ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第五十夜 迫る闇の世界
『キミの想い、確かに聞いたで』
「え…?」
その答えは目の前に現れた英霊によってもたらされた。
『心を鎮めなさい才ある者よ…。そしてその思いを乗せて願いなさい』
ゆらは己の周囲に湧き上がる霊力を感じていた。それはゆら自身の霊力と交わり、爆発的にその量を増していく。
『そして唱えよ。悪を祓う言葉を』
「『東海の神、名は阿明、西海の神、名は祝良…』」
周囲を渦巻いていた霊力がゆらの呪文を受けて退魔の術へと象られる。
「『百鬼を退け、凶災を祓わん』!」
甚大な霊力のもとに放たれた退魔の術は一直線に羽衣狐を狙い打つ。さらに放たれた術の余波でゆらの周りを囲んでいた妖達も巻き込み、吹き飛ばした。
「は、羽衣狐様っ!」
正面から放たれた退魔術にがしゃどくろは回避しようとするが間に合うはずがなかった。
仕方なく羽衣狐は己の妖気と九尾で対抗する。だがその判断を一瞬の後に後悔することになった。
(この力…妾の九尾でも抗しきれぬか!?)
九尾を盾に妖気で術を相殺していくが、それを超えて退魔の術が羽衣狐に迫る。
「羽衣狐様!!」
咄嗟にがしゃどくろが動いた。左手を術の間に割り込ませ、右手で羽衣狐を射線からずらしたのである。
これによって羽衣狐は難を逃れることができた。しかし…
「がしゃどくろ!?」
傍で控えていた凶骨が叫ぶ。がしゃどくろは羽衣狐を逃がすと即座に自分も逃れたが、破軍の術を受けた代償として…左腕と下顎を失っていた。
―――
「はぁ…はぁ…」
ゆらは支えを失ったように崩れおちる。初めての破軍の発動。その反動は予想以上に大きいものだった。
「っ…昌彰…」
それでもどうにか起き上がると昌彰へと目を向ける。
結論から言うと天狐の焔は収まっていなかった。しかしゆらの纏う破軍の霊力が暴れようとするその力を抑え込んでいるように見えた。
「ゆら…」
焔が抑え込まれたせいか荒かった呼吸は徐々に落ちついてきていた。しかしまだ楽観できる状況になかった。なぜなら…
「ぐっ…がぁっ!」『くっ…』
「秋房兄ちゃん!?」
秋房と共に茨木童子に対している武曲はゆらの消耗によりその力を存分には振るえておらず…白虎と交戦しているしょうけらはいまだ健在。援護に入っていた禄存も数多の妖に纏わりつかれて思うように動けていない。
こちらの最高戦力であるゆらと昌彰はとてもではないが戦闘になど参加することはできない。
(ふむ…ここまでやろな。しかし…)
冷静に戦況を分析した秀元はこれ以上の戦闘は無理だと判断した。しかしこのままでは撤退する時に追撃を受けかねない。
どうしたものかと考える秀元の耳に雷撃の爆ぜる音が届いた。
―――
「『滅』」
放たれる雷撃が羽衣狐へと襲い掛かり、その場へと押しとどめる。
(先程の小娘といい…これほどとは…)
叩きつけられる雷撃の威力は配下たる茨木童子の鬼太鼓と比べ遜色ない。いや、単純な威力なら上回ってさえいるだろう。
「羽衣狐様! くっ…このっ!」
がしゃどくろを下がらせた凶骨が横合いから魔魅流に襲い掛かった。放たれた蛇が魔魅流へと喰らいつかんと迫る。
しかしその目論見は失敗に終わる。上空より降り注いだ風の鉾が放たれた蛇たちを引きちぎったからだ。
「新手!?」
凶骨が焦って風の鉾の飛来した方向を見上げればそこにいるのは自分の外見とさほど年の頃が変わらないような少女と少年が浮かんでいた。
『ふぅ…なんとか間に合ったみたいね!』
しかし先程の攻撃を放ったのは間違いなく彼ら。凶骨は肉弾戦の様相を呈している羽衣狐の戦いを気にしながらも油断なく相手を見据えた。
―――
『太陰、我は昌彰の下に向かう。あれは任せたぞ』
そう言って凶骨の方を指す玄武。
『わかってる! それよりも急いで…(まさか若明達が危惧した通りになってるなんて…)』
周囲に残る苛烈なまでの力の残滓。それは昌彰の力が暴走したことを示すものだった。
顔を顰めている太陰に再び蛇が襲いかかる。それを鬱陶しげに撃ち落とすと太陰は凶骨を睨みつけた。
かつての大阪城の戦いでは見なかった妖。新たに百鬼に加わったものか、あるいは誰かの娘か…
『あんた達に恨みがあるわけじゃない…。けど、昌彰達に手を出すっていうのなら…』
神気を孕んだ風が渦巻く。それに対して凶骨もしゃれこうべを構える。が…
「っ…!?」
さらに膨れ上がっていく太陰の風に凶骨は表情に焦りを滲ませた。
††††
(くっ…存外にしつこい…)
羽衣狐は魔魅流の攻撃に苛立ちを感じ始めていた。
接近戦を挑んできたのは最初の数合のみ。それ以降は距離を取っての雷撃でこちらの動きを封じてくる。
幾度か配下の妖が死角からの攻撃を仕掛けたが悉く雷に焼かれ、消し炭となっていた。
(じゃがそれもここまでじゃ)
がしゃどくろがやられて後退したのは痛いが、それでも茨木童子、しょうけらを押し立てての攻勢に相手は最早防戦一方の状態だ。封印があるであろう本殿の方も数に任せて包囲している。結界さえ破れれば数多の妖がなだれ込み、勝敗は決するだろう。
後は後顧の憂いをなくすためにここにいる陰陽師たちを倒すのみ。
「もう十分だ魔魅流!」
そう考え、魔魅流を睨みつけていた羽衣狐の耳朶をまた別の術師の声が打つ。
「喰らうがいい…『仰言 金生水の陣』!」
地面に浮かび上がるのは水を纏わせた陣。吹き上がるのは水。
「ぐっ…!?」
咄嗟に振るった尾が侵されるのを感じて羽衣狐はそれを引く。降り注ぐ飛沫を妖気を放つことで弾くが白い尾は所々焼け焦げていた。
―――
(よくやったゆら…)
昌彰の横に座り込んでいるゆらを横目に見ながら、竜二は己の全霊をこの術に傾けていた。
羽衣狐が戦場に出てきた時からその隙を窺い、常に狙っていたのだ。頭を失えば百鬼夜行は瓦解する。それをわかっていたから竜二は最初から羽衣狐にのみ狙いを定めていた。
だが、竜二が羽衣狐を攻撃する際に最も重い障害があった。それががしゃどくろだ。
土の性を持つがしゃどくろは水を操る竜二に対して著しく相性が悪い。だが、そのがしゃどくろはゆらの破軍によって退けられた。ならば狙うは今。
「魔魅流!」
さらに竜二の声を受けて距離を取っていた魔魅流が動く。
「『滅』!」
魔魅流の操る雷は木行に属するが故に、竜二の水行と組み合わされることで水生木の理に則り雷はその力を増し――白雷が羽衣狐に襲いかかる。
「羽衣狐様!?」
しょうけらが援護に入ろうとするが白虎の風が渦を巻き、行く手を阻む。苛立ちも顕わに十字槍を白虎へと向けるが禄存が突っ込んで槍を逸らす。
「くぅ…」
羽衣狐は抗おうとするが仰言の檻に囚われている今、九尾を振るうことは叶わない。仕方なく妖力のみで対抗するが、九尾を併せてようやくやり過ごしていた雷撃はそれで防ぐことは出来ない。
「なに!?」
竜二は思わず顔を歪めた。その表情は驚愕だけでなく苦痛の色が見て取れた。
仰言で描かれた捕縛の陣。それに一振りの太刀が突き立てられていた。あらゆるものを腐食させ、溶かす仰言を破るとなるとそれ相応の妖刀…。さらに漆黒の扇が襲い来る雷撃を弾く。
「三尾の太刀…二尾の鉄扇…」
「ぐっ…かはっ…」
渾身の術を破られた返しの風によって竜二は臓腑が抉られるような衝撃を受け、崩れ落ちる。
「竜二…!」
「ようもやってくれたな…陰陽師!」
「っ!」
解放された九尾が魔魅流へと襲いかかる。魔魅流は白雷が迸る拳で応戦するが手数で勝る羽衣狐の尾を止めることはできない。
「魔魅流…っ…」
竜二は魔魅流の援護に動こうとするが腹部に走る激痛がその動きを妨げる。それでも竜二は背から新たな竹筒を抜いた。
「去ねよ…陰陽師」
思うように動けない竜二へと新たな刃が向けられる…一振りの三叉槍が。
「四尾の槍“虎退治”」
その切っ先を見て竜二の頭に防御するという考えは浮かばなかった。人智を超えて鍛えられた刃の前に己の防御は無意味であると。
「竜二!」
魔魅流が初めて焦りを滲ませた声を上げた。
「『惑いの霧よ…民草を包め』!」
白い濃密な霧が一瞬にして竜二と羽衣狐を覆い隠した。それだけではない、茨木童子と死闘を演じていた秋房も、必死に封印を護ろうと本殿を守っていた他の術師達も全てを包み込んだのだ。
『退け! 花開院の子孫どもよ!』
白霧の中に英霊たる秀元の声が響く。その声を聞いても術者たちは躊躇った。
この第二の結界を破られればもはや後がない。それで退いてよいものかと。
「退け! このままでは消耗するだけだ!」
しかし竜二が続けて叫んだことで速やかに動き出した。
白霧の晴れた時には既に花開院の術師達の姿はそこにはなかった。
こうして第二の封印の相剋寺は羽衣狐の手に落ちた。
残すは第一の封印…弐条城のみ…。
―――
あとがき
琥珀「ようやく更新できました!」
昌彰「短編を除けば一カ月ぶりか…」
琥珀「です…バイト中は余裕がなかったです。はい」
昌彰「で、今回の話の解説だが…」
琥珀「さほど解説するようなところは無いかと…。下手に書くとネタバレだしね」
昌彰「一応これで相剋寺戦は終わりか?」
琥珀「多少強引ですがその通りです。次からは京都上空の空中戦、花開院家での会合と続きます」
昌彰「問題はいつになるかだが…」
琥珀「学校も始まるしね…。出来たら四月中には更新したいけど…」
昌彰「読者の皆様、また気長に待って頂けると嬉しいです」
琥珀「それでは読んで頂いてありがとうございました!」
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