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寄り添う体温(HA)



その日同県のチームとの練習試合を終え、俺達は帰りのバスへと乗り込んだ。
「窓際がいい」と主張する投手の隣りに腰掛け、一息つく。
「お疲れ様でした」と声を掛けると、おう、と短い返事が返ってきた。



【寄り添う体温】



鈍いエンジン音と共にバスは振動し、ゆっくりと動き始める。
元希さんは窓から見える外の景色を眺め、俺はその窓に映る元希さんの退屈そうな顔を眺めた。

「今日の7回はお前のミスな」

何の前置きもなく、それだけぽつりと告げられる。
自分にも思い当たる節があり、大人しく「はい」とだけ返事をしておいた。


試合後の元希さんは、かなり腹を立てたりしていない限り、大抵口数が乏しい。
練習や試合中の、どちらにも見せない表情をしている。
どこか上の空で、ぼんやり何かを考えているような表情。
ぽっかり空いた穴を塞ぐ術を探すかのような、虚ろな表情。
この元希さんが、俺は一番話しかけ辛い。

「あとお前、もうちょっとスタミナつけろよ」

付け加えて元希さんは言った。
再び「はい」と答えながらも、それはアンタには言われたくないと思った。



今日も、元希さんは4回からしか投げなかった。
あからさまな手抜きはしないものの、練習試合で元希さんが本気を出す場面はまずない。
他のメンバーは、どんな試合にも一生懸命なのに。
アンタがその気になれば、皆もっと上に行けるって確信が持てるのに。
……なんて、他人任せもいい所だな。


試合後の疲れもあってからか、バスの中は静かだ。
日が傾き、家々や電柱の影が細く伸びる。
窓から赤い日差しが差し込み、眩しくて目を逸らした。



今日も、たくさん首を振られる日だった。
全力で投げる事を強要したって、応えてくれる筈もない。
解っているのに、期待せずにはいられない。

いつか、気が揺らぐかもしれない。
いつか、考えが変わるかもしれない。
いつか、気まぐれだって良い。

俺を認めてくれたのなら……


そんな叶わない夢を、俺は懲りもせずに見続けているのだ。




その時、こつん、と肩に重みがかかった。
すっかり思考に耽っていた俺は、突然現実に引き戻されてハッとした。

隣りを見ると、すぅすぅと寝息を立てながら安らかに眠る、エースの顔があった。
その姿を見て、元希さんが俺の肩を借りて睡眠を取っているのに気がついた。



のに。俺は状況がうまく飲み込めずに、口と手を小刻みに震わせていた。
こんな事、初めてだ。
元希さんは一回だってこんな風に、俺に気を許した事がない。

そんな俺の動揺をよそに、元希さんの頭はずりずりと俺の顔に寄ってくる。
頬に髪の毛があたって、くすぐったい。
汗の匂いか、シャンプーの匂いか、洗剤の匂いか、土埃の匂いか、いっそ全て混ざった元希さんの匂いがする。
開かれた状態では恐ろしくて直視するに困る目が、閉じられると嘘のように優しくなる。
子供みたいだ。でも、この人だって、まだ14歳なんだ。


…――今なら、大丈夫かもしれない。


ドキドキしながら、そっと、俺の右手のすぐ横に置かれている元希さんの左手に触れた。
俺が怖くて堪らない手。
だけど、憧れであり、愛おしい手。
初めて触るその感触は、想像していたよりずっと堅く、ざらついていた。



尚も心地よい寝息を立てながら、元希さんは眠る。
疲れているんだ、と思った。
この人でも、勿論。



さざ波を打つように心が静まっていく。
どんなに辛くとも、やっぱり俺は、この人を手放したりは出来ないんだ。
何を言われたって、傷つけられたって、絶望したって、俺はこの人から離れられない。
この先どこまでこの人を嫌いになろうとも、きっと。



たまに大きな揺れを引き起こすバスの中、俺は全神経を集中させて元希さんの頭が落ちないよう気をつけた。

出来るなら、ずっと目を覚まさないで欲しい。
出来るなら、ずっと辿り着かないで欲しい。



この人の温かさを、俺は一秒でも長く、知っていたいから。





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あきゅろす。
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