◇
会社に向かった僕たちは家を出てからずっと一緒に居た。だけどお互い一言も会話はすることなく、電車も距離を置いて乗った。
浅井さんは営業の資料を片手に険しい表情で椅子に座っている。その様子から僕のことは気にしていないように伺える。
気まずさは会社に着いても変わらず、僕は浅井さんの目を見ることが出来なかった。
「課長…なんでしょうか。」
「見てたでぇ、カズくん。昨日の会議ずっとぼけぇーとしてたやろ?」
「すっ…すいません。」
「教育係の浅井も注意したってや、困るでホンマ。」
「・・・。」
キツめの関西弁を話す百瀬課長の本当の性格は温和。
【百瀬 シュウ】(モモセ シュウ)は三課の若い課長さん。
最初入った時は正直ヒラ社員、もしくはお荷物だと思った。
ギリギリになっても姿を見せず、来たかと思えばピカピカの金髪にピアス、派手なスカーフを巻いて悠々と出勤してくる。
あまり関わりたくないな…と思い、僕は一歩退いて見ていたが、同じ部署だし挨拶はしておかないと失礼だから適当に一礼した。
「カチカチやね、新人クン!んな、気使わんでもえぇよ!名前は百瀬シュウ言います。おいしそうな名前やろ!あははっ!!!」
「はははっ…」
いきなり軽いジョークを入れられて新人でまだ場馴れしていない僕は反応に困った。
関西弁でお笑い芸人みたいなノリだけど、悪い人ではなさそうだ。
「シュウさんって呼んでなっ♪カズ君ッ!」
「あっ…そっ、それは・・・」
「課長、経理への書類まとめておきました。あと、少しトーン下げてもらえますか?仕事になりませんので…」
と、端で話を聞いていた真面目な浅井さんが『課長』に一喝…それで僕はこの人がココの一番偉い人なのかと理解したんだ。
「あ、さ、いッ!聞こえてへんの?」
「・・・。」
普段は軽いジョークも言う優しい課長だが、今回は厳しかった。昨日の会議はヨルヒフードが開発した新商品の試飲。担当部署なのにほげーっとしていた僕を嫌に想っていた企画課の人が居たみたいだ。
だけど、30分前に起きた出来事ばかり思い出してしまい、風間さんも浅井さんも直視出来なくてぼっーとしていたのだ。もともと酔いやすいからあまり飲まなかったのもあって、正直味も全く覚えていない。
「ヒロノリ、浅井宏紀!!」
「!!」
「このボケッ、様子おかしいぞ?私情の悩みは仕事に持ち込まないっ!!鉄則や!」
「はい…」
「はよ営業行ってこ!」
実は浅井さんの様子がおかしいことには僕も気づいていた。そしてそれは僕の所為だと言うことも分かっていた。
電車内ではそんな素振りを見せなかったが、確かにいきなり男にヤッてくれと頼まれて、何もなく思ったら朝にはキスを強要されて…引き受けた浅井さんはどんな気分で僕を見ているのだろうって考えてしまう。
「おい!桜庭、新商品のパンフだ。」
「うおぉっ…はいっ!」
考えながら歩いていたため、いきなりぽいっと投げるように書類を渡されあわてふためいた。
それを投げたのは明るめの茶髪、ワックスで決めた若者ヘアーの【姫宮 頼仁】(ヒメミヤ ヨリヒト)
大学も一緒の同じ新入社員だ。彼のことは大学で1番優秀で有名だったから名前だけ知っていた。まさか同じ会社の同じ部署に勤めるとは思ってもいなかったそんな人だ。
タイプが違うから関わることはないと思っていたけど、話せばアドバイスもくれるとっても良い奴だ。
日々怠そうに生きている彼は入社して一ヶ月後ぐらいにすぐズル休みをしたが、最近は毎日ちゃんと来ている…
何か良いことでもあったんだろう。
「じゃあ、行ってきます!」
浅井さんのことも風間さんののことも仕事中は忘れようと気を取り直して姫宮と取り引き先へ新商品の売り込みに行った。
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