[携帯モード] [URL送信]

1page novel
春よ恋

「さむ…」


電車を降りるとすぐに冷風が吹きつけ、身を縮める。

はためくマフラーで鼻まで覆うと、ゆっくりと歩き出した。


小さな期待と、寂しさを抱いて。






まばらにいた人たちは足早に俺を抜いて行く。
でも、ゆっくり、ゆっくり歩いた方が近くなれるんだ、いつも。

あいつは、ゆっくりと歩くから。


改札でちょうど「あいつ」が隣の列に来て、心臓が早鐘を打つ。


(え、あ…うわっ…)


改札を抜けつつその近さに動揺していたら定期を落としてしまった。

「あっ…!」

慌てて拾おうとしたらつまずいて派手に転んでしまった。

(うっわ…何やってんだ俺)
後ろに誰もいなくて良かったけど。地面に突いた手が痛い…


「大丈夫ですか?」
「……っ」

見上げて、かあっ、と顔が赤くなるのがわかる。あいつが手を差し伸べていた。俺に、向けて。


「だっ、大丈夫!!」


慌てて立ち脱兎のごとく逃げ出した。


(わ、うわ、やばっ)


頭に血がのぼって何も考えられない。ただあいつの顔と声がぐるぐる、ぐるぐるリピートして


「――って、待ってください!」
「!?」

さっき聞いたばかりの声に驚いて振り返ると、あいつが走ってきていた。

「これ落としてました」「あ…」

差し出されたのは定期。そういえば拾うの忘れてた…

「…ありがとう」
「いえ。」

そう言って、背中を向け去っていく。

2年間、見続けた背中が

乙女思考だとバカにするならすればいい。

いっこ年下のしかも男なんて、最初から望みはなかった。

ただ見ているだけで嬉しかったんだ。



それも、今日で終わり。


偶然だか奇跡だかに感謝した。最後の日に、やっとあいつの声を聞けたんだ。




目が熱くなって鼻の奥がツンとしたけど泣きたくはなくて、顔を伏せた。


























「あの」
「っ!」










なぜここにいるのか
なぜ戻ってきたのか
なぜ俺は泣いているのか





何一つとして、分からなかったけど。



















この定期が一生の宝物になるのだと




それだけ、確信したんだ


[*前へ][次へ#]

2/3ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!