04



     *


 はじめて見たときよりも随分と生徒会室から溜まりに溜まっていた書類が消えてきた頃のことだ。いつも通りすっかり慣れた足取りで、ぼくは生徒会室に向かう。

 生徒会役員の親衛隊からの小さな嫌がらせはずるずると継続されて行われているものの、不思議なことに水無瀬先輩の親衛隊や真柴先輩のファンクラブ(聞くところによると公式ではないので親衛隊を名乗らないらしい)からの嫌がらせはない。

 きっとふたりが細心の注意を払ってくれているのだろう。

 もう水無瀬先輩はたっぷり数時間ほど書類と向き合っていることだろう。なにか、コーヒーでもいれてやろう。そう思いながら生徒会室の扉を開けようとする。


 すると、ドアの向こうから聞き慣れたもうひとつの声がする。


「……すな、おまえの――」

「……が……しょう、……」

「……っ」


 なんだ、今日は早い。真柴先輩が来ているみたいだ。そう思いながら生徒会室のドアノブに手をかけると、がたん、という衝撃音が聞こえる。


(水無瀬先輩が椅子からおっこったのかな)


 わりと、ドジなところあるからなあ。

 なんて思いながらドアを開けたぼくは、ほんとうに呑気だなあなんて、思う。

 目の前に広がった光景に、絶句する。


「え……うわ! 紘っ」


 固めのソファに覆いかぶさる水無瀬先輩の後ろ姿。押さえこまれるように下敷きになっているのは、真柴先輩、だよね? え?

 かかか、と頬が熱くなるのが自分でも分かる。


「えっと……おじゃま、しました」

「待て閉めんな! 水無瀬どきやがれ!」

「む」


 水無瀬先輩が不満そうに退くと、真柴先輩が勢いよくドアを閉めようとしたぼくの体を引っ張り込んだ。だから結局お邪魔しましたすることはできなかったのだけど。

 気づいた。真柴先輩の顔が、ぼくよりもきっとずっと真っ赤に染まっていることに。


「あの、えと……」

「誤解だ……」

「誤解? ほんとうのことでしょう、志野ちゃん」

「もー……おまえは黙ってろ」

「む」


 つまり水無瀬先輩と真柴先輩って。もしかして。


「こいびとどうし?」


 小首を傾げながら言ったぼくの言葉に、真柴先輩はキャパ―オーバーというようにその場にへたりこむ。恥ずかしすぎて死にたい、なんて聞こえる。

 ぼくを助けてくれて、一番に気にかけてくれたひとが、恋人同士なんだ。そう考えて、不思議と心が温かくなるような感じがした。


「志野ちゃんは、恥ずかしがり屋だからね」

「うるさい」


 座り込んだ真柴先輩を立たせるように、水無瀬先輩がその体を持ち上げた。ごく自然な動作で、ふたりがちょっとやそっとの期間付き合った恋人同士でないことだけは分かる。

 なんだか、こちらまでどぎまぎしてしまう。


「おまえ触るなよ」

「いいでしょー。もうバレちゃったんだから」


 真柴先輩が風紀とはいえどしょっちゅう生徒会室に足を運んでいるのは、水無瀬先輩が真柴先輩を志野ちゃんと呼んで懐いているのは、……ただふたりが仲のいい友人というだけじゃなかったんだ。


「なんだか、ふたりが恋人同士なんて、ぼく嬉しいです」

「なんでだよ……」

「……それは、なんでだろう」


 えへへ、と笑っていると、真柴先輩が「おまえはほんとう、癒し系だよなあ」と呟いてぼくの頭をぐりぐり撫でた。後ろで水無瀬先輩も頷いている。


「そうでしょうか?」


 ――紘はいやしだよ。


 いつかぼくの体をぎゅって抱きしめながら御影が言ってくれたことを思い出した。


「それって、ペットとかそういう意味でしょうか」

「あー……そうじゃなくてなあ」


 うーん、どういえばいいか。なんて、真柴先輩がうなっている。その肩をやさしく撫でながら、水無瀬先輩が「志野ちゃんは考えすぎだよお」なんて緩い。


「紘ちゃんはかわいいってことだよー」


 かわいい?

 自分の体を見下ろす。ぼくが? なにを言われているか分かった瞬間、ぶんぶんと首を横に振った。水無瀬先輩と真柴先輩に見せた動きの中で一番激しかったかもしれない。


「この学校には、かわいい子いっぱいいます。ぼく、平凡ですよ」

「あー……そう思ってるなら、まあ、いいんだけど」


 呆れた顔で真柴先輩が言う。ますますわけが分からない。


「とにかく紘ちゃんは、かわいいから癒し系なんだよー」


 もしも、なんて付けたら、なにもかも自由に想像できるなんて素敵だなと思うけれど。

 もしも、御影がぼくのことすこしでもかわいいと思ってくれていたら、嬉しいのだけどなあ。


(あれ、どうして……)


 どうしてありもしないことに、期待するのだろう。ぼくって、御影にかわいいって思われたかったのか。

 いやいやいや。


 また激しく頭を振っていると、目の前のふたりはそろって首を傾げた。

 おい、なんていう真柴先輩の制止もきかずに、後ろからその体を大切そうに抱きしめる水無瀬先輩。すごく、お似合いだ。


「そういうわけでね紘ちゃん。おれたちは転入生に興味がないんだー」

「……というわけだよ」

「むしろ、近づけたくないよー」


 ――今、なんて言った……?


 近づけたくない? 水無瀬先輩は真柴先輩を、転入生に近づけたくないの? どうして? めんどうだから?


「どうして、ですか?」

「どうしてって、当たり前じゃん。マリモ美形だいすきだし、志野ちゃんは餌食になるよ。そんなのいやだし、志野ちゃんにはおれだけを見ていてほしーし」

「今更脇見なんかするかよ。……それに、美形ならむしろおまえだろうが。おまえ、最初のほうめっちゃ付きまとわれてたし」

「でも見向きもしなかったー」


 ――ああ、そうか。


 そんな会話を聞いて心にすとんと落ちてきた気持ちに、震える。やっと、分かったと。


「ったく……て」こちらを向いた真柴先輩が、驚いたように瞠目したのが、ぼやけた視界でも伺えた。「紘、どうした」


「……っ」


 ぽたっぽたっと、溢れた涙が頬を伝って床を濡らしているのが分かった。


「紘ちゃん?」


 ぼくを甘やかす、秀麗な容姿を持った隠者が、もしも長島くんに見つかってしまったら。


 ――おまえかっこいいな!


 長島くんの持つ、不思議な渦に巻き込まれて、長島くんに執心しはじめたら。

 いやだと、何十回も心の中で呟いた。


(ぼくは――)


 やっと分かった。もやもやしていた気持ちは、こんなに簡単で。

 触られて落ち着かないのも、あのやさしさにすぐに会いたくなるのも、ぼくのほかにはだれにも見つかってほしくないのも、ぜんぶ、ぜんぶ。


 御影が、すきなせいだ。


「おい、……どうした紘」

「紘ちゃん、紘ちゃん、泣き止んでー」


 会えない――。

 御影に会えないのが、こんなにもつらいのも、ぜんぶ。


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