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「この辺りには午族と菟族がいるって教えたよね?彼らが心配して僕に言ってくれたんだ…とても…とても…心配していたよ?」
すでに止まった涙の後を、丁寧に拭うセイはまだ辛そうに告げた。
確かに。
この辺りには空を駆ける天馬の血族と飛菟の血族が住んでいると、聞いた。
彼らは警戒心が強く、前にセイと共にいた時一度見たきりで姿を見せてくれなかったけれど、森ですごしている間、時折気配を感じる事はあった。
「しん…ぱい……?」
「うん。いつもいつも泣いているって。だから今日、知らせてくれた。君がここにいるって」
泣いていたのを見られていたと知った途端、幼い自分が恥ずかしくなった煌は頬を赤らめ俯いていたが、セイの最後の一言に驚いて目を見開き、顔をあげた。
「知らせて…くれた?」
入らずの“惑いの森”。
そこに住む幻獣達は、人との接触を嫌う以上に人には無関心だ。
それは例え、守人たる自分相手でも同じ、と。
煌は思っていた。
「うん、教えてくれたから。次に煌が来たら報せて欲しい…と頼んだんだ…」
「あ…セイが…?」
そう言われて、少しだけ納得がいった。
自分とは違い、ずっと前からここを訪れていたセイは幻獣らと仲がいいのかもしれない。
だがそんな事よりも。
セイが幻獣達に頼む程に、自分を想っていてくれた気持ちが嬉しかった。
嫌われてはいなかったのだ。
煌は涙で潤んでいた紫石英の瞳を喜びの色で染め上げ、セイを見つめた。
すると、そこには少し恥ずかしげに視線を逸らしたセイがいた。
「僕は君が泣いてると知って、辛かった。心配したんだ…だから…。それに泣かせたくない…けど、来れなくて泣かせてしまうから…どうしても次は…と思って」
「セイは、幻獣達と連絡が取れるの?」
セイの住む場所は桂花とは違い、惑いの森から遠い。
それに幻獣達は、森から出はしない。
少し余裕を取り戻した煌は、本来の天真爛漫さで不思議に思ったそれを尋ねた。
「鳥がね?」
「鳥…?」
「報せてくれたよ?この辺りに住む子だね。頑張って、僕の処まで飛んできて幻獣達の伝言を届けてくれた」
人は寄せ付けない惑いの森だが、野に住む獣達の侵入は拒まない。
きっと。
報せてくれたのは、この辺りの桂花に住む鳥だ。
ならば、北の獣美はさぞかし寒かったろうに。
煌は思わず辺りを見渡した。
その頑張ってくれた鳥でなくてもいい、せめて親しい鳥でもいいから見つけたかった。
けれども、夜の戸張が降りた今、鳥達は皆ねぐらに帰っているようで、一羽の鳥すら見つけられなかった。
次に来た時にはきっと。
頑張ってくれた鳥達にお礼を言おう。
姿を見せてくれるなら、優しい幻獣達にも。
そう心に誓いながら、セイに視線を戻した煌は、はにかみ告げた。
「ありがとう。それで来てくれたの?」
「もっと早くに報せは届いてたんだ…けど、屋敷を抜け出せなくて…こんなにも遅くなって…」
結局、泣かせた…と小さく呟いて、セイは端正な顔を悔いに歪ませた。
「ううん?ありがとう…遅くなんかないよ?本当にありがとう…」
時間など関係ない。
来てくれただけで充分だった。
泣いてしまったのは幼い自分が悪いのだ。
なのに、思っていた通りに優しいセイを哀しませている。
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