02



     *



 お昼終わり、五時間目はじめの午後の昼下がりは、俺のブレイクタイムだ。いつも、ブレイクタイムなのだけど。

 いつものようにこっくりこっくりと舟を漕ぎながら、ひたすら時が過ぎるのを待って、やっと五時間目終わりのチャイムが鳴る。同時に限界ですというように額から一気に机に突っ伏した。


 ねむい。


 六時間目、なんだっけ。移動教室かな。だったら、悠里が迎えに来てくれるからいいや。

 意識を飛ばしかけた瞬間、後ろからぐわっと両脇の下に手を突っ込まれた。


「エイ」


 なんてふざけた声と共に。

 文字通り飛びあがった。


「すごいいい反応だなあ」

「この! くそ原!」

「ぼくの名前は草原です」

「そうげん!」

「音読みしないで。くさはらだって!」


 悪気の欠片もない後ろの住人は、時々変な宇宙語のような呪文のようなことをぶつぶつと呟いている変人である。それ以外のときはおおむねいいやつなんだけどなあ。

 たまにこうして、悪ふざけが過ぎるけれど。

 チャイムが鳴って次なんだっけなんて考えていると、後ろから「文化祭の役割決めでしょー! もー」なんて言われる。


「あーそうか。文化祭……」


 今年もこの、無駄に力を入れる面倒くさい行事がやってきたということか。

 わが校の文化祭は二日間にわたって行われる。一日目は土曜日でこれは生徒だけのもの、二日目が日曜日で一般公開を行っているもの。

 この文化祭にたいする行事の入れかたが、半端じゃない。去年お化け屋敷で特殊メイクをやらされて見事なサダコとなった悠里を見ながら俺が感じたことである(ちなみに俺のクラスはメイド喫茶だった。男だけなのにどんな需要があるというんだ。気色悪い。もちろん俺は裏方であった。なんかクラスメートからはあはあされたけど裏方であった)。

 今年はなにをやるのやらと思っていたら、なんと演劇らしい。しかも題目が――。


「白雪姫なんて、いいよねえ! 王子様と白雪姫のオトコ同士のラブラブストーリーだよお。しかも最後は生キッスなんてえーうへへ。しかも公開キスね。ふふ。俺様王子様×ツンデレ白雪姫とかにならないかなあー! それか白雪姫が可愛い王子様を襲ってしまう逆パターンでもいいなあー……ああ、うちのクラスはどうして真面目に白雪姫なんだろうなあ」


 でたキモ原。全然なに言っているのか分からん。しかもすごいマッハで喋ってる。数学の問題当てられたときの五倍くらいのスピードで喋ってる。


「キスはフリだろうが」

「ああああああ夢のないこと言わないでよおお」


 いつも閉鎖的な男子校ですが、実はすごいよろしい学校なんです、なんていうことを二日目の一般公開で見せるために頑張る。

 というわけではない。男子校にとって大切なのは一日目である、らしい。


「そうだよお? だって文化祭だよお? なんでもありじゃんよ! クラスの地味系男子をメイドコスさせたらなに超可愛いみたいになって一匹狼とくっついたりとか! 普段超俺様な会長が実はお化け屋敷でびびって隣のライバル風紀委員長に抱きついちゃってそこから愛が芽生えたりとか! 後夜祭で一途なネコちゃんがホスト教師に告白しちゃって卒業まで待つつもりだったがアーッみたいな展開とか!」


 キモ原に言わせると、よく分からないけれど、盛り上がるものらしい。


 とにかくそうして一日目は徹底的に閉鎖的なこの空間で好き放題やって、二日目に「わたしたちはこんなに清く学校生活送っています」というなんとも礼儀正しい文化祭をやるらしい。ホモのホの字すらおくびも出さないらしい。

 どうでもいいけれど。なんて思っていたら、背後に明らかに闘志の炎を燃やしたクラス委員長が前に出てきた。……あれ、たぶんメガネ外したら目据わってんな。


「優勝狙ってんだね、イインチョウ。先生が成績考慮してくれるらしい」

「あほだ」


 俺たちがぶつくさ噂話しているなんてつゆも知らず、妙な闘志を燃やしている委員長が「役割を決めたいと思うが」なんて語り出す。


「そのまえにひとつ俺から言っておく。この文化祭は遊びじゃない。やるなら徹底的にやるぞ。せいせ……これからのクラスの交流のためにも、みんなで一致団結した方がいいだろう。異論はないか」


 委員長途中まで言っちゃったよ、だだ漏れだ。

 とりあえず衣装係か証明係か、そんなところが安全だろうな。なんてぼんやりと考えていた。


「では」

「はいはいはーい! ぼく! 白雪姫は和音ちゃんに一票!」


 後ろの草原が勢いよく手を上げながら立ちあがってそう爛々と言い放ったのと、俺が異議あり!と手を上げるのは、コンマ一秒の差だったと思う。


「和音ちゃん早っ」

「おまえ……なに考えてやがる。俺が白雪姫とか笑わせんなよくそ原」

「えー……似合うと思うよお? 和音ちゃんちっちゃ……あ、ごめん」


 目で草原を黙らせてから「アホらし」と呟いて座りなおして再び前を見ると、黙ったまま相変わらずすごい形相でこちらを見る……委員長の姿。


「……松田かあ……悪くないな」

「はあ!?」


 なにかをぶつくさ言っているメガネを睨む。しかしよく見ると、他からも不躾な視線を感じる。ほら! 回りは俺が白雪姫なんてって思ってるだろうが空気読めよ委員長!


「柄じゃねえだろう。俺みたいな男」

「あ……和音ちゃん……」


 なんだか憐れむような声が後ろから聞こえて、振り返ると草原が苦笑していた。なんだその笑い。

 回りもぽかんとしていたことは知らない。なんだか、急に静かになった。なんでだ?

 だいたい白雪姫ってんなら、もっと可愛いやつを――。あ。


「そうだよ! 委員長! 悠里だろう可愛いといえば!」


 俺は振り返って廊下側の後ろの方で完全に傍観を決め込んでにこにこと笑っていた悠里を指さした。悠里が俺を見て、ん?と笑う。ちくしょう可愛いな。

「あー……」委員長がさっきのような品定めの目で悠里をじっとりと見つめる。「……悪くない」


 そうだよ……悠里の白雪姫かあ。

 ほれぼれするほど似合うに違いない。きっとその辺の女の子よりも似合うんだろうなあ。


「え、ぼく?」

「まさかの長身受けktkr!!!!」


 草原がなんか悶えているけれど、もはや日本語じゃない以上だれも突っ込めない。もう放っておくしかない。

 回りのクラスメートも悠里の可愛さは重々承知のようで、うんうんとうなずいている。俺も教室を見回して見たけれど、悠里以上の適任者はいないもよう。まあ、俺は悠里びいきだし。


「ぼ、ぼくかあ……うーん」


 悠里が困ったように考える。その間も委員長の熱視線は止まらない。おい。あんまり見るな悠里が減る。


「うーん。あんまり演技上手くないと思うけど、それでもよかったら」

「長身受けktkrフウウウウウ―――ッ」

「でも……そうしたら、王子様は和音がいいなあ。じゃなきゃやりたくない」


 悠里は最後に爆弾を落としていった。

 一度捕まえた悠里という格好の獲物を得た委員長が俺一匹なんぞ逃がすはずもなく。そう、もはや断る隙間など存在しなかったのである。



     *



「う、うつ、くしい。なんてうつくしい、オヒメサマだ」

「ストオオオオオオップ!」


 見事なプロデューサー巻きに、髭に、ちょっとおしゃれなサングラス。業界マン気取った自称監督(クラス委員長)が常に右手に従わせる新聞紙の丸められたメガフォンは、


「いたい……」


 今や俺の頭めがけて振り下ろされるものでしかない。


「和音くん! 和音くん台詞見ながらなのにそれ!? 残念すぎるよ!」

「まあまあ委員長、まだ始まったばっかりだし」

「棒!」


 こ、こわい。だって、演技なんてやったことないし!

 委員長の頭、「目指せ内申!」とでも書かれた鉢巻き巻いてるみたいになってるよ!


 今は始めということで、とりあえず朗読のようにそれぞれの台詞を読んでいる最中なのだけど……、委員長の俺をなじる声がでかすぎて、もはや衣装班の子たちまでこっち見てるし……。


「お、俺やっぱり向いていない……」

「大丈夫だよ。始まったばっかりだし」


 顔面蒼白な俺とはちがい、のほほんとした表情の悠里が笑う。肩をぽんぽんと叩かれるけれど、その手を振り払いたくなる。だって!

 こいつめっちゃ上手い! もはや白雪姫でしかないんだもん!


「えーっと、なに?」

「ふん!」


 俺の気持ちなんて分かんないよ!

 頭を抱える委員長と、ふて腐れる俺と、相変わらず苦笑する悠里。前途多難である。


「こうなったら、放課後特訓だよ! 和音くん! きみだけ!」


 だめだ。俺、委員長の後ろに燃え上がる炎が見える……。


「密室でふたりっきり!? 何それナニするの!? 委員長×平凡! よく見たらなんだこいつ可愛い的な!? 誰トク!? ぼくトク――っ」

「おまえ黙ってろ」


 衣裳係からなにか大声で言葉が飛んで来たけれど、次の瞬間には近くにいた人たちに消されていた。

 放課後は、悠里とさっさと帰りたい。いつも放課後が、悠里と二人っきりになれるチャンスだし。


「えーっとあの、俺放課後はちょと……」

「え?」

「あ、はい、残る」


 うう。悠里との唯一の時間が……。

 そんなことを思っていたから、後ろに近づく影に気づかなかった。

 ぽん、と大きな手が頭に乗っかる感覚。


「ほえ?」

「ぼくが残るよ、練習相手いたほうがいいでしょ」


 ぽかん、と、委員長が俺よりも頭何個分上にある悠里の顔を見た。俺も悠里を振り返るけれど、真っ直ぐ委員長を見つめる悠里が何を考えているのか分からない。


(悠里、放課後はさっさと家に帰りたい派だよな……)


「いやあでも――」

「残るよ」

「い、いいの? だって、悠里――」

「いいよ。ぼく和音と練習したいな」


 にこりと、人好きのする笑顔で言われては、断る術もない。俺が使えない役者なばかりに巻きこんでしまっている。


(受けなきゃ、よかったかも)


 悠里に頭をぽんぽんと撫でられながらも俯いてへこむ俺は気づかなかった。

 衣装班の宇宙人が座る机が、鼻血の海であったことに。


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