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 鼓舞された兵たちは速やかに走り行く。市街戦に巨大な機械は邪魔だ。複雑な道を有するアレクサンドリアは戦車を持たなくとも、要塞都市を使いこなせば勝てるものである。
 あとは自分の身体を血で濡らすだけだ。ゼオシスは掌を見詰めた。一時間後に自我を保てているかの自信はない。血の臭いは理性を狂わす。仮面を勝手に外させてしまうのだ。

「イスラーフィール総督。ファウスト様が見えておりませんが、どうなさいましたか?」
 ゼオシスが進軍する部下たちを見送っている時、大将の男がおずおずと聞いて来た。この大柄な男をゼオシスはずっと知っている。
 ゼオシスは淡い赤紫の瞳で中年の彼を一瞥すると、呟いた。
「奴はもう年だ。夜間での戦闘に呼んでは体を壊すかもしれない……」
 手頃な言い訳が思い付かなかったので、ゼオシスは自分でもらしくもないことを言った。

 本当はヨハネスが姿を見せないことに不審な気持ちがあったのだ。今更ながら、メフィストの言動が気になってしまう。まさかメフィストがヨハネスのような老人に趣味があるわけがないだろう。
 しかし先ほどから嫌な予感がするのだ。

 一方、大将の男はゼオシスの言葉を聞いて、瞬きを数回した。それにゼオシスはらしくない言い方をしてしまったと一瞬後悔する。しかし、男は納得したように微笑んだ。
「総督はお優しいのですな」
 いきなりの話で頭に疑問符を飛ばしているゼオシス。優しいという言葉が似合わないことぐらい自覚はしているのだ。何故そんな言われようなのか解せない。

 すると男は言葉を続けた。
「本当ですよ。総督は必ず我らの元に助けに来てくださるじゃないですか。先ほどは応答がなくて不安になりましたが……応答が通じれば直ぐに来て頂きました。また兵を直ぐに指揮し、私たちに活気を与えて下さいました」
「それは……総督として当然の役目だ」
「はて、そうでございましょうか。ならば顔を背けないで下さい。堂々となさって下さい」
「貴様は、……昔から人をからかうのが好きだな。下らない世辞を並べても、何も出てこないぞ」
「ははは、そんなつもりはございませんでした。失礼しました」
 彼のせいで危うく仮面が取れそうになった。

 ゼオシスは見かけは実に二十歳前半だが、実年齢は大将の何十倍も生きていたりする。起こる事象が見慣れたものになってきていたはずだ。この年になって、たかが人間に不意打ちさせられるとは思いもよらず。予想外だった。
 ゼオシスは一刻も早く話題を変えたくなった。

「にしても、貴様には家族がいるだろう。殺す相手が母か子供の名を叫んだら平静を保っていられるのか? 私が先言った言葉は貴様には厳しいはずだ」
「総督、揺さぶらないで下さい。覚悟がぶれてしまいます」
 短髪を申し訳なさそうに掻いた。大将の横顔をゼオシスは無表情で眺める。それがまたゼオシスのペースには乗らなくなるのは、まだ考えてもいなかった。
「覚悟? 変な事を抜かす奴だな。そんなもの要らない」
「いえいえ、同じ人を殺すのです。昔は無我夢中に銃を撃っていたものでしたが、今は心を鬼にし、一方では冥福を祈る気持ちが私には必要なのです」
「フン。それは人を殺せなくなった言い訳か? 老いのせいにするな」

 あくまで挑発的な姿勢を崩さないゼオシスの内心は大荒れだった。心配を煽ったつもりが、やりくるめられるとは自分が情けなくなる。挙動不審になるのは、本当はゼオシスの方であったのだ。

 しかし大将はそれを知らない。彼は芯からの考えを連ねただけだ。
「ご安心を。老いても私の役目は総督を守る事。総督の留守中に支部は落とさせません」
 また微笑みを浮かべる。何故底抜けに明るい顔をして笑うのかが分からない。ゼオシスは大将に対して言葉が出なくなった。

 とうとうゼオシスは黙り込んでしまった。睫毛を伏せる。すると、頬に睫毛の影がさした。
 これ以上何も言わなくなった総督に対して、気の良さそうな大将の男は指を揃えた手を額の前に持って来た。敬礼。実に馴れた調子だ。
 そして、大将は自分の持ち場に帰って行った。その背中は細身のゼオシスより遥かに大きく、頑丈だ。たよりがいがあるという言葉は一番大将に似合いそうだ。
 ゼオシスはふと思った。
 そんな彼の事は昔から知っている。彼も二十年程前は血気盛んな青年兵だった。それがいつの間にか、妻子を持つようになり、髪に白髪が混じり、大将の席に上ってきた。二十年後は、果たして彼は生きているだろうか。それとも、自分を置いて棺に寝床を求めるのか……。

 黙ってゼオシスは自分より広くなった背中を見送った。


 彼を初めとして、口では兵を駒扱いにするが、ゼオシスは全ての部下の顔に見覚えがあるようにしていた。三百年の間に、失った顔は数えきれない。
 彼らは所詮は人間だ。自分より早く死ぬ生物である。部下が老い逝く姿を見るのは何回も繰り返した。そして今回、自分は儚い命を奪おうとする。

「私に、優しさはない」
 そもそも、人間らしさなど持ち合わせていない。こんな身体で、一体人間らしさをどうやって得られるのか。否、無理に決まっている。
 ゼオシスは唇を噛んだ。出来るものなら、分厚い仮面をこの場で叩き割りたいぐらいなのに、臆病風が吹き回る。常に孤独だ。孤独の中で、踞っているだけだ。

 そして一人、無防備にも関わらずアレクサンドリア中央部に向かった。夜闇の中、呆然と歩く姿はまるで戦闘を放棄しているようである。
 じきに南から反乱軍が追い込まれて来るだろう。爆撃の光が徐々にこちらに移動してくる。エンジン音も近い。ゼオシスは追い込まれた反乱軍をまとめて殲滅するだけだ。実に単純。造作もないことだ。

 しかし、それは反乱軍がまとまって来る前提である。この広大な要塞都市で総督を見付けた者が万一いるならば、優先的に削除しなければならない。

 ゼオシスはそっと溜め息をついた。
「それで気配を消したつもりか。人間なら通用するだろうが、私は騙せないぞ」
 得物をホルスターから抜き取り、構える。
 相手が素直に出てきてくれる訳ない。ゼオシスは流れるように、ターゲットを撃ち抜いた。




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