ある冬の日の事だった。
元希さんの部屋は身体を小さく縮込めておきたいほどに寒かった。
備え付けてあるエアコンに物欲しげな視線を送っても、それはいつまで経っても起動されないままだった。
元希さんは寒くないのだろうか。
表情が見えなくて、少し不安だ。
【愛し方を教えて下さい】
冷たく張り詰めた空気の中、時計の針だけがひたすらに沈黙の時間を刻む。
俺はずっと待っているのに、元希さんは振り返る気配すらない。
一体どの位元希さんの同じ後ろ姿を眺めているのだろうか。
とても長い時間に感じるものの、実際はとても短い時間なのだろうと思った。
「元希さん」
思い描いていたのより、強張った、凍えた声が出た。
続きのない声だ。何を話すかは、まだ決めていない。
時が止まってるんじゃないかと危惧したので、確認がてら呼んでみただけだ。
元希さんは窓の外を眺めていた。
でも部屋の窓は結露に覆われていて、外の景色を窺い知る事は出来なかった。
元希さんが窓に触れた。水滴が一筋の線となって流れた。
そこから垣間見える色は、白だった。
「雪だな」
元希さんが呟く。
ここに辿り着くまで雪を被って歩いて来たのだから、それは知ってる。
「寒い」
それも、とうに知っている。
元希さんが水滴のついた指先で俺の頬に触れた。
氷のような冷たさに、思わず目を瞑る。
すると元希さんの体温が俺の体温に重なって、溶け込むように強く強く抱き寄せられた。
息が出来なくて苦しいのに、どんどん強く、骨が軋む程に包み込まれた。
呻き声が零れないように、呼吸を止めた。みるみるうちに元希さんが込める腕の力は増し、背中には爪が立てられる。遂には首筋に歯を立てられた。
痛くても、大丈夫だと思った。
眉を顰め苦痛に歪む顔は、元希さんの肩の上にある限り、見られる事はない。
「隆也」
震えているのは元希さんの方だ。
その小さな悲鳴は、俺にしか聞こえない。
形の成さない涙も、血の滲まない傷も、その痛み全て、俺にしか伝わらない。
逃げ出したいほどの圧力を受けながら初めて、その痛みを半分分け合う事が出来るのだと思った。
「どうやったら、優しく出来んのか、分かんねぇ」
この人も、生まれた時から人の抱き締め方を知らない訳ではない。
自分の想いを柔らかな感触で伝える術を、いつの間にか忘れてしまったのだ。
もしくはその想い自体が、人が受け止めきれないほどに大きく、粗暴なだけかもしれない。
「こんなに、好きなのに」
溢れ出た言葉はその力に相反して、余りに弱々しかった。
どちらにしても不器用すぎる愛情の伝え方は、むしろ切ないまでに俺の心を締め付けて離さなかった。
俺もです、と返事の代わりに自分の腕に力を込めた。
優しい愛情表現とやらを教えてやろうとしたけど、それは俺が今受け止めているものに比べて余りにも小さすぎた。
元希さんの気持ちが、その時少しだけ分かった。
足りない分を補う為に、俺はもっと腕に力を込めて、元希さんを抱き締めた。
元希さんの力が、僅かに解れる。
背中の爪痕が、鈍い痛みを残していた。
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