13 響く銃声。弾丸がコンクリートに当たる。 だが相手も雑魚ではないらしい。掠りはしたようだが、上手く逃げ切ったようだ。 「ほう……」 思わず感心の声が出た。総督である自分の弾を人間が避けるとは、面白い。ゼオシスはわざと足音を立てて、気配がある方向へ歩み寄った。 近付くにつれて、荒い息が微かに聞こえてくる。これでは気配も消そうとしても意味がない。確実に誰かが潜んでいるのは見透しだ。 ゼオシスは加虐心に舌舐めずりした。知らず知らずに顔の筋肉が緩む。久しく自分が放った銃弾をまぐれでも避けたのだ。一体どんな人間なのか気になって仕方がない。直ぐに殺すのは止めた。焦らしていこう。 狙いをターゲットに定めて、ゼオシスは建物の影に潜む者に容赦なくトリガーを引いた。狙うは黒い影。 「――キャン!」 悲鳴に近い鳴き声が聞こえた。予想もしない声に目が見開かれる。 すると、影から黒猫が倒れて来たではないか。そして、そのまま死んで動かなくなる。小さな体からじわりと赤い水溜まりが広がっていった。 「猫、だと?」 訝しげにゼオシスは眉を潜めた。先ほどまであった気配は確実に人のものであった。 だったら、何故いないのか。まさかこの数秒間で人間如きが逃げ切れる訳がない。ゼオシスは目の前に起こった事象に動揺した。 その時、頭に鉄の塊が当たったのだった。 時々光る爆撃の光で影が出来る。見ると確かにゼオシスの後ろには人がいた。 しかし男にしては小柄である。体にも丸みがあるし、腕も太くない。髪は隠しているようだが、この人物の実態は女に違いない。ゼオシスは密かに笑った。 「撃たないのか?」 ゼオシスは聞いた。すると、影はピクリと震えて反応を示す。その様子から銃を持ちなれてないのだろうと推測した。 「撃ちたいように撃て」 あくまでも挑発を繰り返す。実際、撃たれたところでゼオシスは死なない。そのことを大概の反乱軍は知らない。驚いているうちにでも心臓を撃ってしまえば良い話だ。後ろを取られたのは大きな失敗だが、致し方ない。 すると、影は口を開いた。 「総督は不老不死。銃弾は効かないんだろ」 アルトの滑らかな声だ。案の定、女である。 「……それはどこで聞いた?」 「そんなん聞いてどうするんだ」 女の反乱軍兵はそう言うと、短刀を抜いた。そして首に刃をかざす。皮膚が裂ける感触があった。刃に血が伝う。女はゼオシスの髪を掴んだ。 「クッ……」 「首を失っても体は生きるのか……、気になる」 「生憎、試したことはない」 首を失う経験はない割に淡々とした声だったことに驚いた。それを聞いた女も良く思わなかったのだろう。短刀に力を入れるのが分かった。 しかし、この人物は肝が座った女であるようだ。その一方で、そのまま首を跳ねるには覚悟がないらしい。勇ましいのは認めよう、だがゼオシスはいい加減この状態に飽きてきた。 上半身を後ろに倒す。多少首が切れたが、気にするほどでもない。ゼオシスは女の胸に倒れ込むと、短刀を突き出した手を掴んで、背負い投げた。 すかざず銃を構え、落ちていく女の体を狙う。標的はあった。あとはそのままトリガーを引くだけだ。 「Dust thou art, and unto dust shalt thou return .――汝は塵なれば塵に返るべし。死ね!」 人間はいずれ土に還る。アダムがそうであったように、彼の子孫は全て死ぬ。この反乱軍の女も今が死に時だ。女が武器を持つのは相応しくない。 水不足に苦しむ貧困の墓。そこにせめて死に逝く時だけでも、水という命の流れに触れられるのならば。容器を手に走るあの日の少女の姿が頭に浮かんだ。 あの日の少女は、生に忠実であり、尊重していた。生を奪う側の人間になるわけがない。勝手にそう思い込んでいた。 暗視ゴーグルが宙を舞った。空中でひびが入って砕けてしまった。どうやら命中したのは暗視ゴーグルだったようだ。破片がきらきらと落ちる。 またしても避けられた。ゼオシスは唇を噛んだ。最初の一発目だけの奇跡と思っていたが、まさか本当に避けられるとは思ってもいなかった。 そして、地面に女も倒れ落ちた。女はそのまま動かなくなった。まさか死んだわけあるまい。気を失ったか。ゼオシスは何も映さない瞳で女の倒れた場所へ行った。 俯せになっている女はやはり男に比べて華奢だ。線も細い。投げ出された棒のような腕で引金を引いていたかと思うと、酔狂な奴だと内心呟いた。 頭髪を隠していたキャップを取る。零れ落ちたのは黒髪だった。否、黒髪に混じる不自然な色は空を切り取って貼り付けたような青――忘れる訳がない。思わず息を飲んだ。 「まさか……」 声が掠れる。嘘だと思いたかった。少なくともあの日の少女は将来銃を奮うような娘ではなかった。 方膝を地につけて、恐る恐る上半身を抱いてみた。 顔にかかる黒髪を丁寧に退けてやる。陶器のような白い肌に、はっきりとした柳眉。伏せられた睫毛は長い。化粧っ気はないものの、美しい顔立ちだ。 「こんなところで……」 戦場にいてはならないと直感した十年前はなんだったのだろうか。否定したかった。 女は、あの日の少女だった。 実に美しくなった。唇がほんのりと赤い。気を失っているようだ。目の前で銃弾が弾けるのを目にしたら、仕方ない。出来れば青い瞳を見たかったが、今目を覚ましたら彼女は自分に憎しみしか見せない。 このまま殺してしまおう。ゼオシスは先の短刀を手にした。これが彼女の為でもあり、自分の最善である。 漆黒のドレスが似合いそうだ。白い肌に良く映える。そんな他愛もないことを考えてながら、心臓目掛けて短刀を振り下ろした。 その時、近くで銃声が聞こえた。 「うっ……」 先ずは背中から心臓へ弾が貫通した。一日に何回も体を貫かれては、たとえ回復があるとしても多少堪える。総督になってから、心臓を撃たれるなど久しかった。 そしてもう一発。ピンポイントで頭を撃ち抜かれる。血が激しく飛び散った。目眩がする。思わず体が前のめりになって、女に被さりそうになった。すると目に入ったのは、自分の血が飛んだ白い肌。汚してはならないと思って、体を少し起こして銃を手に取る。 背後から狙う卑怯者を殺そうと、振り返り引金を引いた。 銃声が重なる。 <*last><#next> [戻る] |