ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜 第五十一夜 夜明くれど、闇晴れず −夜明け前・京都東部上空− ドゴォォォン! 轟音を響かせ、一発の砲弾が宝船の船底を打ち抜いた。 「最初からこんな船落とせばよかったのだよ…」 大将であった白蔵主の制止も無視し、ヘマムシ入道を筆頭に京妖怪たちは宝船に襲い掛かる。このまま撃墜させられれば飛べない奴良組の大半は全滅だ。 「くっ…! 耐えろ! もうすぐ夜明けだ!」 黒田坊は自らも応戦しながら叫ぶ。 夜が明ければ妖の力は半減する。それまで耐え凌げば相手も撤退するはず…。 ほどなくして眩い朝日が山裾のむこうから顔を出した。だが… 「姿が…」「変わらねぇ?」 昼夜で姿が変わる面々が、いつまでたっても変化がないことに困惑していた。だがその原因は奴良組の目の前に既に広がっていた。 「なんだあの柱は!?」 噴き上がる呪力の積柱。それは幾度となく流された血によって蓄積された恨み、憎しみに穢された呪力。 それらは浄化を兼ねる螺旋の封印が破壊されたことで溢れだす。そしてそれこそが京妖怪の力の源泉となっていた。 溢れだす濃密な呪力は昼を夜と同様にするほどに凄まじく、月詠はおろか天照の加護まで遮ってしまう。 「マズイ! このままでは…」 幾多の空を舞う妖に囲まれた宝船達は稲荷山を越え、京都市街へと突っ込もうとしていた。 「宝船! 山だ! 山沿いに速度を落として不時着しろ!」 鴆の指示を受けて、宝船はその向きを変えた。しかし京妖怪たちの攻撃は緩まない。奴良組も各々が応戦するものの、やはり空を飛べる相手に対しては分が悪かった。 「!?」 奴良組に諦めの空気が漂う中、白く輝く流星が宝船周辺へと降り注いだ。 「な、何だ!? 新手か!?」 そのあまりの速さにその正体を捉えきれなかった奴良組は新たな勢力に対しても警戒感を露わにする。そのうちの一つが宝船の甲板へ、リクオの前へと舞い降りてきた。 「何者だ!」 目の前の京妖怪を切り裂き、首無がリクオを庇うように立ち塞がる。 「…奴良組若頭、奴良リクオ殿とお見受けする」 朝日を遮る漆黒の翼、身に纏うは青銅色の鎧、その面差しは伎楽の物に似た紫紺の面に隠されている。 宝船の甲板に舞い降りたのは一人の銀髪の青年だった。 「…天狗?」 その鼻の高い面に見覚えのあった首無が呟く。 「然り」 その言葉に青年は頷くと敵意は無いというように腰に吊っていた剣にかけた手を離した。 「我らは愛宕の里に住まう愛宕天狗。我はその次代総領が守り役の片翼、吹雪」 「愛宕?…愛宕ってぇと…ああっ!」 吹雪の名乗りに首を傾げていた納豆小僧が大声を上げた。 愛宕天狗とは…京にある妖の集団でありながら京妖怪の勢力にあらず。猿田彦大神に仕える魔怪である。 そして… 「我らは古の盟約に則り、安藤、花開院そして奴良組につくこととなった」 その言葉に首無だけでなく、近くで話を聞いていた者すべてが目を瞠った。 「じゃああれは…」 首無達が先程光の通り過ぎた方を振り仰げば、白銀の流星が京妖怪たちに襲いかかるところだった。 突如として飛来した愛宕天狗達に完全に不意を突かれた形になった京妖怪たちは大混乱に陥っていた。 「貴公達は船を守れ。討つのは…我々がやる」 吹雪はそう言って自らも剣を抜くと翼をはためかせて暁の空に舞い上がった。その翼が巻き起こす風圧に納豆小僧を始めとした小妖怪たちは吹き飛ばされないようにするのがやっとだ。 「お前ら何ぼさっとしてやがる!」 吹雪を見送っていた奴良組の面々はリクオの一喝で我に返った。愛宕衆が相手をしているとはいえ、零れた京妖怪たちが再び宝船に襲い掛かって来ていたからだ。 「来るぞ! 奴良組《俺達》の力見せてやんな!」 †††† 愛宕天狗の介入で真っ先に落とされたのは砲を背負った京妖怪だった。宝船達を脅かす圧倒的な火力を持っているがその代償として動きは遙かに鈍い。愛宕衆にとってはただの的でしかなかった。その剣から逃れる術は無く、全ての砲門は地へと叩きつけられた。 しょうけら配下の虫の妖達も同様だった。その機動力による一撃離脱の戦術によって空中戦力のいない奴良組を苦しめていたが、強靭な翼をもつ愛宕衆の参戦によりその優位は一瞬にして崩壊した。速さはもとより、その翼から生み出される風圧によってまともに飛ぶことすらもままならぬところを一刀のもとに切り捨てられていく。 そんな中で唯一愛宕衆と渡り合えたのは同族たる天狗達であった。 ――― 「くっ…」 比叡天狗の一党はどうにかどうにか愛宕衆の猛攻を凌いでいた。至る所で剣と錫杖、刀が打ち合う音が響き渡る。 戦力は互角、いや数で言えば比叡側の方が上回ってさえいる。しかし… (格が違う…) 全体として比叡天狗は押されていた。戦力の一部を奴良組の宝船に回しているとは言ってもこの状況。個々の戦力で圧倒されているのだ。 (その中でもこいつは…) 比叡天狗の指揮を任されていた朱鷺は相手にしている愛宕天狗を見据えながら二刀を構え、間合いを測る。 対峙するのは同じく二刀を構えた銀髪の天狗−吹雪。 先程途中から参戦したはずだが既に四人もの手合いが落とされていた。それも殺さぬように…だ。 朱鷺とも既に幾合も打ち合ったはずなのに息一つ乱れていない。そのことからも既に実力の差ははっきりしている。だが… (それでも退くわけにはいかねーんだよ!) 「ふっ…!」 こちらが動こうとした瞬間、吹雪が微かに翼を動かした。 「くっ!」 そう思った矢先、目の前に現れた吹雪にどうにか刀を合わせる。即敗北という事態は避けられたが大きく後ろに跳ね飛ばされる。 即座に翼を操って吹雪の方を向き直るが既にその姿は無く、下から聞こえた僅かな羽音に、直感的に刃をそちらへと投げ放った。 咄嗟に放った刃の切っ先は正確に吹雪を捉えていた。至近距離で、かつ反射的に放たれた刃を回避することは天狗の翼を以てしても不可能に等しい。だが… 「なっ…」 不可能に等しいことが不可能なわけではない。吹雪は微かに身を捩るようにして刀を躱すとそのまま肉薄した。 朱鷺も残された一刀で応戦しようとするが、一閃した剣に残された左の刃が腕ごと斬り飛ばされる。 「お主が指揮官だな…」 刃を喉元に突きつけながら吹雪は問う。 「ぐ…ああ…比叡の一党、若頭の朱鷺だ…」 朱鷺は失った左腕を庇うようにしながら吹雪を睨み返す。例え刃を失ったとしても比叡天狗としての誇りまでは失っていない。 「では朱鷺、ここで退く気はないか?」 「は?」 その言葉が嘘ではないと示すように、周囲への警戒をそのままに吹雪は剣を下ろした。 「もとより同族と殺し合う気はない。我らが総領もそう望んでいる」 「は…おもしれぇ冗談だ」 端から信用していないと言うように朱鷺は吐き捨てる。 「神に仕えるとは言っても所詮お前達も妖だ。それなのに何故人間側につく?」 訝しむような朱鷺の問いに吹雪は淡々と答える。 「知れたこと。縁に基づき、恩義に報いるためだ」 その昔、愛宕の里は未曽有の危機に立たされた。一族郎党全てが外法師の呪詛に倒れ、総領も次代も危うくその命を奪われるところだった。 その一族の命運を文字通り命を、その全霊をかけて救ってくれたのが安倍昌浩、そして十二神将。人間を忌み、一度はその意思を踏みにじった愛宕衆に対して彼らは最後まで盟約を果たした。 それが今の安藤の始祖。故に愛宕衆は安藤に対して、十二神将に対して盟約を果たす。 「退け。同族のよしみでの警告だ。次は…」 “殺すことになる” そう言って吹雪は再び朱鷺へと刃を向けた。 それに対し、朱鷺は笑みをもって答えた。 「悪いがこちらにはこちらの忠義がある。それにこの戦い、俺達の勝ちだ」 「なに…?」 吹雪が訝しげに眉を顰めた瞬間、轟音が爆ぜた。その音に吹雪が宝船へと目をやれば白煙を引きながら街へ向かって降下を始めていた。 「退くぞお前ら! 船さえ落とせばこちらの物だ!」 そこからの比叡天狗の反応は早かった。対峙していた愛宕衆を撥ね退け、地上に降下した。落とされた仲間を拾い上げた天狗達は北へと飛び去った。 「追うな! 今は船を止める!」 追撃をかけようとする愛宕衆を吹雪は止めた。手負いの宝船があの巨体で京の街へと突っ込めば被害は甚大。無視するわけにはいかなかった。 ――― あとがき 昌彰「さすがに今回は言い訳無用だ…って…」 『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…中略…ごめんなさい。 By 琥珀』 昌彰「逃げやがったか」 二枚目『ホントにすみません四月中に更新するとか言っといてGW中にすら更新が覚束なかったのは自分の不徳の極みです。お待ちして頂いた読者の方には大変申し訳ありませんでした』 昌彰「ホントに何やってんだか…というか待っていて下さった読者の方がいるか疑問だが…」 『次回は五月十九日、ゆらちゃんの誕生日に何か短編を書こうかと思っています』 昌彰「俺の誕生日をすっぽかしやがったからな…ゆらの誕生日くらいはまともにやってほしいんだが…」 『とは言っても地味に実習試験やらレポートや…』グシャ 昌彰「はぁ…毎度のことながら…読んで頂いている皆様、気長に待って頂けると嬉しいです。それではまた次回お会いできることを祈って」 [*前へ][次へ#] [戻る] |