01



 ――なあなあみて! よわむしユーリがいる!

 ――ほんとだ! おまえいつもないてばっかり!

 ――おんなみたい!


 渦巻く暴力みたいな悪戯っぽい会話の真ん中で、座ってうずくまるあの子は。


 ――おまえらユーリいじめるな!

 ――げ! でた!

 ――またかずねかよ……いこうぜ。

 ――いこういこう! おれたちかずねとひるたべないからな!


 俺の庇護下にあった。ずっとずっと昔から。


 ――かずね?


 そのときから悠里は特別な子どもだった。ぱっちりとした二重と、同年代の男よりも小さな体と、心地よい高めの声。黙っていれば花のような女の子にすら見える悠里は、いつもいじめられていた。


 ――かずねだっ!

 ――よしよしもうなくな! おまえはおれのブカだからな! まもってやってるんだ!


 守ってくれる俺の後ろを、悠里はぴったりとくっついてきていた。それが王様みたいで誇らしくて、俺は気づけば四六時中悠里と一緒にいたと思う。

 幼稚園も、小学校も、中学校も――。

 そこらへんの女の子よりも可愛くてか弱い悠里は、いつだって俺の保護下にあった。


 ――おまえはおれのなんだから、ずっとそばにいるんだぞ!


 小さい頃すり込むみたいに何度も何度も言って聞かせたその言葉に、悠里は嫌がるそぶりもなく頷くのだった。

 だから――今もずっと、可愛い悠里は俺のものだ。



     *



「和音、かーずーね」


 こんこん、とノックするみたいに頭を叩かれる。突っ伏していた机から顔を上げると、16年見てきたというのに飽きを感じさせないきれいな顔がどアップで俺を見つめている。目をこすって、悠里の顔を遠ざけながら時計を確認する。


「お昼だ」


 たしかに。いつの間に、チャイムがなったのだろう。


「和音、ぜんぜん起きないんだもん。やまやまが諦めてたよ」

「んー……昨日、ゲームやってたから」

「やまやまもゲームだろうって」

「う……」

「またー。体壊すよ」

「へーき」


 まだぱっとしない頭を揺らしながら、席を立った。横にかけてあるスクールバックから財布を取り出して、はてなマークを浮かべている悠里を振り返る。


「購買。おまえも来い」

「うん!」


 すり込まれた従順な悠里は、俺の後ろを嫌がるそぶりひとつ見せずについてくる。

 健全な食べざかり男子高校生の需要をまるまる無視したようなこぢんまりとした購買は、今日も男たちでごった返している。戦争である。


「んー……」

「和音、平気? 埋もれてるよ?」

「そんなことねえよ!」


 俺は小さな頃から悠里を守っていて、悠里は俺のものだ。ずっと、なにも変わらない、幼馴染。

 だけどふたつだけ変わったことがある。

 ひとつめは中学生になってから、俺はこうして悠里を高く見上げることになってしまったこと。

 可愛い顔は、早々に止まった俺の身長をぐんぐんと抜いて行ってしまった。下から見ても可愛いから別にいいのだけど。


「こっちこっち」

「ちょ、引っ張るな」

「引っ張らないと、和音はメロンパンのところまで辿りつけないよ」


 腕を触られて嫌がるのは、変な気持ちになるから。

 ふたつめは、こうして悠里に触られて緊張するようになってしまったこと――いつからか分からないけれど、もうずっと、恋をしていること。


(かお、あかいの、止まれ)


 悠里が気づかないように、そっぽを向く。

 可愛い悠里が、ほんとうに心まで俺のものになればいいのになんて、思っているなんて知ったら、悠里は困るよな。

 悠里は俺のものなんて子どもじみたこと言いながら、実はすきなんて、小学生みたいだなあと思うけれど。


 今更素直は、無理だ。



 無事にメロンパンをゲットして、悠里もおにぎりと焼きそばパンを購入。


「和音」

「ん」

「毎度のことだけど、和音のお昼のセレクトおかしいよね。……メロンパンふたつって」

「そんなことねえよ。メーカーちがうもん。ふたつともちがった美味しさなんだ!」

「そっかあ」


 ぼくには分からないなあ、とかなしそうに悠里が呟いた。そうだな、米とパン一緒に食べるやつには分かるまい。買ったばかりのふかふかであろうメロンパンを抱えていると、いつものような不思議な視線を感じる。

 じっとりと、斜め上でるんるんと歩いているエンジェルスマイルの悠里を睨んだ。気づいた悠里が「え、なに?」なんてとぼけたように首を傾げる。


「……おまえ、やっぱりかわいすぎる」


(また注目浴びてる)


 こうしてふたりで歩いていると、よく悠里に向けられる男たちの不躾な視線を感じる。威嚇するように悠里の手を引いて、早歩きで視線から守るように歩いた。


「和音?」

「いいから、来い」


 成長盛りでずいぶん手が大きくなったって、悠里は悠里だ。天使のように愛らしい整った顔立ちの悠里を狙う輩なんて、この男子校のなかじゃゴロゴロいるに違いない。


(すっごい視線感じるし)


 ぎゅっと、悠里の手を握りしめた。


(悠里は、俺のだ)


 ――おまえはおれのなんだから、ずっとそばにいるんだぞ!

 そのかわり、だいすきな悠里を、俺はずっと守りたい。

 悠里の手が小さな力で俺の手を握り返してきた。


 すこしだけ開いていた、埃っぽい空き教室に悠里を押し込むようにして入る。薄暗いそこで、メロンパンをその辺に放り投げて、悠里の手を引いた。

 悠里は抵抗ひとつしないで、ぽすんと俺に抱き締められる。


「悠里」

「和音、どうしたの? メロンパンはいいの?」

「いい。それよりも、悠里に触りたい」


 おまえは可愛くて弱いからずっと俺のそばにいて。そうすれば俺がおまえのことを他の男から守ってやるから。

 そんなめちゃくちゃなことを言いながら、俺は悠里が抵抗しないのをいいことに、その体に触る。


 きめ細かいなめらかな頬に手を滑らせて、柔らかい髪の毛に指を通すようにして撫でる。悠里がくすぐったそうに笑った。

 刷り込まれた悠里が絶対に嫌と言わないのを分かっていてこんなことをする俺は最低だ。


(それでも――)


「和音」


 真っ直ぐに俺を見下ろす悠里の双眸は、俺の思考を麻痺させる。悠里のことしか考えなくさせる。吸い込まれるみたいに。

 悠里が悪いんだ。そうやって俺を見つめるから。


 そのしなやかな両手が俺の背中をとんとんと叩く。構うものかと、かかとを上げて、精一杯悠里に顔を近づける。


(これ以上悠里が大きくなったら――)


 自然と受け入れるように目を閉じた悠里を確認しながら、俺も目を閉じて、悠里の柔らかい唇に自分のそれをそっと、押し当てた。

 ちゅ、という小さなリップ音。

 これ以上大きくなったら、俺からキスができなくなるかもしれない。そんなことを考えながら、じっと動かない悠里にもう一度唇を重ねた。

 守ってあげるなんて言いながらこうして俺は悠里にキスをする。抵抗ひとつしなければ応えることもない、人形のような悠里に。


 すきだと。


 声に出さずに唇から伝えられたらどんなによかっただろう。


(悠里は、俺にこんなことされて嫌じゃないの?)


 嫌なら言ってほしいのに、悠里はなにも言わない。だから、余計虚しい。

 もう何回したか分からない悠里とのキスに、俺ばっかりが夢中になる。俺ばっかりが悠里という大きな渦にのまれていくんだ。



next



あきゅろす。
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!