を、すべてから遮断するほど近くにあった隆春は、吐息に近かったその言葉を聞いたのだろうか。小さくなんかを呟いた気がした。

 だけどなにか、と問い返そうとする前に、隆春が動いた。まるで、一瞬の隙をつくみたいに。


 どんな声を出したのか、なにを言ったのか、不思議なほどに覚えていない。


prev next



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!