01



 ――なあ、見ろよ。アイツアイツ。

 ――おまえも聞いたんだ、あの噂。……まじらしいぞ。

 ――うっそ! 俺同じクラスだし、狙われたらどうしよ!


 突き刺さる好奇と、どこか自分とは違うという蔑みには、慣れ切っていた。だからそのときも、


(聞こえてるわ、ボケ)


 とか思いながら涼しげな表情を一切崩さずに歩いていた。突き刺さるそれに、胸が苦しくなるなんていう感性は持ち合わせていないつもりだった。新しく着た高校の制服は、二日目にして異様に重く感じた。

 自分が知る以上の視線にさらされながら、だれとも目の合わない学校の廊下。平気なふりをして、歩き続けていたそのときだった。


 ――ばっかじゃない、おまえ。


 ぐいっと、僕の肩を掴んだ大きな手。反射的に振り向いた先にあったぎらつくほど眩しい光をバックに、僕の姿を光から完全に遮断した体躯。


 ――つーかおまえみてーなの、砂月みたいな小奇麗な顔が相手するわけねーだろ。


 たったほんのすこしの力を使っただけ、みたいなさりげない仕草で、やつのパーソナルスペースにとりこまれる、不思議な安心感。

 はじめて感じた、体温。当時からその目線は、僕の斜め上。すこしニヒルな笑みを浮かべたその男との付き合いは、そんな一言から始まった。


 ――腕、重い。


 当時から人より浮いて、そんな自分を繕うことをしなかったすこしひねくれ者の僕に、その男はア、ソウと言って腕を引くだけだった。そして、さりげない仕草で僕の横に並んだ。

 だけど僕は、ずっと知っていたのだ。

 そんな何年も前から、やつは隣で僕をさりげなく庇ったり、守ったりしていたこと。そしてそれを大っぴらにしないしたたかさを持っていたこと。

 それは、驚くほど心地よかった。壊したくなくて、臆病になるほどに。



 小さい頃は些細だった違和感を、中学も半ばになるとはっきりと自覚するようになっていた。そして当時は周りの雰囲気に溶け込みながらも、ひしひしと肌で感じていた。僕はきっと、他の人間とは違うと。

 そしてとくになにをしたわけではないのに、中学三年生になってすぐに、僕の根も葉もない噂は中学校全体に伝わった。普通ではない――マイノリティが、格好の餌食だった時期だ。噂には尾ひれやら背びれやらついたらしいが、正確なところまでは僕自身も把握していなかった。

 ただ、否定はしなかった。事実だったから、というよりは、既にその頃から僕は周りの空気に合わせる自分の不器用さに、辟易していたから。

 中学二年間で築き上げた友達関係は、最後の一年で全て崩れ落ちた。心機一転遠くの高校を受ける――なんてこともしなかったおかげで、ご丁寧に僕の噂は入学当日から広まり、注目の的だったわけである。

 このまま、ひとりで高校生活を送るのだと思っていた。なんて、当たり前で、僕にとって凡庸な世界、なんて思っていた。


 隆春はそんな僕の想像した高校生活を、百八十度変えた男だ。

 ゲイだ――なんて噂を持つ僕に、マイノリティに対する興味を隠そうともせずに近づく、失礼千万な男。


 ――へえ、砂月は付き合ったことないんかあ。噂とちげーじゃん。

 ――砂月は男役なの? 女役なの?

 ――やっぱり体育の着替えとかドキドキしたりする?

 ――トイレは個室に入るタイプ?

 ――なあなあやっぱり抜くのはゲイビか?


 その質問に僕は答えた。面倒だけど放っておけないのは、放っておいたときのしつこさをしっているからゆえ。


 ――中学のときの噂、多分僕がゲイっていう以外ほとんど嘘。

 ――別に。考えたことない。おまえらみたいに頭ん中年中ポヤってないんだよ。

 ――しない。興味ない。

 ――んなことしない。……んな繊細じゃないし。

 ――知らないよ。十五でR指定買えるわけないじゃん。ばかじゃないの。


 隆春は少々面食らったようで、神妙な顔つきをして高校生のホモはピュアなんだなと呟いた。その後余計なおせっかい(それと半分自分の興味)でR指定のゲイビデオを入手し、見ろと無理矢理貸しつけられたのは、また別の話ではあるが。

 隆春は不思議な男だ。時に僕を質問責めにしながらも、からかったり小突いたりするのは普通の友達感覚みたいで。好奇心以外の、普通と違うという侮蔑を受けたことがない。だから、どう、ということはないけれど。

 僕はそんな生活がいつまで続くのだろうと思っていた。どうせ好奇心だ、すぐに飽きて普通の世界の人間たちの方へ戻っていくだろうと。そうして一ヵ月経って、半年たって、一年、――高校三年間が終わる頃には、さすがに質問のネタはなくなっただろう。

 しかしなぜか奇妙な関係は続き、それは二十歳になったいまでも変わることはない。隆春は僕のそばに、いや、僕は隆春のそばにい続けている。それは大学が同じだったからとか、たぶん、そういう簡単な意味合いだけではないのだろう。

 隆春は驚くほど自然に、僕を隣に置き続けている。だから僕は、十五のあの春から、身動きが取れないまま。


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