05



     *



「おい」

「……」

「おおおい」

「……」

「コラ」

「俺様会長なんだよね? キャラ守ろうよ? なんでそんな女子高生みたいなかまってちゃんなの? 可愛くないしうざいしキモいし死んで?」

「なんで今日そんな不機嫌なんだよ」


 毒を一身に浴びた、山積みの資料を挟んではす向かいにいた会長が、げんなりとした表情になる。心底関わりたくない面倒くさいみたいな顔。だったら話しかけなきゃいいっていうのに。

 会長は埃とともに一夜を過ごしてしまった相棒を、大事そうにハンガーにかけて仕事を開始しているところだった。

 会長は、根がおしゃべりだ。沈黙があると、何ということもないことをペラペラと喋り出す。クールで俺様、口を開けば「黙れ」というイメージらしいけど、みんな見た目に騙されすぎね。


「会長のせい」

「いや俺のせいじゃないね。あんなのいつものことなのに。なぜかお前は今日ピリピリしている。こっちまで痛い」


 なんでこう変なところ鋭いのか。


「目が赤い」

「うるさい……! 別になんでもないってば!」

「やっぱり泣いたのか」


 顔を上げると、にやりとこちらを見る会長。

 そうだよ。目の腫れは朝しっかり落としてきたはずだし。


「おまえ今ぼくを騙したの?」

「人聞き悪い。カマかけただけ」

「死ね」


 ふうん。と、会長が何かを考えるように下を向く。その際にも手は動かしている。器用だ。生徒たちのイメージを綺麗に裏切っているものの、会長が会長である理由は分からんでもない。こういう半端ない仕事量を見ると、そう思わずにはいられない。

 イメージは裏切っているけれど。俺様会長は幻だけど。

 しかし会長は会長だ。これ以上聞くことはなく、またガサガサと紙の束を掴む。どうやら仕事に集中するようにしたらしい。……逆にここまで聞いておいて、それ以上が気に入らないのが、会長の会長たるゆえんだよね。


(会長まであのお馬鹿たちみたいになっていたら、正直どうしようもなかったし)


 死んでも言わないけれど。

 そんなことを思いながら、再び余計な思考の一切を頭から振り切って、目の前の仕事に向かう。これさえ終われば、ぼくも会長もあさって辺りは一晩グッスリ眠れるかもしれないし。

 だから油断していた。しばらくあいつらがここにきていなかったから、気を緩め始めていた。あいつらは曲がりなりにも名前だけはまだ生徒会役員として残っていて、この生徒会室へ来ることができるのだということを、すっかり失念していたのだ。


「あーー!! おまえら、こんなところで何やってるんだ!! 今日はいい天気だから、こんなところにいちゃだめなんだぞ!!!!」


 品のない闘牛のような(闘牛に失礼だ)荒々しい足音。腹式呼吸をこじらせたような耳をつんざく声、何よりも吐き気を催すそのどこか人を見下したような優越感に浸ったような表情。

 会長とぼくは、そろって同じような表情をしていたように思う。

 それに。


(めんどくさい)


 後から金魚のフンのようにぞろぞろと現れる三馬鹿、と、転校生に腕を掴まれて半ば引きずられるようにして現れる――香宮。振りほどけよなんて言わない。野蛮で、小さな体の割に無駄な馬鹿力の転校生の腕を、いくら上背が優っているからって、花壇に水をやる程度でしか体を動かさないであろう香宮がどうにかできるわけがないから。

 一様に面倒くさそうな表情をしたぼくらを構うことなく、ずかずかと資料だらけの生徒会室に入ってくるやつら。


「ケホ……っ。なんですか、埃っぽいですね」

「なあにー? なんだか汚いしー」

「生徒会室……いつもと……違う……」


 死ねという心の声はおそらく会長とシンクロしていたように思う。ああ、いつもならよほどのことがない限り怒気を現さない会長も、さすがに冷えた目をしている。寝てないし。余計に。


「宮島くん……あの、今会長様たちきっとお仕事中……」

「なんだよ優也! おれのことは名前で呼ばなきゃダメなんだぞ!! それに会長様なんて頭おかしい言い方するなよ!! 渉は渉って名前があって、会長って名前じゃないんだぞ!! そんなんだからおまえはだめなんだ!!」

「そうですよ、庶民は黙っていなさい」

「ほんとうー。きみみたいな子がこんなに可愛いミチのそばにいるのも許せないってのにー」

「おまえ……いらない……」


 香宮はもはや慣れたのか、あまり表情を変えることなく「すみません」と謝って引っ込む。

 ていうか、里巳は何をしているのだろう。あれだけいつもベタベタしておきながら、肝心なときに危険に晒したりして。


(あとで大切なものを守れなかったって後悔するのは、あいつ自身だってのに)


 関わりたくない。権力の限りだけを行使してこいつらを生徒会から追い出したい。めんどうだ。そう思うのに、香宮を傷つけられて沈むあいつの表情が、頭をちらつく。

 責任感が強い分、ふさぎ込む。絶対に。

 はあ、と息を吐く。


「まあいいや!! 今日はみんなと生徒会室で遊ぶ約束してるんだ!! ……ってなんだこの紙!! こういうのは元の場所に戻さなきゃだめだ!!!! 捨てなきゃだめなんだぞ!!」

「――ねえ」


 めんどうなのに、ぼくは里巳の大切なものを、完全に切り捨てることができない。


「やめなよ。うるさいし、うざいよきみたち」

「な!!! ひどいぞ凛!!! 友達にそういうこと言っちゃだめなんだぞ!!! なんでそんなこというんだ、謝れ!!」

「ほんとう、日本語通じないし、喋らないよね。今ぼくうるさいって言ったんだけど。それにおまえらもほんとう迷惑だし、今更どのツラ下げてここ来てんの」


 ねえ。と、三馬鹿を見る。さすがにまずいことは感じているのか、会長ともどもぼくたちの視線におののいているのか、まるで蛇に睨まれた蛙のような状態になっている。まともな反論ひとつ返ってこない。


「な、ひ、ひどい!! そんなこと言うなんてダメだ!! 凛、こいつらの友達だろう!! どうして友達にそんなひどいこと言うんだ!!!」

「黙ってよ。あと、香宮の手放しなよ」


 その言葉に、転校生の香宮を掴む手に力が入る。香宮の顔が小さく歪むのを見逃さなかった。あれ以上力が入ったら痣になるだろう。

 全く、香宮は馬鹿頭・馬鹿力のおまえと違って、か弱い守られるべき男の子だというのに。

 それに、傷がついたらきっと、あいつが自分のせいだって落ち込む。はじめて執着した相手だもん。


(手間がかかるよね、ほんとう)


 みじめなのはいやだ。どうして、ぼくが今すっかり里巳を手放していながら、里巳の想い人のために躍起にならなきゃいけないんだろうって。思うより先に、里巳の大切なあの子を守ってやらなきゃって思う。


 ――おまえってさ、可愛い可愛い少年の皮を被った我が儘性悪悪魔――の皮を被った、ただの健気なやつだよなあほんと。


 それを知っているのは、バ会長だけでいい。


「なんで凛は優也のことかばうんだよ!! こいつよりおれのほうが正しいんだぞ!!」

「いた……っ」


 転校生が動き出して、その目が追うものを見た瞬間、即座にぼくは後悔した。

 今日はたしかに、ずっと会長と生徒会室に缶詰だった。あとすこし仕事を片づければ、ゆっくりできるということもあって、気合が入っていたのもある。だから、そのままぶっ通しで作業を続けていればよかった。

 どうして、休憩にコーヒーを淹れたのだろう。どうして、そこに置いておいたのだろう。


「うるさい!! おまえ、いたくないくせに嘘言うな!! 全然いたいように掴んでないだろ!! そうやって嘘ついちゃいけないんだぞ!!」


 いくつも入れた砂糖の袋が、無造作に散らされたコーヒーカップを、躊躇なく掴んだ転校生。かけようと動くと同時に、半開きだった生徒会室のドアが勢いよく開かれる。

 一瞬の出来事だったのに、まるでドラマのワンシーンのようにスローモーションに映った。それは、ぼくの目だったからかもしれない。

 パシャ、という、ぬるくクリーム色になったコーヒーが、ひたひたと地面に落ちる静かな音。


「く、じょう……」


 割り込むようにして転校生を押しのけた里巳の力には、どうやらひとかけらの遠慮もなかったようだ。そんな里巳が、また、ひどくぼくを傷つける。

 すこしして、かしゃんと甲高い音を立てて、ぼくが愛用していたマグカップが地面に真っ二つに叩きつけられる音がした。転校生が投げつけたのか、呆然として落としたのかは、ふたりに釘づけになっていたぼくには分からなかった。

 じんわりと、ぼくには心地よいはずの甘い香りが鼻をつく。


「な、な、……なんで、里巳が優也をかばうんだよ……悪いことしたのは優也なのにっ」

「それまで何があったのかは知りませんが、人様のコーヒーを頭からぶっかけていい理由がありますか」


 冷ややかな視線と、感情を殺したような無機質な声に、転校生がびくつく。取り巻きも、さすがにこの惨事はやばいと感じているのか、口をつぐんだままだ。

 転校生によってさかさまにされたコーヒーは、香宮のどこを汚すこともなく、綺麗に里巳のシャツのシミになっていた。

 ああ、早い。すごい。鮮やかだ。里巳の行動は。迷いがない。……全部、香宮を想っている証拠だ。

 ぼくじゃないだれかを守るように、庇うように立つ里巳に、心がえぐれる。


「香宮だけじゃないぞ」


 閉じ込めておけない感情が、頬を伝おうとした刹那、大きな背中が影になる。いつの間にか近くに来ていた会長の影が、ぼくを周りから遮断するように囲った。

 転校生も、香宮も、……里巳も見えないところへ。


「そこの自己中宇宙人はまずマグカップに謝れ。そんで、そのマグカップを大事に大事に使っていた実は物持ちのいい百瀬にも謝れ」


 ぼくを隠してくれた。

 いつもは傍観者みたいにことなかれ主義な男が、いざというときに出す声には言い知れぬ迫力がある。語尾を伸ばすような間延びした低い声だというのに、相手を萎縮させるような強さがある。


 ぼくのためだ。


「呼んだぞ、風紀。もう収集つかないしなあ。俺にはまとめかねるので」


 ……やっぱり会長は会長だ。


「ちなみに俺様のアイフォンにはボイスメモという、指紋認証でロックを解除してアプリを開き、たった一回タップすればその場の音声を記録できる便利なツールが入っている。全部録音済みだから、当事者の宇宙人はもちろん、そこの馬鹿役員もただでは済まないだろな。はっはっは」


 全然笑っていない声。だが、相手方にダメージを与えるには十分だったようだ。

 たしかに、耳を澄ましてみれば廊下を走る複数の足音が聞こえる。さすがいじめ抜かれていた風紀。転校生を潰すチャンスに対するアンテナは十分らしい、迅速な対応。


「……せ」


 いよいよ転校生も終わりだなあ。


「百瀬トリップ」

「は? 何」

「おまえはね、保健室行くんだよ。なんでかっていうと、一つはここに風紀が入ってきたら人数キャパオーバーでライブ会場みたいな床が抜けるレベルの狭さになるからお役御免な俺様たちはとっとと抜けるっていうのと、もう一つはおまえカップの破片で足怪我してるっていうので」

「分かった」

「ね。俺様がいて助かっただろうが。奴隷のように働いて返せよ」

「死ね」


 泣きながら言うな。会長がぼくにしか聞こえない声で呟いて腕を引く――。


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