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営業が終わり、会社に戻って来たのは夕方4時頃。姫宮とコーヒーを飲みながら書類整理をしていたら勤務時間はあっという間に過ぎてしまった。
今日は断られることなく、姫宮のおかげで契約を取ることができた。気分もいいし、さらに風間さんからの連絡も無かったので、早々に家へ帰ろうとした時だった。
「和希、ごめんっ!」
眉間にシワを寄せ、艶やかな長い前髪をぐしゃぐしゃとかきあげる【村雨 佑】(ムラサメ タスク)
今日の夕方、病気で入院中のお母さんの容態が悪くなってしまったらしく、残っている仕事を少しでもいいからお願いしたいと頼まれた。
彼も僕、姫宮と同じく今年の4月からヨルヒフードに入社した新人組。
大変な彼を気遣うのは人として当たり前の事だ。
だから僕は早く行ってやれと背中を押した。
が、それがいけなかったのだ…
少しでいいと言われながらも、全て終わらせてしまった方が良いと思い、僕は夜の9時過ぎまでパソコンに向かっていた。
課長は誰よりも早く帰った。その後、村雨を帰した。姫宮は趣味である野球観戦に行った。武田さんはいつの間にか帰っていた。(空気の様な雰囲気を持つ人なので、いつ帰ったか分からない。)これで結果的に残されているのは僕と浅井さんの二人となる。
今日の朝、1週間宣言を受けて変わった態度の浅井さん。仕事が終わって皆が帰る中も、じっと見つめる冷たい視線に僕は気付いていた。
それに自分で言い出しといて今日このあとどうしたらいいのか…風間さんの指示もなく分からないというのもあって、彼から目を伏せるよう一生懸命パソコンとにらめっこしていた。
「桜庭、」
「はい。」
「俺は今日この後どうすればいいんだ?」
「ぁえっ、あ、あのっ…」
僕が何を言おうか躊躇していると浅井さんからどうすればいいか尋ねてきた。答えを出せない僕は挙動不審になりながらも風間さんから言われたノルマを思い出していた。
今すぐやらなくてもいい。
別に一週間の最後でも。
証拠はどうにかなるにして、怖い想いはしたくない。でもさっさと終わらせたい。
「明日休みだからな、俺はもう帰るがお前はどうする?」
「浅井さん!」
「ん?」
「僕、浅井さんと、そのっ、あ、あの、えっ、エッチ、」
「っ、は?」
せっかく普通の会話を振ってくれた浅井さんに対して自分のわがままを言った僕は後にも引き返せないと想い、昨日みたいに彼の元へ駆け寄り抱きついた。
よく分からないけどこうすればその気になってくれるのかな。昨日は失敗しちゃったけど、今夜こそは頑張らないといけない。
「あーっと、桜庭、」
「はい、浅井さん、」
「とりあえず今夜は俺の家に来るか?理由はどうであれ...残業は終わらせて帰ろう。」
僕の身体に触れないように両手を上げ、視線をそらしながら話す浅井さんはこの場をどうにかしたかったらしく。即座に僕から離れて帰りの支度を始めた。
積極的にいってオフィスで変な感じになっても怖いので、僕は大人しくパソコンの電源を切り浅井さんと浅井さんのお家へ帰った。
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