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創作・短編小説
定期入れ
 今日は大好きな陸上部が休みの代わりに早く帰れる日だった。
 ああ、それなのに災難な日だ。


 何故なら定期を無くした。
 定期入れごと無くした。

 鞄の中を探したが見付からなかったその時は、途方に暮れた気持ちになった。
 通学定期を無くして、そんでもって今日は財布を家に忘れていた。
 7駅歩いて帰る自分の姿が浮かんでから、タクシーで家まで帰った時の料金メーターが浮かんで、途方に暮れた。
 探さないといけない、と直感的でもないけど理解して更に途方に暮れた。

 とりあえず交番に行って落とし物が届いてないかと聞いて、自分の探してる特徴の定期入れがあると言われて取り出されたものが色形は似てたけど似てるだけで、またもや途方に暮れて悲しい気持ちになる。
 交番に連絡先とか書いて届け出があったら連絡を貰うと約束して、私はそこから真下を見て通学路を歩くことにした。
 何度か友達に会い、何をしているのか聞かれて「途方に暮れています」と答えた。
 次いで定期入れを見なかったかと聞くと、友達は哀れむ笑みと言葉だけくれて「じゃあね」と手を振るではないか

「薄情者!!」

「それなら電車賃貸してあげようか」

 背中に向かって叫んだ言葉にそう返され、なんだか腹が立った。
 それなら最初からそう言ってほしかった、相手には理不尽な怒りではあるけど私は腹一杯にこう叫び返した。

「結構よ!!!」

 苦笑が返され、近くのファミレスで喋ってから帰るから助けが欲しくなったら電話してね、だなんて優しさを向けられてなんだか悔しさすら溢れる。

 しかし悔しさに浸ってもいる訳にも行かないので、下を向いたまま再び歩き出し、ついに学校に辿り着いてしまったのだが、悲しいことに定期入れは落ちてなどいなかった。

 なんてついていない日なのだろう、と肩をがっくり落とし校門をくぐった。

 もしかしたら教室にあるかもしれないと、下駄箱で上履きに履き替え教室に向かう

 夕陽が射し込む教室のまぁなんて真っ赤なこと。
 真っ赤と言いながらオレンジのかかった赤色は、なんだかとても綺麗だった。
 見惚れるには私の気分はとにかくがた落ちで、そろそろと自分の窓際の席へと屈みこみ辺りと机の中を確認、次いで教卓を覗きこむ。

 しかしまぁ、なんというか期待外れと言うより期待通り空っぽで、私はもう途方に暮れることもなく脱力した。
 あの定期入れは祖父母が私の入学祝にくれたもので、予定としては形見になる筈だった。まあ、そんなことを宣言なんかしたら叩かれるだろうが。
 
「電話してね、か」

 これはもう頼るしかないと思った時だ、教室の戸を開き一人の男子が顔を覗かせた。

「あれ、松本じゃん」

 部活終わりに忘れ物を取りに来たであろう活発な我がクラス委員長が現れたのだ。

「委員長か…」

「てっきり帰ったのかと思った、あのさ…」

「帰りたかったのに!!もぉーーー最悪っ、定期入れ無くしちゃったのよ、今日はなんてついてないの!」

 突然叫んだ私に驚きから軽く目を丸くさせてから、委員長は喉を鳴らして笑った。何だか癪だ。

「そら御愁傷様。ついてないついでに先生がお前を呼び出したいって探してたぜ」

 その話を聞いて私は益々気分が最悪になった。このまま知らずに帰りたかった、と心から思ったのだ、しかし知ったからには知らないふりして気が重いまま明日を迎えるのは恐ろしい。

「お前ホントに嫌そうな顔だな、どんだけ問題児なんだよ」

「問題児ではないけど、呼び出される時は叱られる時だけよ」

「ほら、頑張れよ」

 教室に置きっぱなしにしていた鞄から飴玉をひとつ取り出し、私に放り投げた。
 楽しそうに笑いながらまた戸口へと足を進めるのを私は受け取った飴玉と交互に見た。

「じゃーな」

「あ、…うん、また」


 さっさか消えた委員長を見送り、桃味だなんてカワイイ飴玉をポケットに突っ込み立ち上がる。
 叱られるならさっさと終わらせたく、委員長が去った下駄箱とは逆方向に足を進めた。

 職員室を数回ノックし、入室したところで誰が自分を呼び出したかを聞いてないことに気付かされた。
 私はとにかく一番近くにいた一番若い女教師に声をかけ「呼び出されました」と告げると、彼女は笑顔で立ち上がり机から何か持ち、それを差し出してきた。
 それ、は私の定期入れだった。ポカンとして口を開いて女教師を見ると彼女は菩薩のような笑顔を浮かべている。

「担任の阿室先生にお渡ししようかと思っていたのよ、松本さん。これ貴方のクラスの委員長が届けてくれたのよ」

「あ、ありがとうございます」

 何故だかこの時、自分はスカートのポケットに突っ込んだ飴玉に意識が集中した。
 今日は1週間の中で唯一の陸上部のない日、だけど私は駆け出したくてうずうずしてきたのだ。
 お礼もそこそこに、職員室から出れば廊下を一気に駆け出した。
 前方からこちらに向かって歩いてくるのは阿室先生だった、若い先生にしては厳しく、陸上部の顧問だからか私には一層厳しい。

「松本、廊下は…」

「はぁーい!」

 だけど嫌いではなくむしろ好ましい先生なので明るく返事をした、けれども私は止まらない。今日だけは見逃されたく、無理でも明日に持ち越しにして欲しかった。

 先生の姿を確認すらせず靴を履き替え、夕陽の中へ駆けていく

 頭の中はもう阿室先生ではなく、委員長に追いつくことだけを考えている。

 奴の背中に突撃でもして「最初から定期入れだって言ってよ!!」と言ってやろう。
 私は、大好きな陸上の他に、もうひとつ何かが弾けて始まるような、そんな気がしていた。


 今度は定期入れを無くさぬように、飴玉と一緒にしっかり手に握り締めた。





fin

2011 10.16

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