02



「おい起きろハゲタコ」

「んーう?」

「……家着いた」

「……」


 今日も今日とて、僕はやつに振り回される。

 住宅の街灯が、チラチラと光るだけの薄暗いこの界隈は、タクシーも随分迷うようだ。たしかに、道は細いし入り組んでいるので、いつもみたいに淡々と説明しながら、肩にばかみたいに食い込む頭に顔をしかめる。

 無情にも留まることを知らない料金メーターのそばにある時計がさす時刻は「23:47」である。さっさとしなければ僕の終電がなくなってしまうようだ。


(それもこれも、呑気にこいつが酔っぱらって寝こけてるせいだが)


 やつの家の前でタクシーを止める。料金を見て、遠慮なくやつの財布から清算を済ませ、重たい体を引っ張るようにタクシーから連れ出した。


「砂月、うでいたい」

「じゃ歩くんだな」

「……ん」


 隆春は決して酒に弱くなんてない。ただ僕と隆春が飲むと、隆春の酒量の方が圧倒的に多い。僕も弱い方ではないが、それ以上にあまり飲まないので、だいたいコンディションの良くない日に悪酔いするのはこの男の方。


(重いし)


 腕が痛いからだろうか、よりかかってきた体躯を抱えながらアパートへ入る。とっくに静まっている時間帯である。ため息が出るのは、まあ、仕方がないのだろう。


「砂月ー早く帰るぞー」

「帰ってる。ほら、鍵出せ」

「あい」


 腕時計を確認する。こいつを部屋に入れて、ダッシュで駅まで戻ればまあ、大丈夫か。

 終電を逃したくはない。絶対に。逃してはいけない。


(なんていうか、今日いつもより飲んでたからな)


 ゴソゴソとおぼつかない足取りのまま鍵を漁っている隆春を横目に、もう何度目か分からないため息が無意識にでも出てしまう。

 出会って五年。この男も、きっと僕も、驚くほどなにも変わっていない。

 多少エスっ気があるといえども眉目秀麗、身長もあって立派な男前である隆春は高校でも大学でも同じように周囲からモテたし、僕は同じように視線を受け続けていた。まあ最近はあからさまなものから遠慮がちなものへと変わっていたが、どちらにせよ同じことだ。

 そして、なんだかいつも余裕そうにヘラヘラと笑っている隆春に、なんだかんだ噛みつきながらも振り回される僕、という構図も変わらない。いい加減どうにかしたいくらい、変わらないのだ。

 酒くさい男の息遣いは、普段よりもずっとずっと近い場所にある。それを意識しないように、平然を装って、いかにも大学生住み、というようなおんぼろアパートの鍵を開けた。今時女の子はもっとしっかりした家賃の場所を借りるのだろうが、僕や隆春のような男にそんな必要はない、ということである。


「ほら、開いた。入れよ酔っ払い」

「ん。砂月は?」

「僕は終電あるし、ここで」

「え、ヒドイ」

「おまえがヒドイよ。明日一限の僕にここまで付き合わせるんだから」


 だったら付き合わなければいい。断ればいいのに。そんな風に、だれかが言うのは、無視をする。

 あーあー。隆春、だいぶ目、据わってるな。……まだ酔っ払っているのだろう。胡乱げに玄関の前に立っている僕を見下ろして、こちらに手を伸ばす。捕まらないように体を引いて、だけどどこにそんな早さが残っていたのだろう、予想を超えた俊敏さの手に、捕まる。


「放せよ酔っ払――ッ」


 言おうとする前に、腕ごと全身を引っ張られて、同時に僕が押さえていたドアも、荒々しく閉まる。深夜には非常識すぎる衝撃音に肩をすくめた刹那、妙に高い体温と、濃密にかおる酒の――。


(こんの酔っ払い……)


「隆春」

「……」

「重い」


 背中といえばドアに押しつぶされるように乗っかられているせいで冷たいというのに、この僕を覆う大きな体といえば不思議なほど熱い。酒が抜けてないせいだろうか、僕を抱きしめるその体もふらふらと揺れている。

 慣れる――なんてことはない。体はさすがに硬直するし、心臓は変に疼くが、こころの方は呆れるくらい慣れきっている。酒を飲んで性質の悪い酔っ払いと化したこの男は、次の日にはきれいさっぱり記憶から抜け落ちるという大変しっかりした体質を持ってこそいるが、こんな茶番をまさか自分がしているなんて知ったら卒倒するか。いつものことだと知らせるこころに、僕の体の反応がいつも追いつかない。それだけだ。

 次の日には微塵も覚えていないのをいいことに、(心臓に悪いことするなよ)と思いつつもこいつを家まで送るのを止められないのは僕の心の奥底に昔から刺さる小さな願望故――だろうか。


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