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 暗がりの向こうで肩を撃ち抜いたように見えた。しかしゼオシスも胸に一発食らってしまった。
 三発も体に風穴を作られては、さすがに体も悲鳴を上げる。脳天も貫かれているのだ。死にはしないが、激しい頭痛に吐きそうになった。最早立っていられない。
 なにせ、頭蓋骨は勿論、脳味噌が抉られたのだ。普通ならば灰色の脳髄をぶちまけて死ぬところである。そこを回復しようとナノマシンが活発に働ている。回復に伴う痛みと熱にゼオシスはたまらず踞った。

 すると、自分の上に影が伸びた。音もなしに近付くのは、自分と同族の者か。そんなことを考えていると、いきなり胸ぐらを掴まれた。たださえ苦しいのに、喉がしまって息が詰まりそうになる。
「あっ、はぁ……」
 うっすらと目を開けると、そこには赤い髪に赤い瞳。黒いコートに身を包み、自分を軽々と胸ぐら掴むのは懐かしい男だった。

「よぉ、クソガキ。様ぁねぇな」
「アッ、アスタロト……」
「よくも肩を撃ってくれたな、生意気なクソガキだ」
「それは貴様が撃ってきたからっ……うっ」
「年上への口の聞き方ってのをお兄様に習わなかったか? 相変わらず、躾がなってないな」
 レイやクルーゼ達が今話すアスタロトの口調を聞いたら驚くことだろう。アスタロトは乱暴な口振りで、ゼオシスの首を益々締めた。
 たとえ不老不死と言えども、喉が締まれば息苦しい。体にいくつも風穴が開いた状態がより拍車を掛けた。

 ゼオシスは赤紫の瞳で赤を見詰めた。
「それより、なんで……」
「あぁ? なんで生きてんのかって? メフィストにも会ったろ。なら予想も出来たはずだ」
「あまり、考えたくなかった……」
 頭痛に眉を寄せて悶える顔はけして誘惑をしている訳でない。しかし、荒い息をつく彼に男娼も恐れをなす色気があった。息を漏らすと、その温かい吐息がアスタロトの顔に直に当たった。淡い香水の香りがする。

 それにも関わらず、アスタロトは不快そうに舌打ちするとゼオシスを乱暴に倒した。
 地面に転がって喘ぐゼオシスをアスタロトは冷たい目で見詰める。そして、蹴り飛ばすと腹の上に容赦なく足を乗せた。
「やっぱり、お前はマゾだなぁ」
「誰がマゾヒスト、だ……」
「あぁ? 昔はよがって嬉しそうに鳴いてたじゃねぇか」
「昔と今は、違う!」
「違わねぇよ。体は素直だ。知ってるか? サドも度を越えると、変態マゾになるんだぜ。今は誰にやってもらってんだ? あの狂犬か?」
「カッ、カインは……関係ない」
「そうかよ、けど嘘くせぇな。今から試してやろうか」

 アスタロトの赤い瞳が細められる。彼は聖十字<クロスロード>を毛嫌いしている。そのため、ゼオシスも昔から良く思われていなかった。
「もしかしたら尻の穴がユルユルかもしれないな」
「やっ、止め……」
 アスタロトの指がゼオシスの外套を剥ぎかかる――。

「はぁい、止めた止めた」
 突然、間延びした声がした。複雑な総督服に苦戦していたアスタロトは、何事かと顔を上げる。
「……なーんだ、べルか」
「何だとは何だ。失礼だね。折角、アストの代わりに掃除してきたんだよ」
 長めの揉み上げを指でくるくると弄りながら、べリアルは姿を現した。地面のタイルに押し倒されたゼオシスに乗り掛かるアスタロトを一瞥すると、長い溜め息をつく。
 一方でアスタロトはべリアルには気を許しているようで、ニヤニヤ笑いながらゼオシスから退いた。

「相変わらず、ゼオを虐めるのが好きだねぇ」
「あまりにも躾がなってないから説教をしてやろうと思っただけだぜ」
「キミの場合、調教の間違いだろ?」
 何気ない様子で言い捨てた。それに対して、アスタロトは眉を寄せる。しかし、べリアルはアスタロトがこれ以上話すのを許さなかった。
「レイがいるのに、隣で総督なんかを抱いたらレイが可哀想でしょ」
「我らが蛇の分身はそんなんで泣くか?」
「知らない。でも、レイは男勝りだけど、中身はナイーブな女の子なんだよ」
「ハァ? そういうもんかぁ?」
「案外ね」

 ゼオシスは困惑していた。アスタロトが手を離したまま、状況が理解出来なかった。相変わらず、頭痛で足元がふらつくが仕方ない。ゼオシスは立ち上がって二人を見比べた。

 この二人に会うのも久しい。実にニ百五十年ぶりだ。しかし、彼らは聖十字<クロスロード>内では死んだとされている存在だ。そして聖十字<クロスロード>が最も隠し通したい、忌まわしい存在でもある。
 何故なら、彼らは禁忌を犯した。それは傲慢か、果ては憤怒か。挙げれば切りない憶測が回る。彼らは聖十字<クロスロード>の反逆者、サタンの衆なのだ。

「べリアル、貴様……掃除って何をしたんだ。あと蛇の分身って……」
 不明な点が二つもあって、何を聞けば良いやら。壁に体重を預けながらゼオシスは立った。

 べリアルはゼオシスの様子を哀れむ様に見ると、首を横に振った。
「ゼオシス、君には僕に感謝してほしい」
「は?」
「君の仕事を僕が代わりにやってやったんだ」
「オイオイ。代行って言うわりには、見境なくないか?」
「そう?」
「全く」
 薄笑いを浮かべてアスタロトはべリアルの言葉を言及した。意味深な彼らの会話にゼオシスは嫌な予感しかしない。
 そもそも、メフィストに再会してから何かがおかしかった。もしや自分が異変に気付く前から、事は起こっていたのかもしれない。

 べリアルは場違いなほど、穏やかに言う。
「その名の通り、掃除したんだよ」
「……まさか。いや、そんな訳ない」
「いいや、ゼオシスが想像した通りのことをしただけだよ。なんなら言おうか?」
 ゼオシスはべリアルの巨悪を知っていた。
 彼らがしたことはニ百五十年前にもあったことだ。彼らは計画実行のためならば、どんな犠牲も問わない。味方をも手にかけ、敵を葬るのだ。それに何の戸惑いもない。

 あの日のコスンタンティノープルが甦る。炎にそびえる聖十字<クロスロード>の支部。そこにいたのは忘れもしない、最愛で最も憎むべき人――。





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